映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

「デジタル化による日本における映画文化のミライについて」PART1 <br>デジタル化による映画の多様性の危機について~日本における現状報告 <br>田井肇(大分・シネマ5代表)

 近年、急速に進む映画のデジタル化だが、ここへ来て一気にその問題が表面化している。というのも、作品の供給がフィルムからデジタル素材へと急変する中で、デジタルの上映設備を持たないミニシアターが存続の危機に立たされているからだ。さらに、デジタル設備導入のために用意されたヴァーチャル・プリント・フィー(VPF)なる金融スキームは、デジタル設備のリース料を配給会社にも負担させるシステムで、料金設定は大手の配給興行網に準拠している。そのため、独立系の配給会社は大きな負担を強いられることになり、全国のミニシアターを中心に公開されるアート系映画の配給に支障を来たすことが予想されているのだ。  東京フィルメックスの期間中の11月24日、こうした状況に危機感を募らせた映画関係者が有楽町朝日ホールに集結。「デジタル化による日本における映画文化のミライについて」と題するシンポジウムを開催した。本サイトではこの模様を3回に分けて採録する。 (取材・構成:中山洋孝 平澤竹識 協力:シネレボ!) tai.JPG 土肥 たくさんの方にご来場いただきまして、誠にありがとうございます。金沢のシネモンドという映画館の土肥(悦子)と申します。今回、総合司会を務めさせていただきます。まず、今日の「デジタル化による日本における映画文化のミライについて」というシンポジウムの前に、先月10月24日に映画美学校において、配給会社や制作会社、興行会社の人間たちが集まり、デジタル化にはいったいどういう問題があるのか、その解決法にはどういうものがあるのかということについて話しました。そこでいくつもの課題が浮き彫りになりました。今回のシンポジウムはそういった問題をより広く、映画観客の方に共有していただくために企画したものです。デジタル化にはいろんな問題がありますが、結果として多種多様な映画が見られなくなってしまうかもしれない恐れがあるのです。そのときに一番被害を受けるのが熱心な映画ファンの方であろうと思います。ですから、今日は映画ファンの方々に向けて、何が課題なのかということ、それをどうしていけばいいのかということについて話し、そこでいろいろな意見が出されればいいと思っています。とはいえ、「VPF(ヴァーチャル・プリント・フィー)」について基礎的な知識がないと話についていけなくなってしまいますので、コミュニティシネマセンターの伊藤(重樹)から、簡単にご説明申し上げます。 伊藤 VPFに関して説明させていただきます。デジタルシネマの上映設備を劇場に導入するためには、おおよそ700万~1千万の費用がかかります。劇場の既存設備の状況によっては1千万を超えることもあります。それくらいかかる設備投資費用を劇場だけが負担するのはかなり困難な話です。そこで、デジタルシネマの設備導入によって受益者になる配給会社サイドが、その三分の二を負担し、残り三分の一を劇場サイドが負担していこう、こういう考え方で運用されるスキームのことを「VPF」スキームといいます。配給側も劇場側も10年くらいの分割でこの高額な設備導入費用を支払っていくということになります。このスキームを運用して劇場に設備導入を推進していく会社、「VPFサービサー」と呼ばれる会社には「SONYテクノサポート」、「ジャパンデジタルシネマサポート」「デジタルシネマ倶楽部」の三社があります。  先ほどの、配給会社がデジタル化によって恩恵を被るという話について説明します。みなさんが劇場でご覧になってる映画のプリントを作るには、発注する本数にもよりますが、本数が多い場合はおよそ20万~25万の費用がかかっています。本数が少ないと30万~35万かかるケースもありますが、とりあえずここでは20万円で説明します。20万のプリント費を例えば100ブック(100館の劇場で同時公開)した場合、20万×100=2千万円のプリント費を配給会社が負担しているわけです。ところが、デジタル化されるとプリント費がかかりませんから、上映素材費用としては原則としては限りなくゼロに近づきます。そこで浮いたプリント費、今の例で言えば節減される2千万円の一部をデジタルシネマの導入費に充てましょう、という考え方です。  サービサーによって料金設定にばらつきはありますが、1作品を1スクリーンに掛けた場合、7万5千円から9万円ほどのリース料を配給会社はサービサーに支払うことになります。