映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

自主アニメーションが紡ぎ出す濃厚ワールドへようこそ! <br>「ゆうばりフォービデンゾーン:ファンタスティックアニメスペシャル」

 今年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭。今回、最も“ファンタスティック”という冠に近い上映は、「ゆうばりフォービデンゾーン:ファンタスティックアニメスペシャル」枠として上映された『灰土警部の事件簿 人喰山』『眺めのいい部屋 境界線あるいは皮膚に関する物語』『二度と目覚めぬ子守唄』『地下幻燈劇画・少女椿』だったのではないだろうか。映画祭ならではの顔合わせとなった今回の上映枠の中から、『人喰山』監督のにいやなおゆきさんと『眺めのいい部屋』監督の倉重哲二さんに、自主アニメーション制作や宣伝、映画祭に参加する意義について伺ってみた。 (取材・構成:デューイ松田) niiya-kurashige.jpg 映画祭での舞台挨拶の様子 左から、にいやなおゆき、倉重哲二 『灰土警部の事件簿 人喰山』 監督・作画・弁士:にいやなおゆきインタビュー 『灰土警部の事件簿 人喰山』はデジタルだからこそ成立した作品です! ――元々、『人喰山』はにいやさん、倉重哲二さん、アニメーション作家KTOOONZさんの三人で開催した「W/3(ウィアード3)」という上映会のために制作された作品とのことですが、制作期間や画材、カット数を教えて下さい。 にいや 制作期間は絵コンテに半年、作画やパソコンでの作業が半年、計一年くらいでした。絵の具は文房具屋さんで売っている解明墨汁。これを水で薄めて描きます。いわゆる墨絵ですね。冒頭あたりに一枚絵が多いのは、引き絵を見せながら、ゆったりと世界観の説明をするためです。中盤からはカット割りも細かくなって来るしキャラも増えますから、人物、建物、岩、という風にパーツだけを描き、パソコン内で合成して絵を作って行きました。カット数で言えば300カットくらいはあると思います。 ――前作品の『納涼アニメ電球烏賊祭』は冒頭が三コマ~四コマ撮りで、地下世界に行ってからはフルアニメーションのとのことですが、『人喰山』はPAN(カメラを左右に振る技法)やズームで見せる紙芝居方式にしたのは何故でしょう。また、モノクロにしたのはどうしてですか。 にいや 僕は1963年生まれで、虫プロの「鉄腕アトム」が始まった年です。生まれた頃から、枚数の少ないモノクロのリミテッドアニメーションを見て育ちました。フルアニメーションも好きですが、動きや時間の流れを抽象的にデザインした虫プロの作品が大好きです。特に静止画を生かした「佐武と市捕物控」や「哀しみのベラドンナ」などの作品には影響を受けています。僕は映画作家で実写も作っていますが、実は静止画が好きなのです。趣味は写真ですし、昔の挿絵とか絵物語といったジャンルにも惹かれます。演じたり語ったりする事も好きで、子供の頃は落語家になりたいと思っていました。これらの指向が入り交じった結果、紙芝居アニメという形式にたどり着いた訳です。 hitokui_main.jpg そもそもは二十年前からこのような形の作品を作りたいとは思っていたのですが、なかなかそれを成立させる手段が見つかりませんでした。実はフィルム撮影でPANやズームだけの作品を作るのはもの凄く大変な事です。パソコンで作業できる時代になって、PANやズームなどのタイミングを完全にコントロール出来るようになりました。クロスディゾルブや、画面振動などの効果も何度も試しながら付け加える事が出来ます。手描きの墨絵で作った作品ですから、もの凄くアナログに見えるでしょうが、デジタルだからこそ成立した作品です。 映画は時間芸術です、なにかが作品内の時間を統御しなければなりません。キャラクターが動いてれいば、その動きが時間を統御しますが、紙芝居アニメではそうは行きません。そこで、語りを使って時間の流れを統御しているわけです。紙芝居だから、当然語りは入るものと相場は決まっていますが、実はこれに気づいたのは絵コンテ完成直前でした。それまではもっと普通のナレーション的な言葉と台詞で進行していたのですが、それでは映画にリズムが出ないので、大時代的な講談調で語り直しました。これでやっとこさ「紙芝居アニメ」が成立したわけです。 モノクロにしたのは、カラーよりモノクロの方が好きだからです。でも、それも『人喰山』というフィクションを成立させるための重要なファクターだったのかもしれません。YouTubeで予告編を流したら「雨は別レイヤーで降らせた方が良い」という書き込みがありました。しかし、それを言い始めたら「モノクロよりカラーの方が良い」「キャラクターは動いた方が良い」「台詞はキャラごとに声優さんを使った方が良い」となっては来ないでしょうか。