映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

『ノワイエ』吉行由実監督インタビュー

意欲作『ノワイエ』(公開タイトル『不倫中毒 官能のまどろみ』)を発表した吉行由実監督に話を聞いた。今までの吉行作品とは違った、艶かしさやエロさの追求などの新境地がうかがえる作品だ。

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──女性編集者がスランプに陥った憧れの作家に出会い、性を追及してゆく話で、今までの吉行監督作品のファンタジックさやロマンティック・コメディとは違った官能的な作品ですね。

監督10年目ですし、会社(オーピー映画)側から“もっとエロい作品を撮るように”とは言われていたんです(笑)。青春っぽいラブストーリーにセックスシーンが含まれてるようなものではなく、ストーリー自体にエロスが漂うようなものが良いということで。今までの私の作品はセックスするカップルが両方とも若い場合が多いので、しっくり行き過ぎるというか、きれいにまとまってしまうらしいんです。もちろんそれは私の狙いで、きれいな男女のセックスをロマンチックに描きたかった。でもピンクの主な観客は中高年以上。なので敢えて若い女優を中年男とカップリングすることで、より感情移入してもらおうということになりました。私の作品でおじさんが主人公なのは初めてです。個人的には若い男優を撮る方が好きですから(笑)。

──薫桜子さんが主役の女性を演じています。

林由美香の遺作になった『ミスピーチ』で彼女のライバル役でデビューしたのが薫さん。体当たりのコメディ演技が面白かったので、その後の2本もコミカルな役をやってもらいました。でもコメディってエロ度がどうしても下がっちゃうんですね。もうドタバタしないでしっとりした女性を演じさせるようにと、これも会社からのミッションです(笑)。で、今回の役は頭デッカチの文芸系編集者。文学への理解力は深いのに性に関する表現になると経験不足でいまいち捉えきれない。憧れの作家に出会い、その作品への理解を深めるつもりで性的快楽に嵌ってゆく。その変化を、とても表情豊かに演じてくれましたね。ピンクの場合、衣装が本人の自前が多いんですが、うちの組は私が個人的に持っている衣装などもよく使います。いろいろ試着してもらってスタイリストさんの真似事みたいなことを自分でやっちゃうんですけど、結構楽しいです。今回はメガネのあまり垢抜けない女の子から始まり、快楽を覚えるにしたがってボディラインを際立たせるような大人っぽい雰囲気にしてみました。

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『ノワイエ』

──作家役は、なかみつせいじさんですね。

昔、女優としてもたくさん共演していますし、とても信頼している先輩です。作家の役って妙に重々しく描かれるのが多いですけど、この役は10年間書けないでいるのに、苦悩がない。もちろんかつては苦しんだけど、自分の担当編集者だった妻が稼いでくるから適当に家事をやって趣味にいそしんでるという生活をそれなりに楽しんでいるふつうのおじさんです。出会ったばかりのヒロインが思わず“どうして書かないんですか?”と失礼な質問をしても“書きたいことがないから”とあっけらかんと答える。あの場面がその作家がどう生きてるか一番見える部分なんです。演技を見て、さすが!と思いました。ストーリーはヒロインの感情に添って進みますが、色合いというか作品の香りのようなものは作家のキャラに左右されますから。なかみつさんのおかげでダサ~いオヤジ映画にならないで済みました(笑)。

──その妻役を吉行監督ご自身が演じてるんですよね。

無謀にも薫桜子のライバル役!(笑)。90年代に100本もピンクに出たので、会社としては“飽きちゃった”ってことらしいです。しばらく出演禁止だったんですが、たまたまお許しが出たので。夫を作家として再生させられなかった負い目をよそに、部下であるヒロインは女としても編集者としても夫に必要とされてゆく。そこでぐちゃぐちゃな修羅場に向かっていく映画は多分たくさんあるので、私はこの三人が共存していく話にしました。私の役は結果的にはヒロインに負けるけど、可愛そうってわけじゃないんです。

──夫とその愛人であるヒロインとの情事に参加しちゃうんですからね。

二人のセックスに参加することで一気に非日常な世界に没入できるわけ。男女関係の揉めごとって“自分だけが損してる”って思う人がいるから起きると思うんです。たとえ三角関係でもそれぞれが満たされればわりと収まったりするんだから。この三人の関係性には私の願望をかなり投影していますね。

──えっ?それってまさか……。

いえいえ、べつに3Pしたいってことじゃなくて(笑)、私もひとりの作り手として生きているうちはなるべく欲望に忠実にいられたらいいなと。ギラギラした刺激とか欲望に支えられて創作活動してる気がします。商業作品ばかりなので、好き勝手はしませんが、仕事の要求に応じる中で、自分の欲求を満たす部分をみつけてテンションを上げていくかんじです。

──ピンク映画はもっと自由なのかと思ってましたがそうでもないんですか?

