映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

■試写室だより『Girl's BOX ラバーズ☆ハイ』『アクエリアンエイジ 劇場版』『カクトウ便』<br>春休み! アイドル映画レビューまつり‘08

女性アイドルが何人も出てくる『Girl's BOX ラバーズ☆ハイ』に、若い男の子たちがやはりたくさん出てくる『アクエリアンエイジ 劇場版』。春休みシーズンに劇場公開される二本の邦画を試写で見て、いろいろと刺激を受けた。積極的にいいところを強調して紹介したくなった。

お断りしておくが、だからといってこの二本がマニア受けする傑作! アンテナの尖った人たちが今年のベストテンに選びそうだから要チェック! とか、そういうことでは全く無い。かたやアイドル・ユニット企画のプロモーションのために作られたものだし、こなたトレーディングカードゲームから派生した各種コンテンツの、やはり販促用に作られたもの。「これは単なるアイドル映画ではなく……」という手垢の付いた言い回しが通用しない、二本とも、ほんっとに単なる、アイドル主演の商業映画なのだ。

で、僕はそのシンプルさに、サワヤカといっていいほどの潔さを感じたのです。

GB メイン 1.JPG

『Girl's BOX ラバーズ☆ハイ』

<音楽×アイドル×青春=最強のガールズ☆ムービー!!>な『Girl's BOX ラバーズ☆ハイ』は、アーティスト(人気女性歌手)になりたくて家出同然で上京してきた女の子が、オーディションを受け、合格するところから始まる。地方の女子高生に安直に夢を与える、いかにもシラッとさせる導入である。

ところが、オーディションは詐欺だった。行き場所のなくなった彼女は、「Girl's BOX」というクラブというかライヴハウスみたいな店に住み込みで働き出す。同じ年頃の仲間たちとワイワイ働くのが楽しくなり、歌への夢はしばらくお留守になって経営危機の「Girl's BOX」を守るのに懸命になる。いかにもフワフワと目標がすぐに変わる女の子らしいノリ。ところが「Girl's BOX 」のママは、それは本当の自己実現じゃない。居心地のいいところにいつまでもいないで卒業しなさい、と彼女たちをピシャリと諭す。

これだから夢見がちな女の子は……という展開になっていき、そのたびに主人公たちを突っぱねていくストーリーなのだ。ハダカが目当てで来た客にオマエの歌なんか聞きたくないと怒鳴られたり。例えデビューできたとしても、待っているのはいろんな人にいろんなことを言われる世界だよ、とシビアな忠告を受けたり。シナリオ(金子二郎)にしっかりしたバネがあり、演出(佐藤太)にも粘りがあって、かなり僕は感心させられた。プロが作っている映画だった。

舞台となる店「Girl's BOX」の、正面奥の階段からステージにつながる作りが、かっこいい。ロケセットを作った美術の力だろう。このガランと大きな店に、ワケありだが根性のある女の子たちが集まってくる辺りの風情には、キン・フーの『龍門客桟』や『迎春閣之風波』、つまり山田宏一氏言うところの<女の活劇>を思わせる躍動が、そっとだが、しかし確実にある。

「決して楽とはいえない現状の女性アイドル稼業」。2月18日の朝日新聞夕刊の記事で、音楽評論家・湯浅学さんがズバッと書いていたが、そういうことはもう、<それでもなりたい>女の子たちのほうが良く分かっているのかもしれない。今どきのサクセス・ストーリーは、地に足のついた辛いところがないと共感を呼びにくいのだ。

ルックスが今イチだと歌がうまくてもアイドルにはなれない。そんなミもフタもない現実を逆手にとってド根性新派劇に昇華させた『ドリームガールズ』が大きな成功パターンになったことで、女の子ドラマの作りは少し変わってきている気がする。従来なら三枚目のコミックリリーフ、ヒロインの都合のいい引き立て役にしていたキャラクターをメインに据えてみたら、ストーリー展開にターボがかかって一頃はもう止まらない勢いだったNHK朝の連続ドラマ「ちりとてちん」がその好例。

GB メイン 2.JPG

『Girl's BOX ラバーズ☆ハイ』

<人気若手俳優・夢の競演で魅せる、ゴシックファンタジーの世界!!>なアクエリアンエイジ 劇場版』は逆に、とことん浮世離れした展開に突き進んでいく。ひょんなことから知り合う高校生の男の子たちは、実はそれぞれが翼を持つ獣人、予知能力者、魔術師など、世界の正史の裏で勢力争いを続けていた一族の末裔で、いずれは闘う運命にあった……というストーリー。

きっと平成「仮面ライダー」シリーズなどに親しんでいる人なら、パッと分かる約束事の世界だろう。どうして魔族の末裔がみんな日本のベッドタウンに住むハンサムな男の子なのさ、と言い出すのが野暮だろうことは、ふだんゴシックファンタジーのゴの字ともファの字とも縁のない僕でも分かる。縁がないぶん新鮮で、五人の男の子が実は血塗られた歴史の因縁で結ばれていた、と分かっていく中盤からの展開には、けっこうハラハラドキドキした。これまた、スタッフの仕事が丁寧なのだ。監督の田原英孝はミュージッククリップをたくさん手がけている人だそうで、雰囲気のある場所でのロケーションが多いのはそのセンスとキャリアの賜物だろう。

