映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

試写室だより『ライブテープ』 <br>それぞれの「ライブテープ」は回っている。 <br>加瀬修一(ライター)

 松江哲明監督の最新作『ライブテープ』は、2009年1月1日に吉祥寺の八幡神社から井の頭公園まで、ミュージシャン・前野健太が歌い歩く姿を、miniDVで収録できる時間ギリギリ(80分)まで1カットで撮影した異色の映画だ。なぜ一見何の工夫も無いかのような映画にこんなにも感動するのだろうか。その日3度目の『ライブテープ』を観に吉祥寺に向かった。かつて武蔵野市に10年以上住んでいた。喫茶店、古本屋、映画館、大きさがしっくりくる居心地が良い街。井の頭公園は彼女と行ったよりも、金のない友達と語り明かした思い出の方が多い。そんな吉祥寺での試写会場は、映画にも出てくる武蔵野公会堂だった。上映にはまだ時間があったので、映画と同じコースを歩いてみる。さすがに八幡神社には誰もいなかったが、街に出ると平日の昼間でも人の出は多い。撮影から1年も経っていないのに、店の構えや家屋の壁がもう変わっていた。街は生き物だと改めて感じる。井の頭公園でパンを頬張りながら辺りを見ると、子供が楽しそうに走り回り、お母さんがその後を慌てて追いかける。その様子を散歩中のおばあちゃんが微笑みながら見つめていた。 c_main.jpg  試写会場に行く。入口の「吉祥寺映画研究会」の看板にちょっと笑う。会場はまんま視聴覚室で、長机が並び、小さなプロジェクターがちょこんと乗っていた。聞けば再生用のパソコンもスピーカーも監督が自宅から持って来たそうだ。十分に外光を遮断出来ず、外の音もまる聞こえだった。そんな環境で上映が始まる。映像も音も基本的な情報量しかない。でもそんな事はすぐ気にならなくなった。普段はテロップの使用に細かな神経を張り巡らせている松江監督が、この映画では曲名以外にテロップは出さない。前野さんが「18才の夏」をいきなり歌い出す。「豆腐」「こころに脂肪がついちゃった」次々に歌う様子に、初めて見た時は面食らった。バウスシアターの前に座り込み「100年後」を歌う姿に、『童貞。をプロデュース』のインターミッションで「穴奴隷」を歌った銀杏BOYSの峯田さんの姿が重なる。この感じがずっと続くのかと多少不安になった。まだ作品の顔が十分見えてこなかった。「今何%ですか?」監督が前野さんに声を掛ける。「82%くらいです」との答えに、「120%で」「出ます?」と刺激する。「大丈夫です」と戸惑い、ヤケクソ気味になりながらも試みる前野さん。すかさず「もっとカッコ悪く」とリクエストする監督。この声をかけるタイミングが絶妙で、観客に嫌味な印象を与えない。監督と前野さんに信頼関係があるからだろう。説明されなくてもやり取りの空気からそれが伝わる。さらに「サングラスをとりましょうよ」とけしかけ、前野さんが、思わぬリアクションで返す。『ライブテープ』という作品の顔が見えてきた。いや見えてきたどころか思いもよらない顔を見せ始める。 c_sub1.jpg  素顔の前野さんがハモニカ横町に入ると、二胡吉田悠樹さんがスタンバっている。そこで演奏された「ロマンスカー」「友達じゃがまんできない」。まるで台湾や韓国の路地。いや、観客それぞれの記憶の中にある路地に変貌している。一気に作品の世界が広がる。前野さんの声がどんどん熱をおびてくる。カメラが自由自在にテンションを写しとる。俄然映画が加速する。南口に移動して、サックスのあだち麗三郎さんと「ダンス」。監督が大通りを渡った前野さんに向かって叫ぶ。「そこでSad song!」涙が出た。なんでだろう。叫んだ方と叫ばれた方が同じ人物に感じた。そして自分自身をも重ねた。その場に居合わせたような不思議な感覚。「青い部屋」は今まさに、この作品を観ているすぐそこで歌われた。