そう思われがちですが、それはごく一部の人たちですね。地道に娯楽性のあるピンク映画をつくっている人たちはあまり表に出てこないから知られてないんです。ピンク映画は決して自主映画じゃないですからね。サービス精神がないとクビになりますよ。特に私が撮らせてもらってるオーピー映画は老舗だし直営館もたくさんあるので、お客さんが暗い気持ちになる話は禁止。殺人とか絶対ダメです。まあ、一般作の制約に比べたら全然軽いですけど。去年の夏にはじめてテレビの連続ドラマを11本撮ったんですけど、これが中学生アイドルが主演で、彼女にバナナを食べさせるシーンを撮ろうとしたら、意図が読まれたらしく事務所NGになりました。で、代わりに縦笛演奏にしたらOKもらって(笑)。驚いたのが顔に水かかかるショットもNGだそうです。本人は理由わかってるのかな?ってかんじですけど、なんか女優ってどんなジャンルに出ても結局はエロ商品的な価値観で見られるんですかね~。そういう意味ではエロを求めてピンク映画を観る人は潔いんじゃないかと(笑)。

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『ノワイエ』

──劇中小説の「溺れそうな僕の小島」が何度かナレーションで読まれますが、あの内容はどういうコンセプトですか?

自分で書いていて煮詰まったので脚本家で監督の樫原(辰郎)さんに協力してもらいました。彼は読書家だし、こっそり小説とか書いてそうな気がしたので(笑)。ヒロインが文学少女で、学校帰りに木陰でうっとりしながら読める小説をかつて作家は書いていた。小説の中の「僕」はヒロインの中で作家と重なって憧れに繋がってゆくんです。だからモテ系の小説書いてねって。ヒロインや作家のキャラを伝えるためのアイテムとして楽しんでもらえればいいです。

──撮影は全編手持ちですか?

そういう雰囲気は狙ってたのですが、撮影の清水さんのアイディアでカメラと三脚の間に小さいボールを挟んで緩やかな揺れを出してもらいました。虚構と生々しさの境目がないようなかんじにしたくて。

──いつもよりエロい作品を撮るように心掛けたとのことですが、絡みにそのことが感じられました。登場人物の気持ちも伝わってくるエロさが良かったです。

ヒロインの部屋に作家が押しかけて蕎麦打ちするのを見ながら、もやもやしてしまったヒロインが数時間後には同じテーブルに押し倒されてしまう。ベッドじゃなくテーブルでからむようにしてヒロインの羞恥心を盛り立てる表現にしました。作家も普段妻とは途中で萎えてしまうのに、その日は久しぶりに元気になって……という設定はその年代の方にはリアルだと言われましたね。そんなわけで中高年に方にもとても楽しめる作品ですので、是非多くの方に観てもらいたい作品です。

──今後公開予定の作品は?

同じオーピー映画でゲイポルノの新作『恋心の風景~キャンプでLOVE~』が年末からお正月に公開されます。このジャンルは5作目ですが、初めて地方ロケしました。キャンプ場を舞台にした青春ラブコメで見所は大自然の中でのセックスシーン。今年の夏に海辺でビーチバレーのドラマを撮ったときにとても清々しい気分で撮影できたので、またアウトドア系を撮りたかったんです。

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『恋心の風景~キャンプでLOVE~』

──中野貴雄さん脚本の『ビーチバレー刑事』ですね?

女刑事がビーチバレーチームに潜入捜査して試合しながら犯人を追う。ヒロインの中村果生莉ちゃんが実際に新体操の選手だったので、それを生かした魔球で戦います。中野さんは脚本、編集、出演。私も監督、出演。低予算ですがスタッフ・キャストもピンクで一緒の方たちに協力してもらい、面白い作品になりました。薫桜子さんも、ヒロインの敵役で出ていて、彼女の決め技は巨乳で球を打つぷるるんアタック。本来のルールはこの際目をつぶってってことで(笑)。来年は続編をやります。

(取材・構成:わたなべりんたろう

【公開情報】

『不倫中毒 官能のまどろみ』

静岡小劇場 11/23-29 *薫桜子&吉行由実による舞台挨拶あり(24日)

拝島映画劇場 11/28-12/4

『恋心の風景~キャンプでLOVE~」

上野世界傑作劇場 12/22-1/25