気だるい音楽と共にカメラが街を進む。色褪せた風景。
作品はどこか夢の中のような雰囲気を漂わせて始まる。
しかし、それは一変する。
仕事場に運び込まれる遺体。オロスコは一気に腹を裂く。内蔵を引き出し水で洗う。
臓器を細かく切りホルマリンをよくまぶす。腹に戻すと布を詰めて形を整える。
畳針のような巨大な針と麻ひもで縫い合わせる。口にも布、鼻には綿を詰める。
体を拭く。服を着せる。1人で棺に納める。そして死化粧をする。
威風堂々たる風貌と身のこなし。
手際よく施されるエンバーミングの作業をカメラは克明に記録する。
彼は言う「俺が仕事を撮影させたのは、これが初めてだ。」
『死化粧師オロスコ』は世界で最も危険な国・コロンビアで、死体写真家・釣崎清隆氏がカメラをムーヴィーに持ち替え、フロイラン・オロスコという老エンバーマーの姿を3年間に渡って撮影したドキュメンタリーである。
作品にはもう一人、ウィハというエンバーマーが登場する。彼の超絶技巧でエンバーミングされた遺体は、恐ろしいほど美しかった。しかしオロスコとは何かが決定的に違う。それは髪をとかす細かな仕草一つにもあらわれている。遺体に最善を尽くす良心と贖罪の意識、2人の違いはそこから来ている気がする。
血と暴力の時代を生き抜き、それを清算するかのようにエンバーマーとして遺体を弔って来たオロスコ。その生きて来た歴史、街に生きる人々との関係性に、カメラはいま一つ踏み込んで行かない、いや踏み込ませなかったのか。
むしろその姿を寄り添うように見つめ続ける。
日常の繰り返しこそが歴史であり、今オロスコが存在していると言う事が全てなのだと。
この視線は、監督がオロスコに出会って感じた素直な驚き、喜び、戸惑い、迷いなのかも知れない。
そう思うとそれは、この作品に出会った私たちの姿に重なるのではないだろうか。
いつしか遺体そのものやエンバーミングという職業ではなく、オロスコという人間に引き込まれていく。
だが、突然のオロスコの死で幕は降りる。
彼は持病を手術しても休まなかった、悪化しても働き続けた、毎日祈り続けたかのように。
そして自身はエンバーミングを施されずに葬られた。墓もない。ただ繰り返しの中に、
静かに消えて行った。
カメラは様変わりした街をゆっくり進む。いや、何も変わっていない。
荒れ果てた街には、今もあらゆる「自由」が溢れかえっているだろう。
それは私たちの考える現実から遠く離れて、まるでおとぎ話のようだ。
表現の自由、エンバーミングの重要性、死生観、死体論、哲学的思考、アートかグロか等々。それは次の段階の話で、それぞれが持ち帰り考え続ければいい。
text by 加瀬修一(編集部)
『死化粧師 オロスコ』
監督・撮影・編集:釣崎清隆
撮影協力:アルバロ・フェルナンデス・ボニージャ
編集協力:三枝進
1999-2005年/日本・コロンビア/92分
制作・配給:オロスコ製作委員会
制作協力:V&Rプランニング
宣伝:アップリンク
3月22日(土)~アップリンクィにて限定レイトショー公開
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/orozco/
公開に併せて写真展も開催されます。
釣崎清隆写真展「CARNAGE SCENES」
日時:3月19日(水)~4月5日(土)
火~金→19:00~2:00
土日祝→15:00~2:00
月曜定休日、金・土はam5:00まで
会場:Soup 新宿上落合3-9-10 三笠ビルB1 TEL 03-6909-3000