映画と現実が限りなく近づいた一瞬。そして画面の外に存在を感じさせていた監督が画面に入ってくる。壁の前に立ち止まって、「天気予報」という歌を作るきっかけを前野さんに聞き始めるのだ。ここでカメラは前野さんに寄らない。2人をしっかりと画の中におさめている。『ライブテープ』がセルフドキュメントの顔をのぞかせた。説明的な事は語られない。あくまでも「天気予報」という歌の成り立ちの中に、監督の思いを透かし見る事ができる。音楽でしか出来ないことを、映画でしか出来ないことで表現する。クライマックスの「天気予報」の大音量は、鼓動のリズムを促すように、強く激しく鳴り響く。そして映画はその先を限りなく美しい形で見せてくれる。 c_sub2.jpg  なぜ一見何の工夫も無いかのような映画にこんなにも感動するのだろうか。  実は16曲で大きな1曲、1つの物語になるように構成されている。観ている人間の記憶を刺激し、今を体感させるのだ。その為に歌詞を読み解き、曲順が考え抜かれている。さらに『ライブテープ』は圧倒的に生を肯定している。悲しくて、カッコ悪くて、それでもやっぱり人が生きて行くことは素晴らしいと。松江監督は、『ライブテープ』はカメラマンの近藤龍人、録音の山本タカアキのおかげで成功したという。僕は何にもしていないと。本当にそうだろうか。言い方は変かも知れないが、何もしないということをやっているのではないだろうか。いままでの松江監督は、体得してきたモノを駆使して、全て自分自身でやってきた。もちろんそれは決して悪い事ではない。ただ、自分では手に負えない現実(または運命)、祖母、父、友人の死に直面した時、一度全部を投げ捨てて、仲間を、映画を、信じ切ったのではないだろうか。その覚悟が清々しくも、力強く迫ってくるからこそ、『ライブテープ』は何度見ても心が揺さぶられるのだ。  そして何より忘れてはいけないのが、前野健太というミュージシャンの魅力だろう。ちょっと線が細い印象があったけど、どっこいロックで、でもやっぱり繊細で、度ストレートな歌詞がスッと入ってくる。『ライブテープ』を観たら、絶対CDを聴きたくなる。そして口ずさみたくなる。  話は少々逸れるが、今回の吉祥寺試写は、吉祥寺の人達と一緒に映画を盛り上げたいという宣伝方針から企画されたという。確かに商店街の方々や、吉祥寺在住の方が訪れていて、アットホームな雰囲気があった。映写環境で色々な印象を受けるのはまさにライブのようだけど、映画の根っこにある、今自分がいる状況の中で、何を大切にし、それを信じ、覚悟して生きて行くのかということは全然ブレない。それは確実に観た人に伝わったのではないだろうか。こういう活動は興行的なことだけでなく、地域振興、文化貢献の見地からも意義があるはずだ。今回の『ライブテープ』がモデルケースとなって、色々な地区で広がって行ったら面白いと思う。ただ、先に行かれているなと悔しくもあった。負けられないなぁなんて思ったりして。  帰り道、自転車に跨ると自然に鼻唄が出た。2009年1月1日、自分は何をしていたかと思い返す。そうだ、1人増えた家族と3人で、近所の神社にお参りに行ったっけ。そして小さな声で呟いた、「生きて行かなきゃね」。きっとあなたもそう呟くはずだ。 『ライブテープ』 監督:松江哲明 唄 演奏:前野健太  撮影:近藤龍人  録音:山本タカアキ 参拝出演:長澤つぐみ 演奏:~DAVID BOWIEたち~ 吉田悠樹二胡) 大久保日向(ベース) POP鈴木(ドラムス) あだち麗三郎(サックス)  制作:Tip Top  配給・宣伝:SPOTTED PRODUCTIONS  宣伝協力:菫青石映画株式会社 2009/日本/ mini-DV/74分 吉祥寺バウスシアターにて12月26日(土)よりレイトショー公開 公式サイト http://spopro.net/livetape/