現在、『アバター』の大ヒットで映画はどんどん3Dの方向に動き始めています。それを否定する気はありませんが、そもそも作品というものは何らかの制約の中でこそ成立するものです。なんでも可能になって、表現が現実に近づけば面白くなるのかというと疑問です。 『人喰山』は、引き算によって成立しています。モノクロ、静止画、作者本人の語りのみ、SEも最小限度。実はこれらによって、使い古されたストーリーやギミックが再生しているのではないかと思っています。同じ内容の物を、ごく普通のアニメーション(カラーで、キャラが動いて、声優さんが喋って)にしても、恐らく凡庸な作品にしかならないと思います。 hitokui01.jpg ――キャラクターをデザインする時に気を使った点はありますか。特殊キャラ設定はハルコネンさんとのことですが、完全にお任せしたのか、ある程度の注文をされましたか。 にいや メインキャラは自分の画風です。特殊キャラは、全く画風の違うキャラが強引に作品に割り込んで来る形にしたかったので、友人のハルコネンさんにお願いして自由に描いてもらいました。ハルコネンさんは自主の怪奇漫画家ですが、腐臭の臭うような絵を描かれる方です。デザインだけでなく実際に作画してもらうつもりでしたが、ハルコネンさんの体調が悪く、ラフのスケッチ程度のデザイン案しか描いてもらえなかったので、それを元に僕が描き起こしたのが、あのキャラ達です。もしも本来の予定通り、ハルコネンさんの絵がそのまま使用されていれば、もっとオドロオドロしい作品になっていたでしょう。でも、僕の画風で統一されたからエンターテイメントの枠内に収まったのかもしれませんね。 ――今回ゆうばり映画祭の放送枠であるスカパーでは上映出来ないということで、「フォーラムシアター部門」や「オフシアターコンペティション部門」ではない特別枠での上映になったそうですね。作品を拝見すると過激な性描写もむしろユーモラスに感じる部分もありましたが、メディアの反応についての感想と、過激な描写についての譲れない点など、何かこだわりはありますか。 にいや 元々正規の公開は出来ないだろうと思いながら作っていました。自主作家ですから、表現にセーブをかける気は毛頭ありませんでしたから。譲れない点やこだわりに関しては、そもそもメジャー公開する気は無いので何の意識もありませんでした。 スカパーなどのテレビ放映は無理でしたが、ゆうばり映画祭での上映がきっかけで海外の映画祭から声をかけて頂いています。実は思っていた以上に、上映できる場所は多かったようで、むしろ驚いています。もちろん普通の劇場公開は無理ですが、限定された場所でしか見る事のできない作品というものがあっても良いのではないでしょうか。しかし、描写自体はそんなに過激なものではないと思います。露悪的な表現をする気もありませんでしたし、古来の昔話、ホラ話と同じ次元の事をやっているに過ぎません。 hitokui03.jpg ――ゆうばり映画祭でのお客さんの反応はいかがでしたか。 にいや あちこちで笑いが出て、とても良い反応でした。みなさん単純に面白がって下さったようで、こんなに嬉しい事はありません。「作品」とか「芸術」とか言う以前に、「娯楽」「見せ物」「ホラ話」を純粋に楽しんで頂ける、素晴らしいお客さんばかりでした。「ゆうばり映画祭」はそういう場であり、「映画」が観客にダイレクトに評価される、シビアであると同時に暖かい場だと感じました。 ――日本特有の「鬼」の概念を含め、この物語は海外の方々にどう理解されましたか。 にいや あまり深く感想は聞いてないので分かりません。皆さん、単純に笑って楽しんでくれています。リアルで現実的なドラマではないぶん、すんなり受け入れてもらえたようです。西洋と東洋の昔話は、方向性は違いますが本来のテーマは同一ですからね。『人喰山』は分かりやすいのでしょう。そもそも「かちかち山」「こぶとり爺さん」がベースですから。 ――ゆうばり映画祭でクリエイターとして参加した収穫はありましたか。 にいや 海外の映画祭のキューレーターの方々と知り合えた事です。世界中に仲間がいるという事がはっきり分かりました。今、ひとりぼっちで作品を作っている方々、是非「ゆうばり映画祭」に出品して下さい。もちろん国内外から集まった作家達とも知り合えます。みんな兄弟のようになれますよ。 