だいたい1スクリーンあたり10本から13本くらいの新作が出ると仮定されていますので、9万円のケースですと9万×10で、一年間に90万が償還され、これを10年続ければ900万、配給側が負担する三分の二がこの額になります。非常に大まかに言うとそういうことです。これはアメリカで考えられたスキームですけども、受益者である配給会社が一部負担しようということですから、劇場だけが負担しないという意味では非常に考えられたスキームだと思います。ただし、今日われわれが話し合う問題は、そのスキームに乗れない劇場があるということです。設備導入費を回収するだけのVPF利用料、上映本数の見込みがたたない劇場が、独立系映画館を中心にかなりの数にのぼることが予測されます。  一方、配給会社にしてみると、先ほど「20万のプリントを100本用意して一斉公開」という言い方をしましたけど、単館系の映画は2~3本のプリントを全国に順繰りに回してるわけです。そうすると、例えば20万のプリント費がかかったとしても、そのプリントを5カ所に回せば、1館当たりのプリント費は4万円になります。その意味で考えると、VPFサービサーに対して1スクリーン当たり7万5千円から9万もの費用を払っていられない。4万で済むところをなぜ7万5千円、9万円も払わないといけないの?って話になるわけです。VPFの料金体系は、週を追うごとに、また2回以下の上映時には、などといったケースを想定して減額制度も設けられていますが、地方の劇場ではその額でさえ高いという事態になるわけです。各社、特に独立系の配給会社は、このスキームには乗りづらい。劇場のほうは、乗りたくても乗れない、あるいは乗れば乗ったで作品が配給から提供されない、配給のほうも、乗れば収益減少に直結する、という事態が見えてきているのです。  そういう事情を踏まえたうえで、ミニシアターとか単館系と呼ばれる劇場が今後どうしていくのか、そこに配給している独立系の配給会社はどうするのか、また、そこへ向けて映画を製作してる独立系の制作会社はどうしていくのか、それが課題です。簡単ですが、VPFの説明は以上です。 土肥 ありがとうございました。次に大分シネマ5の田井肇さんから、日本におけるデジタル化でいったい何が問題になっているのかということについて、お話しいただきたいと思います。 田井 今、伊藤さんからVPFについて簡単な説明がありましたけれども、つまりこういうことですね。デジタル映写機というのは大変価格が高い、1千万円くらいする。この1千万円をわれわれ映画館が自前で購入するのはとても無理がありまして、その「とても無理」をお手伝いしようというのがVPFというスキームなんですね。今までは35ミリプリントを使って映画の上映を行なっていたわけです。しかしながら、これがデジタルのデータでやれるということになりまして、それは随分安くつくと。安くついてお得になるのは配給会社なのだから、配給会社がデジタル機材の導入に必要な1千万円の一部を面倒見てくれてもいいんじゃないの?というのがVPFなんです。  ところが、われわれのような映画館、私の映画館は大分市にありまして、ひとつ持っているのは座席数74の、一般的には単館系と呼ばれるタイプの映画館なんですね。そういう劇場に単館系と呼ばれるタイプの映画を配給している配給会社があります。そういう配給会社は、例えば3本とか5本のプリントを全国40館に巡回して上映する。その5本を最初に使える都市は東京、大阪、名古屋、福岡とかの大都市圏、そこが終わると静岡とか岡山とか広島とかもう少し小さい都市に行って、またさらに小さいところ行くという、これを四巡、五巡と繰り返して、全国40館くらいで公開するという感じなわけです。  問題はこのVPF、「ヴァーチャル(仮想的な)」な「プリント・フィー(プリント費)」ですから、「これがプリントだったと思ってごらん?」ということですね。プリントはないんだけれども、「これがプリントだったと思ってごらん? 25万とか30万かかるじゃないか。それが例えば9万円とか7万円だったら安いですよね、それを払ったって申し分ないでしょ、配給会社さん?」という考え方なんです。ところが今言ったように、5本のプリントで40ブックする場合、最初の5館は確かにプリントを焼くんだけれども、6番目から40番目の映画館には既に焼いたプリントを渡してるわけですから、プリント経費がゼロなんですね。ですから、ブッキングの後半の劇場、つまり地方の劇場に関して「これがプリントだったと思ってごらん?」と考えてみると、タダがなぜ9万円に上がるんですか?