映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

■映画館だより『死化粧師オロスコ』<br>全ては「作品」と対峙する事から始まる。

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気だるい音楽と共にカメラが街を進む。色褪せた風景。

作品はどこか夢の中のような雰囲気を漂わせて始まる。

しかし、それは一変する。

仕事場に運び込まれる遺体。オロスコは一気に腹を裂く。内蔵を引き出し水で洗う。

臓器を細かく切りホルマリンをよくまぶす。腹に戻すと布を詰めて形を整える。

畳針のような巨大な針と麻ひもで縫い合わせる。口にも布、鼻には綿を詰める。

体を拭く。服を着せる。1人で棺に納める。そして死化粧をする。

威風堂々たる風貌と身のこなし。

手際よく施されるエンバーミングの作業をカメラは克明に記録する。

彼は言う「俺が仕事を撮影させたのは、これが初めてだ。」

『死化粧師オロスコ』は世界で最も危険な国・コロンビアで、死体写真家・釣崎清隆氏がカメラをムーヴィーに持ち替え、フロイラン・オロスコという老エンバーマーの姿を3年間に渡って撮影したドキュメンタリーである。

作品にはもう一人、ウィハというエンバーマーが登場する。彼の超絶技巧でエンバーミングされた遺体は、恐ろしいほど美しかった。しかしオロスコとは何かが決定的に違う。それは髪をとかす細かな仕草一つにもあらわれている。遺体に最善を尽くす良心と贖罪の意識、2人の違いはそこから来ている気がする。

血と暴力の時代を生き抜き、それを清算するかのようにエンバーマーとして遺体を弔って来たオロスコ。その生きて来た歴史、街に生きる人々との関係性に、カメラはいま一つ踏み込んで行かない、いや踏み込ませなかったのか。

むしろその姿を寄り添うように見つめ続ける。

日常の繰り返しこそが歴史であり、今オロスコが存在していると言う事が全てなのだと。

この視線は、監督がオロスコに出会って感じた素直な驚き、喜び、戸惑い、迷いなのかも知れない。

そう思うとそれは、この作品に出会った私たちの姿に重なるのではないだろうか。

いつしか遺体そのものやエンバーミングという職業ではなく、オロスコという人間に引き込まれていく。

だが、突然のオロスコの死で幕は降りる。

彼は持病を手術しても休まなかった、悪化しても働き続けた、毎日祈り続けたかのように。

そして自身はエンバーミングを施されずに葬られた。墓もない。ただ繰り返しの中に、

静かに消えて行った。

カメラは様変わりした街をゆっくり進む。いや、何も変わっていない。

荒れ果てた街には、今もあらゆる「自由」が溢れかえっているだろう。

それは私たちの考える現実から遠く離れて、まるでおとぎ話のようだ。

表現の自由エンバーミングの重要性、死生観、死体論、哲学的思考、アートかグロか等々。それは次の段階の話で、それぞれが持ち帰り考え続ければいい。

text by 加瀬修一(編集部)

『死化粧師 オロスコ』

監督・撮影・編集:釣崎清隆

撮影協力:アルバロ・フェルナンデス・ボニージャ

編集協力:三枝進

1999-2005年/日本・コロンビア/92分

制作・配給:オロスコ製作委員会

制作協力:V&Rプランニング

宣伝:アップリンク

3月22日(土)~アップリンクィにて限定レイトショー公開

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/orozco/

公開に併せて写真展も開催されます。 

釣崎清隆写真展「CARNAGE SCENES」

日時:3月19日(水)~4月5日(土) 

火~金→19:00~2:00 

土日祝→15:00~2:00

月曜定休日、金・土はam5:00まで

会場:Soup 新宿上落合3-9-10 三笠ビルB1 TEL 03-6909-3000

詳細はこちら→http://www13.ocn.ne.jp/~turisaki/