映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

試写室だより『ライブテープ』 <br>吉祥寺にドキュメンタリー撮影を見た <br>若木康輔(ライター)

 桃色の着物姿の、まるでお人形のように可愛らしい女性が神社でお参りしている。行列が出来ているところを見ると初詣らしい。映画は、ここから始まる。  サングラスをかけた男が出ずっぱりで歌い通す、と評判が耳に入った上で見たから意外な幕開けだったが、綺麗な女性だから全く構わない。女性は神社を出て、ギターを抱えて立っているグラサン男とすれ違う。その途端、男がノッソリ歌いながら歩き出し、カメラも女性を忘れてこっちを撮り始めた。あ、ここからカレシの出番なのね。内心がっかりしたが、通行人の多い歩道での弾きがたりウォークをどれ位の押し具合で進めればよいものか、男が探り探り歌っているようすが新鮮で、すぐに女性の退場をあきらめることができた。すれ違いから始まるバトンタッチの趣向が、女性によって神社から運ばれた何かが男に憑依したように見えるのが面白かった。 c_main.jpg  男はずっと街を歩きながら歌う。だんだんそこは吉祥寺だと分かる。監督らしき青年が「マエノさん」と時折声をかけるから、男の名はマエノのようだ。それに、常に付いて離れないカメラ。ずいぶんな長回しを続けているのが技術音痴の僕にでも分かって来て、オッとなる。……カットを割らない一発勝負ドキュメントだと大きく謳った松江哲明監督話題の最新作をつかまえて、ひどくしらばっくれた言い方をしているが、仕方ないのである。「74分1カット」はあくまで紙に書いてある数字情報。その通りかどうかなんて、本来は映画を最後まで見ないことには(スタッフ以外は)誰も分からない。映画評を書いていると、そこらへんをよくはき違えそうになる。  要するに僕は途中から、こちらも事前情報は忘れて一発勝負の気持ちで見よう、そうしないとなんか画面に対して悪い……という気になったのだ。それぐらいワンシーンワンカットを全うしようとする、マエノさんとスタッフの緊張感が伝わる。緊張を意識し過ぎて撮影ストップにならないようにしている、気の配りようまで含めてだ。 c_sub4.jpg  ただ、丸ごと収録の狙いが、街角で音楽仲間がスタンバイしている演出などから明らかになってくるほどに、映画は緊張と同程度の退屈も呼び込むのだった。少なくとも僕はマエノさんの一挙手一投足に目を凝らし、ベストのパフォーマンスとはどうしても思えない(なにせやりづらいなかでの挑戦だ)演奏を聴くことについては途中で飽きた。批判しているつもりはない。どんなジャンルにせよ、ライヴの場には必ず弛緩した時間が混ざり込む。一頃あるクラブのシーズンチケットを買うほどJリーグ観戦に入れ込んだが、スタジアムでは存外ボンヤリしている時間が多かった。プレーを見ながら瞑想にふけるコツを掴めば、0-0のまま終わる凡戦になろうがそれなりに満足して帰れるものだ。この映画はそんなスコアレス・ドロー、アイデア倒れに終わる危険を冒し、実際結構な部分はそうなってしまった結果によって、ライヴ(実存の営み)の場で生起する緊張と弛緩の狭間のたゆたいを表現し得ている。飽きてからが音楽映画とは別の価値が生まれて面白いヨなんて、他ではなかなか言えないことだ。  それに、飽きると、つまりマエノさんの姿や歌に前半より注意しなくなると、まわりの風景がどんどん鮮やかに浮かび上がってくる。撮影に遠慮して避けてくれたり待ってくれたり、或いはカメラに気付かないためマエノさんの前にガッチリ自転車を停めたりする人たちの姿がチャーミングだ。お正月の街のすごく静かでなおかつソワソワした、暦によって日常がいったんリセットされてまた始まる雰囲気をこの映画はよく掴んでいるなあと感心する。実際にお正月に撮影しているんだから当たり前なようだが、誰でもカメラを回せば撮れるというものでもない。やはり、撮影そのものがワンシーンワンカットのライヴを実践することで取り込み、表現し得たものだろう。冒頭の桃色の女性は〈ハレ(非日常)〉の象徴で、バトンタッチしたマエノさんがカメラとともに街を歩きながら〈ケ(日常)〉の場へと戻っていく。この撮影にはそういう意味合いが宿っているのだと僕には読めた。 c_sub3.jpg  無事に撮影が済んだぶん宣伝にあるような奇跡も起きなかったとは思うけれど(それは、それだけ現場のスタッフが頑張ったのだ)、奇跡なんかアテにしないところから日々の暮らしは始まるわけですからネ、まあ今年もなにぶん……そんな風情でフィナーレを迎え、静かにカメラがマエノさんと別れるあたりが良い。自分自身のゆく年くる年を考えさせてくれる。  編集と演出でどうとでも面白くできるし、できてしまう才人が、故にテクニックを一度だけ禁じ手にし、「それでもドキュメンタリーは嘘をつく」よりないのかどうか自問自答した記録。そのセンでもっと語りたい気もするが、本作を踏まえた作家論はファンにお任せする。まずは、本邦でも珍しい〈ドキュメンタリーによるお正月映画〉を見た。それが嬉しい。 『ライブテープ』 監督:松江哲明 唄 演奏:前野健太  撮影:近藤龍人  録音:山本タカアキ 参拝出演:長澤つぐみ 演奏:~DAVID BOWIEたち~ 吉田悠樹二胡) 大久保日向(ベース) POP鈴木(ドラムス) あだち麗三郎(サックス)  制作:Tip Top  配給・宣伝:SPOTTED PRODUCTIONS  宣伝協力:菫青石映画株式会社 2009/日本/ mini-DV/74分 吉祥寺バウスシアターにて12月26日(土)よりレイトショー公開 公式サイト http://spopro.net/livetape/