って話になってしまう。そういう劇場も含めて、違う映画館で掛ける度に9万円かかるってことになった場合、配給会社さんの立場で考えますとね、「なんでそんなにお金がかからないといけないんだ」ってことになってしまうわけです。「それじゃあ、とてもVPFという形で上映できないよ」ってことになっていく。  例えば、興行収入が20万円だった場合、動員としては160~170人くらいですかね。一週間で160人というと、東京では大したことない数字だと思いますけども、地方ではなかなか大変なんです。一週間で160人ということは、初日で50人くらいは来てないといけない。一日三回廻したとして、50人ということは初回に20人くらいは来てないといけないですね。地方の小さな映画館ですから大々的に宣伝してるわけでもない、そういう映画に初日の一回目から20人がつめかけてるなんてことは可能性として非常に低いんです。ですから、20万円が興収として上がる映画はそんなにあるわけではありません。興行収入が20万円の場合、配給会社に劇場が支払う映画料は50%ですから10万円ですね。配給会社はこの10万円を貰うために、映画の供給代として9万円をどこかに払わないといけない。それじゃあ、手元に残るのは1万円ですよね。要するに、10万円の映画料を貰うために9万円を払わないといけなくなるって話に、VPFだとなってしまう。だから、興行収入が20万円以下になってしまいそうな映画は、「それはもうお貸しできません」という話になるわけです。映画館がやりたい、配給会社もやってほしいと思っていても、最後に1万円返ってくるかどうかでは難しい。しかも、これは想定としての20万ですからね。「いやあ、20万いくと思ったんだけど15万でした」で、配給収入が7万5千だったら大変ですよね、9万円払わなきゃいけないんですから。だから、20万円に達する見込みが低い興行、そういう規模の作品の、特に地方興行は、配給会社が望んでいても配給できない。あるいは劇場がやりたくても配給できないという状況になってしまうわけです。  この20万円という興行収入を基準に、知り合いの映画館に聞いてみたのがこの表です。 tai-chart1.jpg  一応、劇場名を伏せた方がいいということなんで、ABCDと伏せてあります。どれかがうちです。まあ、大分市の人口が47万人ですからお分かりじゃないかと思うんですが(会場笑)。ともあれ、地方の県庁所在地のあるところは人口40万前後ぐらいです。ただ、ひとつだけ政令指定都市のDが入っていますね、人口80万人のところ。この四つを調べてみました。「今年の4月から9月までの半年間で上映した本数と、興収が20万円を切った映画の本数を教えてくれない?」と頼んで、出来上がったのがこの表なんです。  それぞれの映画館、半年で80本だ、70本だ、こんな数をやるんですね。特にBの劇場は素晴らしいですね、半年間で74本、たった1スクリーンでやってますから。ということは、いかに細々とやってるかってことですね。そうすると、年間で150本ほどやるわけでしょう。52週間しかないのにどうやって150本やるんだってことがありますけど、やってるわけですよ。で、これは僕も調べてみるまで分からなかった、「興収20万円以下の映画って意外とあるんだよなあ」くらいのイメージだったんですけど、実際調べてみるとですね、もう恐ろしい数でした。平均を取っても52%ですから、半分の映画は20万円に届いてないんです。  そうすると、どうなるのか。この四つの劇場がVPFに乗ってデジタル化を遂げた場合、配給会社からこの半分の映画は「勘弁してくださいよ、もう上映やめてください」と言われて、断られちゃう。半分の映画は上映できなくなるということが起きるわけですね。かといって、じゃあどうすればいいのかっていうのは、この会議の主題ではあると思うんです。 tai-chart2.jpg  次を見ていただきましょう。次はですね、ここ3年間の「キネマ旬報」ベストテンと「映画芸術」ベストテンを挙げた表です。ただ挙げてるんですけど、色分けがされてます。先ほどのABCDのような地方都市の映画館において、ここで赤になってる映画は全部公開できません。つまり、興収が20万円に届かない。このうちいくつかは、私自身がやって20万円に届かなかった、悲しいことに10万円にも届かなかった映画もあったと思います。オレンジ、『ヘヴンズ ストーリー』の瀬々さんが会場にいて言うのもなんですけど(会場笑)、これは20万円というボーダーでいくと相当怪しいかな、というラインです。黄色、これも危険水域にあるかなというライン。