『灰土警部補の事件簿 人喰山』 作・画・弁士:にいやなおゆき  音響演出:光地拓郎 三味線:角田剛士 歌:倉重哲二(哲人) デジタルアドバイザー:近藤聖治 特殊キャラ設定:ハルコネン 機材協力:新里勝也 (DV/28分/2008) 『人喰山』予告編 http://www.youtube.com/watch?v=StUIMgCRUPU 『納涼アニメ電球烏賊祭』本編 http://www.youtube.com/watch?v=UWNeaCU5e60 kaijo.JPG 上映時の会場の様子 眺めのいい部屋 境界線あるいは皮膚に関する物語』 監督:倉重哲二インタビュー 眺めのいい部屋』は、“窓辺=境界線”の連想でストーリーを作りました ――まず制作期間、画材の種類、絵の総枚数などについてお聞かせください。 倉重 2007年春に、先程にいやさんのお話で出た「W/3(ウィアード3)」の上映会の企画があがって構想を練り始め、実際制作に着手したのは、2007年10月くらいです。制作期間は、約5ヶ月くらいでしょうか。すべてPC上での作業で、3d studio Max という3DCGのソフトと、テクスチャはフランスのお絵かきソフトTVPAINT ANIMATIONを使って作成しています。画の総枚数は1000枚弱、150から200カットといった程度でしょうか。 ――CGとアナログな制作方法とで、大きく感じる違いはどんなことでしょう。 2002年に制作した『兎ガ怕イ(うさぎがこわい)』という作品もCGですが、それ以前は8mmで制作していました。フィルムだと一度作り上げてしまうと諦めがつきますが、CGだと手直しが出来る点が一番大きいですね。 nagame_main.jpg ――ストーリーはどのようにして作られましたか。 倉重 以前の作品が室内で展開する話が多かったので、今度は、もう少し広い舞台のストーリーをやりたいなと思っていました。ただ、いきなり外に出る前に、外と中の境界線である「窓辺」に焦点を当てて話を造ろうと思いました。 窓から外を眺める男を軸に据え、いろいろなシチュエーションの物語を考えていましたが、なかなか纏まりませんでした。窓辺は、「境界線」だということを意識して、そこから色々なキーワードを連想するようシーンをイメージしていくことで、わりとすんなり物語が出来上がり、現在の形になりました。 ――主人公が剥製師という設定がユニークでしたが、どういったところに惹かれてこの設定にされましたか。 倉重 まさに先程お話したように“窓辺=境界線”からの連想です。皮膚、皮のみの存在である剥製はまさに象徴的なアイテムでした。 girl.jpg ――制作時に影響を受けた作品はありますか。 倉重 制作時は特にないと思いますが、構想中のストーリーを話したら、にいやさんからガルシア・マルケスの「エレンディラ」を貸していただきました。構想の最初の種みたいなものは、「戦場のピアニスト」だったりします。出来上がったものとは全然違いますが……。 ――キャラクターをデザインする時に気を使った点はありますか。 倉重 キャラクターを作るのはあまり得意ではないので、気も使いませんが、最初に描いたポンチ絵のイメージは割りと大事にします。 ――音響や音楽で気を使った点はありますか。 倉重 自主制作なのであまりこだわることは出来ませんが、SEは自分で効果音作って録音するのが楽しいので、出来るだけそうしています。この作品では、鳥の羽ばたきの音を傘の開閉で表現しました。録音技師の木村哲人さんが書かれた「『キムラ式』音の作り方」という本を参考にしたんですが、普通にやってもそれらしい音にならない。バンドを取ったり、どう振るか試行錯誤を重ねてやっとそれらしい音になったと思います。ナレーションは、8mm作家の内村茂太さんと仲良くなりたくてお願いしました。内村さんのゆるーいアドリブっぽいしゃべりに惹かれたんですが、ご本人に伺うと計算されたものらしいです(笑)。 street2.jpg ――ゆうばり映画祭でのお客さんの反応はいかがでしたか。またクリエイターとして参加した収穫はありましたか。 倉重 映画祭や上映会は何箇所か参加したことがあるのですが、お客さんからサインを頼まれたのは初めてでした。収穫はインタヴューの依頼があったこと。時間的に余裕がなくあまり映画祭を楽しむことが出来なかったのが残念です。 ――この作品は、トロントジャパニーズフィルムフェスティバルやロカルノ映画祭 MANGA IMPACTといった海外の映画祭で上映されていますが、海外の方に受け入れられた点、受け入れられなかった点はありますか。 倉重 この点は、私も知りたいのです。スケジュールが合わず現地に行ってないので、どんな反応なのだろうと思っています。今後機会があれば、特に宗教的なパロディについて……。天使の存在や、少女の背中に生えた羽、サンタクロース、キリストの奇跡といったモチーフを連想のパーツとして使っているんですが、どういう反応があるのか確認したいなぁと考えています。 眺めのいい部屋 境界線あるいは皮膚に関する物語』 作:倉重哲二 (ビデオ/15分/2008) 「W/3(ウィアード3)」サイト http://w3.cineguerilla.net/