映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

『机のなかみ』<br>吉田恵輔監督インタビュー

お調子者の家庭教師と、その教え子の女子高生が織りなす、おかしくちょっとエッチなラブコメディ『机のなかみ』。監督は前作『なま夏』(2005)がゆうばり国際ファンタスティック映画祭トビー・フーパーに絶賛された吉田恵輔。自主制作活動の傍ら、照明技師として塚本晋也監督を支えてきた吉田監督に、これまでの活動と最新作『机のなかみ』について聞いた。

―いつから映画監督になろうと思っていたんでしょうか。

yoshida_main.jpg「幼稚園の頃に映画監督になりたい、と言ってたそうです(笑)。小学校の卒業文集にも「映画監督になりたい」と書いてあるくらいで、中学、高校でも、その思いはずっと変わりませんでした、なので将来何しようかな、とか考えたことが生まれて1回もないんです。それが今こうして運良くいろいろ仕事を出来るようになって、感謝してます」

―映画が好きになったきっかけはなんだったんですか。

「きっかけは、ジャッキー・チェンやブルー・スリーですよね。そういう香港映画から発展して、アメリカ映画や日本映画を観るようになりました」

―学生時代から映画作りはされてたんですか。

「高校を卒業して映画の専門学校に行ってから勉強をすれば良いや、と思っていました。専門学校に行って、高校のときから8ミリとか作っている人間もいるんだと知ったくらいで、自分は学生のときは芸の肥やしじゃないですけど、いろいろやっていれば作品につながるんじゃないかと思って、遊んでいましたね」

―映画の専門学校というのは?

「東京ビジュアルアーツです。でも学生時代に塚本晋也監督の作品に参加するようになったので、そんなに、学校には行ってないんですけど」

―もともと塚本監督の作品が好きだったんですか?

「そうです、学生のときにすごいファンだったのでイベントとかによく行っていました。自分が塚本監督作品を好きなことをいろいろな人に話をしたり、知らない人に作品を見せたりしていたら、その中の1人が塚本監督が次の作品でスタッフを募集していることを教えてくれて、それでさっそく応募しました。『バレット・バレエ』から参加することになりました。それでもう11年も経つんですもんね」

―塚本組での照明技師というポジションはどう決まったんでしょうか?

「当時、自主映画を撮ってたんですけど、照明と音だけはどうやって良いかよくわからなくて勉強したいと思っていたので、それに興味を持っていることを参加している時に伝えました。その頃、塚本組には決まった照明担当がいなくて、というか手のあいている人が照明を考えてやっていたので、手伝ってくださいということになって……。それでやっていくうちに覚えていって、照明技師としてのお仕事も外からもらうようになりました。勉強しようと思っていたことが、手に職になってしまったんですね」

―じゃあ照明は独学に近いんですね。

「最初はそうですね。もともと塚本組がガチガチのプロ集団ではなく、みんなで工夫してやってましたから。ただ、技術が上がることで、時間を短縮できて安全にできるようになっただけで、画の完成度や作り方は昔から完成されてましたね」

―それは監督が求めるイメージがしっかりあるからでしょうね。

「照明もそうですけど、全ての作業が、描かれた下絵に色をつける作業に近いですね。もともと塚本監督は油絵など描いていた人ですし、監督の中にある画はしっかり出来上がっているので、スタッフたちがそれにどう色をつけていくか、みんなで考えながらやっていました。監督の頭にある画は今も昔も変わらなくて、その画に、いかに早く到達できるかということが向上しただけですよね」

―個性の強い塚本監督との相性はどうなんでしょう。他の現場との違いはありますか?

「塚本監督は熱い。なので他の組へ行くと温度差を感じます。だから逆に知らない照明さんが塚本組にはいってきたら、空回りしてしまうかもしれませんね。逆に他の組に僕がいくとうっとうしく感じるんじゃないかな。僕は全力投球でいくタイプなので。この間、行った現場でも僕が1人浮いて帰ってきました(笑)」

―照明技師の仕事で、生活は安定できているんですか?

「プロモーションビデオやCMの照明をやっていますが、監督をやるよりか何倍も儲かりますね。日数に対するギャラが高いんです」

―それでも、当初からの目的である監督をやりたいんですね。

「金を稼ぐのは映画作りのためです。もともと普段、お金をあまりつかわないので、必要ないんですよね」

―物欲はないんですか

「食欲だけです。だから僕の家は何にもないんですよ。ちょっとしたビジネスホテルみたいです。映画好きだけど、DVDすら買わないですし。あんまり物に対する執着がないんですよね。まぁケチっていうのもあるんですけど」

―学生時代に作っていた作品は、『なま夏』や『机のなかみ』みたいな感じですか?