一族同士が殺し殺されの関係である二人の高校生が、その掟に従うべきか悩みながら友情をはぐくむ。大仰な設定がどんどん広がっていくなかで描かれる、まさに青春ソングのミュージッククリップ風のスケッチがとても好ましい。年代が上の人向けに言うと、往年の中村雅俊主演の青春ドラマ風と例えてもいい。そう、「俺たちの旅」でいうと挿入歌「ただお前がいい」が流れ出す、あのあたりの感じね。

セカイ系>という言葉を使って難しく考えるまでもなく、若いうちは誰もが潔癖で自意識過剰だから、自分たちの友情の行方が世界の未来を占うという極端な展開には、社会性をスッ飛ばしているゆえの独特の切実味がある。このタイプのルーツの一つだろう永井豪の漫画「デビルマン」にしても、もとは平凡な高校生・不動明クンと飛鳥了クンの友情と決別が、あれよあれよと世界最終戦争まで発展するところが凄くて面白いところだった。

しかし、いい調子で進んでいくこの二本には、それまでの展開をラストで全部ひっくり返す、びっくりする共通点が待っていた。

『Girl's BOX ラバーズ☆ハイ』の場合、ジーンズを脱いでキラキラのスカート姿で媚を売ることを拒否した女の子たちが、「本当に好きなことをするために」居心地のいい夢の城を卒業するクライマックスまでが見ていて快いのだが、その後なぜか矛盾するように、結局は大人のプロモートによってドリーミンなアイドル・ユニットになったことを示唆するクリップ風の映像が始まる。

アクエリアンエイジ 劇場版』の場合は、男の子たちの因縁がようやっと明らかになり、当面の敵もやっと正体を現し、いよいよこれから闘いだ、というところでズバッと始まるのはクレジット・ロール。つまり、たっぷりと引っ張っておいて、バトルの見せ場が一度も無しで終わるのだ。

僕が映画に安定した完成度を求めるタイプなら、なんじゃそりゃ、と憮然となり、口直しにアルタミラ・ピクチャーズが作った青春映画のDVDでも見直しているだろう。しかし、あいにく僕は<かけがえのない十代のひと夏>を過ごしたら後はちゃんと就職をして税金を納める成人になりましょう、と善導の臭いがする映画に、つい警戒心を覚えてしまうタチなのである。『Girl's BOX ラバーズ☆ハイ』と『アクエリアンエイジ 劇場版』は、主人公たちが人とは違う生き方を選んだ末に迎えるガタガタなラストにこそ、評価のポイントがある。

アクエリアン.jpg

アクエリアンエイジ 劇場版』

レジャー白書」を調べたという興行関係者の話を最近聞いて唸ったのだが、2007年の日本の映画人口(年間入場人員)は1億6319万人だが、実際に映画館に足を運ぶ人の数はおよそ4000万人なのだそうだ。つまり、年に一度も映画館に行かない人が8000万人近くいて、映画興行は実質、年に数回、またはもっと多く映画館に行く一部のリピーターによって成り立っているのである。分かっちゃいるつもりだったが、改めて数字を知るとやはり、ゾッとしない。

映画ファンやシネフィルと呼ぶとロマンティックな雰囲気が出て七難をかくすところがあるが、ビジネス用語で言えば、要はヘビー・ユーザー。通好みの名作・傑作の誕生を常に要求し、失敗作や凡作を居丈高に責めるタイプの映画ファンは、やたらと新商品のモニターになりたがり、ビギナーを馬鹿にしてかかり、メーカーが市場の新規購買層開拓に努力すると過敏に反発してクレームをつけ、メーカーに大事にされつつも陰ではウザいと思われているヘビー・ユーザーと、その実体はあんまり変わりなかったりする。

今、僕が紹介している二本の単なるアイドル映画は、4000万人のなかのリピーター、ヘビー・ユーザーではなく、8000万人のなかの、アイドルやゲームが映画よりも好きな層に向けて作られている。その製作態度は実はなかなかきっぱりしていて良いのではないか、と僕には思われるのだ。

『Girl's BOX ラバーズ☆ハイ』は、実直な青春映画を指向しつつも、ラストでは、大前提である大手レコード会社が仕掛けるアイドル・ユニットのプロモーションにドライに立ち返る。CDを買ってくれる、ライヴに足を運んでくれる熱心なファンのみんな、私たちがデビューするまでの(架空の)姿を映画で紹介していますから、併せてよろしくネ、ということ。