都市規模が20万人、10万人台の都市にも映画館はありますが、そういうところではおそらくこれで20万円を超えるのは難しいかもしれない、ということですね。「映画芸術」と「キネマ旬報」のそれぞれの特徴を出すために作ったわけじゃないんですけど、「映画芸術」に至っては恐ろしいことに大半の映画が見られなくなっちゃいます。「映画芸術」ベストテンが催せなくなってしまうんです。そういうことが現実的に起こるんですね。すなわち、先ほどは各映画館において、半分の映画が消え去るのかもしれないという風に言いましたけど、みなさんにおいては具体的にこれらの映画が見られなくなっていくんです。  これが、地方都市で見られなくなっていくというだけで済めばいいですよね。先ほどの人口40万の都市を目安にすると、うちの場合は東京の興収の1%いったら万々歳だなって感じなんです。実際、東京でやるってことは、関東域全体を考えたら相手が2~3千万人でしょう。そうすると、1%で20~30万人ですから、人口40万人の地方都市なんかは本当に興収が東京の1%いけばいいとこなんですね。ということは、地方都市における興収20万円は、東京における興収2千万円を意味してるわけです。ところが現在、東京の単館系の劇場である映画の興収が1千万円いったら「そこそこいったな」って感じ。3千万円で大ヒットですから、2千万円いったら、配給会社が「東京でけっこう入ったんですよ。やってくれませんか?」ってセールスをかけても不思議じゃない数字なんです。ところがこの「2千万円いったら・・・」がもはや「掛けるの勘弁してください」って映画になってしまうということなんですね。こういう風になって、ある種の映画が見られなくなっていく状況が今後訪れます。デジタル導入費の1千万円を自前で準備するなんてとても無理だから、このままいけばVPFというスキームに乗らざるをえない。しかしながら、そのスキームを導入してしまうと、これらの作品が上映できなくなってしまうということが起きるということですね。  もう一点だけ言っておきたいのが、この20万円に届かなかった映画ですね。この映画は、たしかに私ども映画館の努力不足、実力のなさ、そういうこともあるかもしれません。でも、それぞれの映画館に聞けば分かりますけど、この20万円に届かなかった映画は、「いやあ、実は50万くらいはいくと思ったんだけどね、やってみたら18万だった」という話なのか。そうではないです。「いやあ、いいとこ10万いくかどうかだけど、チャレンジしてみたよ」っていう映画なんです。つまり、20万円いくと思ってなくてやってるところもあるんです。いや、それで来なかったらわれわれ赤字ですよ。興収20万円で手元に残るのが10万円でしょ。普通、30~40万の家賃を払ってやってますよ。だから、10万円だったら自分たちも困っちゃう。だけれども「この映画はやっとかんといかんだろうなあ」という映画って、あるじゃないですか。あるんですよ。で、そういう映画を「果敢にも」と言えばいいか「無謀にも」と言えばいいか、「10万円を超えるのがせいぜいかも」と思いながら、やった結果なんですよ。「あら、気がついたら20万届かなかった映画が50%もあったね」ということではなくて、「これぐらいになっても、20万円を超える別の映画でなんとか埋め合わせてやっていけないだろうか」という気持ちでやった、その結果なんです。そういう20万円以下の映画だからって「うちは商売にならないからやんないよ」って言うんじゃなくて、何とか留めていけないかなという思いでやった結果であるということは、申し添えておきたいと思います。  以上のようなことで、今進行しているデジタル化、およびそれを達成するためのVPFというスキームが、われわれ、とりわけ地方の単館系と呼ばれるような、そういう映画を掛けている映画館を非常に苦しめている。というか、このままデジタル化が達成されたら廃業でしょうね。2013年か14年には、日本の全ての映画館がデジタル化される、「完了する」となんとなく言われています。でも、それがどういうことを意味してるかと言うと、デジタル化しきれなかったところが廃業することによって、たしかに残っている映画館は全てデジタル化されている、だから完了している、というような形で進んでいくわけですね。われわれのような映画館が「10万いくかどうかだけど、頑張ってみるわ」というところをやっていかない限り、外国映画であれば輸入されない、日本映画であれば作られない。そういう映画がどれほど生まれるかということですね。そういう状況に現在あるのだということであります。 *PART2へ *PART3へ