「いえ。バラバラですね。コメディに近いものや、難しいもの、いろいろ作ったんですけど、どの映画祭にも一次審査さえ引っかからなかったので、無理があるなと思い始めていました。27歳のとき照明技師としてまっとうになった時に、とりあえず3本作ろうと決めたんです。それでどうにもならなかったら、それは仕方ないな、と思って。その1本目が『なま夏』でした。2本目の『メリチン』(未公開)製作中に、『なま夏』のDVD化が決まったり、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で賞をいただいたりして、状況は変わり始めました。3本めの『机のなかみ』も自主製作の企画だったんですが、商業作品として、やらせてもらえることになったんです」

―それで現在公開中の『机のなかみ』なんですが、どういうきっかけでアイデアが浮かんだのでしょうか。

yoshida_sub.jpg「女子高生を撮るという事をずっとやっていたんですが。30歳になってから、女子高生の部屋で2人きりになることなんてもう出来ないなーと思ってたら、あ、家庭教師って手がある、それならまだいけると(笑)。それからいろんな妄想が勝手に広がって。この映画の構成は15分くらいでズバーっと浮かびました。こういう展開でこうしようというよりは、大枠は自然に出来上がっていった感じです」

―『なま夏』と『机のなかみ』を続けて観ると、女子高生に執着があるように感じてしまうんですが(笑)。

「そう思われても仕方がないですね。っていうかこれからも女子高生を撮っていくぞって勢いです(笑)。女性の高校時代って、大人への階段を上りはじめた最初の段階と思うんですね。今の時代は違うかもしれないけど、自分の世代は、高校時代にバイトを始めたり、異性との関係もディープになったりとかいろんなことを経験する時期だったので、その過程の一瞬をきりとることができればと思っているんです」

―『なま夏』と『机のなかみ』の主人公の男性はピュアな部分と駄目な部分がありますね。

「メインの男性は完全に僕は自分をだしています。『机のなかみ』でやりたかったのは、「自分は恋をしているのか?」「性欲でしかないのか?」そんな自分でもつかみづらい感覚の曖昧さをうまく出すことでした。人間の中のピュアな部分と、下心と、かわいらしさ、鬱陶しさなど全部持っていて、その曖昧なところが撮りたい対象であって、決めつけたくないんです。今までもこれからも、見ている人がいろんなとらえかたができる曖昧さを表現できたら良いなぁとやっているつもりです」

―登場人物がみんな誰かを想っているんだけど、その恋心が全部一方通行なのがおもしろいと思いました。

「狙ったわけではないですが、そういう環境の中にいる人たちが好きだし。人は愛することは楽しめるけど、愛されることは当たり前になってきて慣れていってしまう。むかしはラブラブでも、ずっと一緒にいるとお互いのありがたみを忘れてしまって、新しい出会いがあるとそちらに向かっていってしまう。僕が今までそう恋愛をくりかえしてきたので。今回の映画も、自分が言ったことといわれたことの総集編ですね」

―ある意味、赤裸々な告白なんですね。

「赤裸々です。『机のなかみ』に出てくる男性たち、女子高生の家庭教師や、彼氏のやってること、どっちも経験あるんで。泣かせたことも、自分が泣いたことも映画に押し込んでいます」

―前半と後半の視点が完全に切り替わって、違う人の主観でもう一回物語がリピートされますね。

「その構成は、最初に思いつきました。前半と後半では違う映画をみている感じで自分に降りてきたんです。前半の家庭教師の視点は僕が今までやってきて表現方法ですが、後半の女の子の視点は普段僕がやらないことをやろうと」

―普段やらないこととは?

「ハンディとか、あまりやらないですね。僕の画は引きめのカチッとしたフィックスが多いんですが、後半の画は揺れていて、淡い、女の子っぽい感じ。岩井俊二監督的ですよね。俺だったら絶対こういう風に撮らないっていうやりかたで撮りました」

―撮影の順番は?

「ばらばらでした。しかも僕が普段やらない後半部分からやったので」

―役者さんもたいへんだったのでは?