アクエリアンエイジ 劇場版』のラストになるともっと話は明快で、あくまで映画はゲーム「アクエリアンエイジ」の世界観をアナウンスするためのナビゲート。だからバトルを映画で描いても意味が無い。実際に戦うのは、トレカやPSのソフトを買ってプレーヤーになるキミたち自身だ! と割り切っている。

その、映画ファン=ヘビー・ユーザーから不興を買うことを全く恐れていない潔さには、映画が本来持っている宣伝媒体としての魔性が不逞に息づいている。それこそ名作・傑作・ヒット作の栄光の歴史の裏で、「PR映画」というオルタネイティヴな一族が姿かたちを変えながら脈々と生き続けていた、というわけだ。ヘビー・ユーザーがそこから目を背けて「こんなもの映画じゃない」といくら批判したところで的外れだし、本当の意味での映画史は語れないのでは、とややアカデミックな意味からも僕は思っている。

たまたま初めてお会いした宣伝マン・山下幸洋さん(去年、本サイトでインタビューが掲載された)からサンプルDVDを頂いた『カクトウ便 vol.1~3』の三本も、やはり春休みシーズンに公開されるアイドル映画だった。3月29日から池袋シネマ・ロサでレイトショー公開だが、三本の半券で非売品のプレゼントがあるなど、映画館をアイドルのイベント会場的なムードに染める工夫があるそうだ。これもまた、8000万人のなかから一人でも映画人口を増やす取り組みの一つと、積極的に捉えたい。

実際、三人のグラマーなグラビアアイドルが一本ずつ主演する「カクトウ便」は小規模でかなり荒削りなのだが、三本三様の創意と個性があって面白い。あくまで入り口は彼女たちだし、ちゃんと出番もアップも多いのがまずもっていいのだが、さらに『マスター・オブ・サンダー 決戦!!封魔竜虎伝』の谷垣健治がアクション演出した、かなり本格的な路上・屋外ファイトが見られるのが嬉しい。僕は見ていて、ずいぶん得した気分になった。三本甲乙つけがたいが、『vol.2 VS謎の恐怖集団人肉宴会』の、アイドル業がイヤになったアイドルと追っかけや盗撮がイヤになったオタク青年とのつかの間のふれあいを描く辺りのデリケートさが、個人的には好み。

カクトウ便.jpg

『カクトウ便/vol.2 VS謎の恐怖集団人肉宴会』

「アイドル映画レビューまつり」と銘打っておきながら、理屈っぽいことを長々と書き連ねてしまった。お気に入りのアイドルの新作をチェックしたい熱心なファンの方には、主演者の名前が一つも出てこない期待はずれなレビューで申し訳ない……、と謝りたい。なんというか、あの子が注目株とか、きっと彼がブレイクするだろうとか。シネマパーソナリティーみたいな肩書きを名乗る業界ゴロのオバサンがすぐやりたがる競馬予想的なことを、僕はしたくなかったのだ。女の子も男の子も、みんな、この二本のなかでひたむきに役を演じている。今は、それでよいではないですか。これから人気が出るかどうかは、別の話だ。唯一、長澤奈央だけはどちらにも出ているので、リーダーやお姉さん役がよく似合う凛とした魅力を称えておきたい。ほかに、オッこれは将来……と思った子の名前は、性別ともに秘密。

大体、僕には若いタレントの将来性を見抜く才能が乏しいので、余計なことを書かないほうがいいのだ。二十年以上前、<角川三人娘>のうち大成するのは誰だろうと数ヶ月に渡ってウンウン熟考したすえ、お年玉で買ったのが渡辺典子のファースト・アルバムだった、という人間である。

text by 若木康輔(放送ライター)

『Girl's BOX ラバーズ☆ハイ』

監督:佐藤太

脚本:金子二郎

出演:長谷部優 長澤奈央 嘉陽愛子 斉藤未知 星井七瀬 秋本奈緒美

配給:バイオタイド

3月29日より渋谷Q-AXシネマにてレイトショー公開、ほか全国順次公開

公式サイト http://girlsboxmovie.com/

アクエリアンエイジ 劇場版』

監督:田原英孝

脚本:なるせゆうせい

原作:ブロッコリー

出演:桜田通 栩原楽人 植原卓也 木村啓太 藤井俊清 長澤奈央 堀内正美 

配給:バイオタイド

3月22日より渋谷Q-AXシネマにてロードショー公開 3月29日より全国順次公開

公式サイト http://www.aquarian-movie.com/

『カクトウ便』

vol.1「Battle Rub XX」

監督:植田中 脚本:絵面貴亮 出演:小阪由佳 甲斐麻美

vol.2「VS 謎の恐怖集団人肉宴会」

監督:石井哲也 脚本:佐東みどり 出演:木口亜矢 甲斐麻美

vol.3「そして、世界の終わり」

監督:宇田川大吾 山本俊輔 脚本:藤田学 山本俊輔 出演:次原かな 甲斐麻美

制作・配給:バイオタイド

3月29日~4月11日、池袋シネマ・ロサにてレイトショー

公式サイト http://kakutoubin.com/