近藤典行(映画作家)
・へばの(木村文洋)
・SR サイタマノラッパー(入江悠)
・あとのまつり(瀬田なつき)
一昨年同様、去年の年末にも「映芸ダイアリーズ」といつの間にやら知らぬうちに命名されていた六人の男たちが新宿の街にぽつりぽつりと背中を丸くして集まってきた。『映画芸術』本誌のベスト10ワースト10に、その「映芸ダイアリーズ」として一票投じるためだ。夜通し行われるその長大な討議の時間は、とりあえずの始発が走り出す体のいいきっかけで仕方なく終わるにすぎず、たとえどれだけ時間があろうとも決着がつくなどと誰も思ってなどいない呆れた行為で、しかしこの愚直な姿勢こそが諦めや不毛に唯一背を向けるための義務でもあり、だから映画に対する倫理、知識、経験、嗜好、どれをとっても相容れるとは思えないそれぞれの信念を押し通す男たちの本気の衝突には、そもそも全員が納得するような合意文書的なリストの作成など画に撮ったモチ以外のなにものでもないのだ。そこで去年のような、私がベストに挙げて、実際その場の席で熱く推した『トウキョウソナタ』が「映芸ダイアリーズ」のワースト4として共同声明の形で公表される事態となるのだ。ただそこで他の五人を説得し、揺り動かしうる言説を組織できなかったのであればそこで手を引っ込めなくてはならないのは当然だし、要はベストに推すにもワーストとして主張するにも、覚悟と熱量と理論としつこさが最低限必要なのだ。あとはそれを鈍感さと胆力でもって断言できるかどうかで場の勝敗は決まるのだ、と私はにらんでいる。愛憎どちらのベクトルにしても映画について語ることとはそういうことだ。しかし残念ながら、他のメンバーを敵に回してでも手放しで擁護したいと思わされる作品は2009年にはなかった。たしかに、見ている本数が70本にわずか届かないといった程度であるから「今年は不作だった」なんて云うつもりは毛頭ないし、それでも責任を持ってその中からベストワースト20本を行儀よく並べることはできるが、なにか今回はそれをしたくない自分がいた。そんなことより自分の年がついに30になったことの方がよっぽど大きい事件だった。幼い頃から恐怖として頭の片隅に居続けたノストラダムスの予言はでたらめだったとがっくりきた直後に二十歳になり、もしかすると何かよい方向に変わるのではと思わなくもなかった政権交代がついに実現した年に三十歳になった。僕らは常に節目にいる。だから私にとっては2009年といえば、誰がなんと云おうと『へばの』、『SR サイタマノラッパー』、『あとのまつり』、同級生が撮ったこの3本がすべてだ。2009年はこうして記憶された。そして2010年こそは、私も己の新作でもって賛同されたり、批判されたりする場所に打って出たいと、そんなことを思っている。
千浦僚(映画感想家)
ベスト
1.ダンプねえちゃんとホルモン大王(藤原 章)
2.新宿インシデント(イー・トンシン)
3.鶴彬 こころの軌跡(神山征二郎)
4.へばの(木村文洋)
5.童貞放浪記(小沼雄一)
6.TOCHKA(松村浩行)
7.オカルト(白石晃士)
9.プライド(金子修介)
11位以下、もしくはややワースト
・ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない(佐藤祐市)
・笑う警官(角川春樹)
番外、ワーストにしてベスト
・さそり(ジョー・マ)
威力のある映画ランキングがない現在。個人的な鑑賞体験の報告か、こういう映画がある、こう観た、ということしか言えない。『ヤッターマン』はいささかテキトーな映画だとも思うが、『スターウォーズ 帝国の逆襲』に迫る部分をいくつか持っていたし、幼少期に毎週ワンパターンのアニメを観ていた心理の裏に、いつか悪者が勝つ回、あるいは、善玉と悪玉が不意に親密になる回があるかもという、破格、破局への期待、そのエクスタシーへの想像があったことを思い出した。フカキョン・ドロンジョのおかげで。(それが来た時、こども時代は終わるのだと思っていたが、そんな回はなかったし、生活においてもその明確な瞬間はなかった。)
『TOCHKA』は、監督にインタビューしておきながら記事をつくらなかった。このきわめて独特な、すごい映画を充分に咀嚼できなかったのと、なにをやっても映画そのものでなく映画言説界みたいなところでの位置確認にしかならないような妄想にとらわれて、失語症状的フリーズに。せめて機械的にテープ起こしすれば宣伝の一助になれたものを。関係者の皆様、どうもすいませんでした。この怠慢ぶり、能力不足から私こと千浦はこの「映芸ダイアリーズ」を外れることとなり、これはアイドルグループでよく言われるメンバー入れ替わりの「卒業」をもじって、「退学」と呼ばれています。いままでありがとうございました。選外の三本、面白くもあったが、ひっかかりも多かった。この三本の主人公らに言いたいのは、あなたたち早く辞めたほうがいいのでは、のひとこと。ただ『ブラック~』はあのままではまだ良くない映画だが金や労働条件とは本来別回路である、働くこと、やりがい、みたいなものについて触れそうではあった。『沈まぬ太陽』は苦しんでいる渡辺謙がそもそもどれぐらい給料もらってんのかという観点からするとシビアさで『カイジ』に及ばず、どうも観ててノリにくかった。『笑う警官』はもちろん変なのだが、警察小説的捜査進行感が一応あるのと、監督北野武が出てきたときのようにこれくらいの規模の映画で好き勝手作れる、まわりが止めない・止められない、というのはかなり大きな、肯定的な可能性のような気もする。『新宿インシデント』は無理にでも入れときたい。キム・ギドクがオダギリ・ジョー主演で撮った『悲夢』という不思議な映画もあったが、あれも日本映画ベストに入れたいような。『さそり』は、なんというか、愛したい映画だったが、さすがにちょっと。でも良かった。