「そうですね、男視点の前半はコントみたいな状況、後半の女子高生の視点はリアルなトーンですから。監督が2人いて、オムニバスが合体した感じにしたい、と思っていたのですが、役者さんも違うトーンでギャップを作ってくれました」

―撮るときは頭の中が大変ですね。

「撮影に関しては、思ったほど苦労はしなかったんですよ。むしろ、脚本で詰めるのがキツかったですね。書く前にルールを何個か決めたんです。まず、状況が2つあるから、例えば男視点のときは男が見えないものは一切書かないし、映さない。要は男視点の時は、ドアをあけるときに男から開けるけど、後半の同じ場面では女の子からドアを開ける。また、女の子の視点では好きな男の子とその彼女の関係性が見えないっていうのをやりたくて、言葉での情報でしかその関係性がわからないようにしました。普通だったら、そのとき彼氏はどうしていた、一方家庭教師は……と見せるのかもしれないけど、この作品では映さない。それぞれの主人公が見えているものしか観客も見えない。そして、最後にぐちゃぐちゃになって、家庭教師と女子高生とは関係のない人達と状況が出てきて、誰が主人公だかわからなくなる、そこで初めて時間を飛ばせたんですね。そこをしっかり脚本で詰めました」

―聞いているだけで大変そうなのがわかります。

「同じ話の中で視点を変えて繰り返す映画って結構あって、そういった映画の面白みは「あぁ、そうだったんだ」という謎解きがあることかもしれないですけど、今回僕がやりたいのはそういうことじゃなかったんです。なのでその答えを入れませんでした。観ている人は「時間戻すのにそれやらないのかよ」みたいな感じかもしれないけど、単純にオムニバスとして捉えて観てもらった方がいいですね」

―撮影期間はどれくらいですか?

「2週間くらいです」

―『机のなかみ』は会社が全額出資なんですか?

「そうです。今まで自分のお金で、用意してやっていたので負担が大きかったんです。スタッフにギャラも払えず心苦しかったんですが、今回はギャラも出せるので仕事としてやってくれるし任せられるから、そういった胸の痛みもなくできました。」

―自主映画の世界で、苦労してやってきたからそう感じるのかもしれないですね

「今までは車を借りるにしても自分で管理して、スタッフや出演者の安否も心配しなくてはいけなかった。今までも多くの人に支えられてきましたけど、今回は強力なスタッフがたくさんいていろいろやってくれて、ぼくは監督に専念できてすごくよかったですね」

―そんな意味でも、完成したものに対しては納得していますか?

「何の違和感もないです。最初に頭の中でイメージしたものとかなり近くなりました」

―エンディングは最初から決まっていたんですか。

「いや、実はエンディングだけ抜けてたんですよ。ずっと考えていたんですけど、ある日フッと降りてきました。それは僕が照れて逃げていた部分であったんですけど、人間同士がぶつかり合う姿を格好つけないでさらけ出してみようと。だから最後を観てうっとうしいなと思う人もいるかもしれない。でも恋愛の着地点って実は鬱陶しくて面倒くさかったり、映画みたいにムムこれも映画ですけど(笑)ムム綺麗に終わることって現実にはなくて、もっと未練がましさとか曖昧さを残していくことばかりなんですよね」

―最後は素で勝負していると思いました。

「今までの恋愛遍歴に対する、女性たちへのごめんなさいの気持ちを集約しました(笑)」

―そこまで本音が入っていると、知り合いにみせられないですね(笑)。

「そうですね、あ、これ言われた、とか、言った、とかあるかも」

―未公開の『メリチン』はどんな作品ですか?

「『なま夏』は攻撃的でとげのある毒々しい映画ですが、『メリチン』はその真逆で、田舎を舞台に淡々とした日常のくだらなさを描きました。僕はそんな映画もあっていいと思うんですが、一般のお客さんはその中間くらいが良いのかなと思います。なので『なま夏』と『メリチン』を足して2で割った作品が『机のなかみ』ですね」

―観客に対するプロ意識がありますね。

「やりたいことをやっていきたいけど、10年以上やっていると、ここだけ抑えておけばお客さんにウケる、というある程度のやらしい計算はしちゃいますね。ただ、その制約の中で楽しんでやっています」

―次回作の予定がありましたら、教えてください。

「今準備をしつつ、年内に撮影をする予定です」

―これからも監督をつづけていくのですね

「そうですね。やりたいことをできる環境が一番良いのですが、大きくなればなるほど制約がでてくるんですよ。ただ、ミニマムは自由でも、技術屋の僕にとっては、技術的な部分で厳しいですよね。金銭がないと技術にその波が押し寄せてくる。だからある程度大きな規模で撮っていきたいです」

―女子高生の話はまだまだ続けていきますか?

「女子高生といえば、イコール俺、というようになりたいです(笑)」

―今後の活躍を期待しております。ありがとうございました。

脚本・監督:吉田恵輔

出演:あべこうじ 鈴木美生 坂本爽 清浦夏実 踊子あり 他

配給:アムモ

テアトル新宿にてレイトショー公開中

『机のなかみ』公式サイト

http://www.tsukuenonakami.com/

(C)2006 NIPPAN/AMUMO

2007年3月2日 聞き手/武田俊彦「映画芸術」編集部