映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

■DVDだより『電脳コイル』<br>畳み掛けるアイデアの連続による面白さと、奇妙にリアルな<怖さ>

 NHKのアニメシリーズとして今年の5月からスタートした「電脳コイル」のDVDが発売されました。

 監督はスタジオジブリの劇場作品の原画参加や『新世紀エヴァンゲリオン』」の原画、設定、脚本などを担当してきた磯光雄。これが連続アニメ初監督作品なのですが、最初から実に飛ばしまくってます。

 始まりから、すでに何とも畳み掛けるようなアイデアの連続の面白さにニヤリとさせられると同時に、あっという間にこのアニメ世界に見る者を引き込んでしまうような魅惑に満ちております。

 これは大人にも子供にも楽しめるシリーズだと思います。

 たとえば『トムとジェリー』には、長閑な日常を背景とした猫と鼠の戦いという単純な設定だけを基本線とした中で、その追っかけバトルの絶え間ないアクションとその狭間のアイデアの数々が何度同じエピソードを見ても楽しめてしまうような魅力がありますが、この『電脳コイル』にも、長閑な地方都市郊外を背景として、次から次へと巻き起こるSF的な奇妙な事態と、それに対応するハイテクノロジーとアナログな道具性が合体した奇妙な機械装置の機能が、絶え間ないアクションとして連続していく飽きさせない面白さが十分にあります。

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(C)磯 光雄/徳間書店電脳コイル製作委員会

 主な設定は、202X年の近未来に、子供たちの間で街のどこからでもネットに接続し様々な情報を表示出来る電脳メガネが大流行し、今の携帯電話のように普及しているというものです。

 舞台となる長閑な神社仏閣も多い地方都市・大黒市に、ヒロインの小此木優子は小学校最後の夏休み前に引っ越してきて、そこで天沢勇子という「もう一人のユウコ」に出会い、見てくれとは正反対に街自体が不思議な電脳空間のようになっているこの地方の街で奇妙な体験を何度もしていきます。

 と、この設定などにおいても『トムとジェリー』同様、基本設定は単純なもので、それを畳み掛けるアイデアとその連続するアクションの増幅によって楽しめるものにしているという点で共通しているとも言えます。

 しかしこの『電脳コイル』が他のSF的な荒唐無稽が平気で蛮行するアニメ作品と少々趣を異にしているのは、やはりその長閑な日常の強調=現実が過度に設定されている点でしょう。

 これはきっとスタジオジブリ宮崎駿作品におけるアナログとデジタルの好対照な同居を受け継ぐものでしょうし、同時にまたその機械装置の機能性をオートマチックにではなく、あくまでミッション的に作動させる瞬間を捉えて強調している点においても、宮崎のかっての『名探偵ホームズ』辺りにあった魅力を磯光雄は半ば継承的に作動させ、さらにその点を重点的に描きこんでいるようなところがあります。

 つまりこの作品は初期宮崎駿作品では今以上に顕著だったそうした原理的美点をじっくり継承し、それらをさらに煮詰めて畳み掛けるアクションの連続でアニメーションをさらに活性化させ、不朽の名作『トムとジェリー』にすら挑戦状を叩きつけているかのような野心すら感じさせるのです。

 特にこのシリーズの方向性とカラーを色濃く打ち出すためか、第1~2話の段階ですでに暴走的にそうした表現は意図的に飛ばされているように見受けられます。

 だからどれだけ不思議なアイデアがSFアニメ的な荒唐無稽さで連続しようと、そこには「アニメだから何でもあり」というものに、現実的な機械の機能性が作動する瞬間の無表情な醍醐味が十分に加味されており、それが作品自体をリアルに活性化させている面白さがあるのです。

 さて、この現実性、リアルという点において、この『電脳コイル』にはもうひとつのリアルの強調が成されているように思います。

 それはここに登場する、現実には有り得ない奇妙なデジタルとアナログが融合した機械装置の作動や電脳空間で巻き起こる不思議な事態の数々が、全く非現実的なSF的イマジネーションを描いたものには見えない点です。

 この作品を見ているうちに、ふと、ふたりのユウコの会話や彼女達が所属することになる電脳探偵局のエキスパートである老婆らとの会話が、ほとんど我々が日常でインターネットを使用していて、バグったり、故障したり、接続が出来なくなったり、フリーズしたりといった事態に出会った時に交わしている会話とあまりに酷似していることに気がつくからです。

 つまり我々がこのアニメの舞台の地方都市のような長閑な場所に仮に住んで居て、アナログな人生をどれだけ送っているつもりであろうとも、とっくに電脳空間というものの中を生きているのだ、というリアルな日常の発見をさせられるようなところがあるのです。

 それはこのアニメが今のインターネット社会の隠喩としての電脳空間を近未来SF的に描いているというよりも、寧ろ無意識のうちに、インターネット社会とはインターネットを便利に利用する世界ではなく、電脳空間=現実であることを日々受け入れていることを指すのだ、ということを、アニメの方からこちらに指弾してくるようなものが感じられるということです。

 つまりアニメが我々の現実をそのアニメ的荒唐無稽の連続による面白さによってこちらを撃ってきて、「あんたの生きている現実はもはやこのぐらい荒唐無稽なのだ」と笑いながら指摘してくるようなものを感じさせる、ちょっとヒンヤリするようなシニカルなところがこのシリーズにはあるのです。

 先に、このアニメは大人も子供楽しめる、と書きましたが、しかしきっと正確には「大人も子供ももはやこの『電脳コイル』の現実からは逃れられない」

と言うべきなのかもしれません。

 というか『電脳コイル』はその<現実>を人間に明確に認識させるための装置として設計されたアニメであるようにすら思えてくるところがあります。

Text by 大口和久(批評家・映画作家

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(C)磯 光雄/徳間書店電脳コイル製作委員会

電脳コイル』DVD第1巻

原作/脚本/監督:磯 光雄

制作:マッドハウス

定価:6510円(限定特典版) 

   2940円(通常版)

*発売中、レンタルもあり

公式サイト http://www.tokuma.co.jp/coil/

製作:徳間書店NHKエンタープライズバンダイビジュアル

DVD販売元:バンダイビジュアル株式会社

問合せ:バンダイビジュアルお客様センター

TEL 03-5828-7582

(午前10時~午後17時/土・日・祝日及び年末年始を除く)