『かつて、ノルマンディーで』は敬愛すべきドキュメンタリー映画作家、ニコラ・フィリベール監督の4年ぶりの最新作です。
30年前に助監督として彼が参加しキャスティングなどを担当した、ルネ・アリオ監督の『私、ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺害した』という映画の当時のロケ地をフィリベール自ら再訪し、映画に出演した地元の住民たちと再会してインタビューしていく様子が主に捉えられています。
(C) Les Films d'Ici-Mai¨a Films-ARTE France Cine´ma-France 2006
冒頭、豚の幸福な出産場面の少々生々しい映像から始まり、監督自らナレーションを担当して映画は進行してきます。
『私、ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺害した』という映画は、19世紀に起こった農家の青年の家族殺害事件を題材にしたもので、ミシェル・フーコーの研究書に基づいて製作されました。
そこで描かれた題材は家族殺しという陰惨で暗いものなのですが、インタビューでの住民たちは誰もがただ懐かしいお祭りの愉しき日々を振り返るように話していきます。
確かにこれが住民達の今の感慨なのでしょうが、それを単調に見せていって何が描きたいのか……と思わせるところがあります。
またこの昔話はフィリベールにとっても第三者的な話ではないので、どこか彼も一緒になって懐かしんでいる感じもして、少々ドキュメンタリー映画作家としての客観性が失われているシーンなようにも見えました。
たとえば長崎俊一の新版『闇打つ心臓』は、擬似ドキュメンタリーながら、かって長崎が撮った同タイトルの子殺しをめぐる自主映画の、その主題や内容に対して、出演者と製作者が時を経て今想うことを重ねていき、かつての映画の内容自体と真摯に向き合い、考察し続ける痛々しいものになっていましたが、ここにはそういうものがほとんど語られていないように見えます。
そこがちょっと腑に落ちないところでした。
しかし主人公の殺人者・ピエールを演じた男の姿がこの住民の中に無い事が、この映画のクライマックスへの橋渡しとなっていきます。
この男の消息に関しては死亡説なども出ていて、後半は男の消息をめぐるドキュメンタリーのようになりますが、いよいよ男が登場する辺りから、やっとかつて描かれた陰惨な映画の中身とその出演者との密接な関係について少し語られるようになります。
ただこの男は、かつての映画に対する意義深い答えを、その後の人生において導き出してはいるものの、それが正直優等生的すぎるものに見えないでもなかったです。
本当に『私、ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺害した』という映画が、男の登場とその人生によってこれで総括されたことになるのか……。
いや、総括などしているわけではなく、ドキュメンタリーとして真摯な距離を取るあまりこうなったにせよ、過去の陰惨な事件を扱った映画に対して、これで現代からの生々しい答えを出したことになるのか……という疑問はどうしても残りました。
勿論フィリベールは懐かし再会旅行を映画化しているわけではないだろうし、クライマックスにピエールを演じた男の挿話を持ってきた構成にも十分意義を感じるし、冒頭で幸福に生まれた子豚の食物連鎖的なその後の運命を生々しく捉えてもいます。
しかしかつての映画の陰惨な部分にあまり触れていない、綺麗でスマートすぎる回想による優等生的なまとめ方にも見えました。
本当にピエールはこれで語られたことになるのか、見つめ直されたことになるのか……演じた男にしてももっと深い、薄暗い葛藤がその人生にあったのではないか……。
傑作『音のない世界』など、個人的に好きな作品も多いニコラ・フィリベール監督作ながら、少々懐疑的にならざるを得ないところもある映画でした。
text by 大口和久(批評家・映画作家)
監督:ニコラ・フィリベール
撮影:カテル・ジアン
音楽:フィリップ・エルサン
出演:ジョゼフ&マリ=ルイーズ・ルポルティエ ニコル・ピカール ジベール&ブランディーヌ・ペシェ 他
2007年/113分/35mm
銀座テアトルシネマにて公開中、~2/29(土)まで。
また、同監督の日本初公開の傑作『動物、動物たち』も同じく2/29までモーニング上映中
『動物、動物たち』
(C)1994 Les Films d'Ici, France 2, Museum National d'Histoire Naturelle Paris, Mission Interministerielle des Grands Travaux pour les films