映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

山本政志監督最新作『水の声を聞く』レビュー

文:村松健太郎 序章-プロローグであって序章-プロローグではない  シネマ☆インパクト第3弾について最初に書かせていただいたのが昨年3月のことになるので、シネマ☆インパクトと山本政志監督との濃いお付き合いもかれこれ1年半になる。  シネマ☆インパクト第3弾と言えばやはり、昨年、超低予算ながらも高いクオリティが話題となり、後に単独公開されヒットし大いに話題をさらった大根仁監督による突然変異的作品『恋の渦』の存在があまりにも大きい。今作『水の声を聞く』はその勢いと収益をそのまま引き継いでいて、ある意味コインの裏表のような作品だ。  また監督からお叱りを受けそうだが、誤解を恐れずに言えば、シネマ☆インパクト第3弾のラインナップ内の一作として上映された『水の声を聞く-プロローグ-』はプロローグですらなかった。長編作として再び現われた『水の声を聞く』はそう思わせるまでにジャンプアップしていた。ここまできれいに跳ねられるとは思ってもいなかった。さすがは突然変異種と表裏一体なだけはある。  また今作は山本政志としては『聴かれた女』以来約8年ぶりの長編復帰である。近年はシネマ☆インパクトもあってか、プロデューサー業が主だった活動となっていて、監督をしても短編が続いていた中で、本人もフラストレーションも溜まっていたのだろう、鬱憤を晴らすように129分の大作に仕上げてきた。『プロローグ』が約30分だったのだから、そこから100分追加されたことになる。代わりに大森立嗣監督の『ぼっちゃん』『さよなら渓谷』と話題作が続く村岡伸一郎がプロデューサーに登板している。
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特筆すべきはストーリーが展開していく確たる説得力  新大久保コリアンタウンで占いコーナーから始まった宗教的なサークルが次第に巨大化していき様々な人間の思惑が絡み始める。友人の美奈に頼まれ軽い小遣い稼ぎのつもりで巫女=教祖役を引き受けたヒロイン・ミンジョン(様々な文化的背景を持つ女優玄里が熱演)は自分のもとに多くの人が救いを求めてくる重圧に耐え難くなってくる。  前半部分のこの擬似宗教的サークルが大きくなっていく流れの中で広告代理店の男(村上淳が軽快に演じている)が登場するのもユニークだ。純粋な救済を求めながら、その一方で組織を大きくしていく上でいくつもの人間の欲望が見え隠れする。この現代の宗教団体が抱える矛盾する要素をコンパクトに並立させて描くのが難しいところだろうが、この広告代理店の男が一人登場することでさらりと宗教のビジネス的側面を描いてみせた。  これに、多額の借金を抱え、教団に逃げ込むミンジョンの父親とそれを執拗に追うヤクザのストーリーが絡んでくる。  映画の後半部分で大きな説得力を発揮するのが済州島四・三事件(1948年4月3日に済州島でおこった朝鮮半島分裂に反対する島民の蜂起に対して韓国軍と警察が、朝鮮戦争終結までの期間に引き起こした一連の島民虐殺事件)。ヒロインを済州島の巫女(シンバン)の血を受け継ぐ者に設定したところから、リサーチの中で大阪の在日コリアンの中に済州島出身者が多いこと、それは四・三事件から逃げ延びてきた人々が多いということを知った山本監督は、“この歴史的な事件を物語に組み込まないわけにはいかない”と考えてヒロインの覚醒の大きな鍵とした。近年は韓国で映画化(『チスル』監督オ・ミョル、2013年製作)もされたが、歴史的タブーとして長年黙殺されてきたこの歴史的事実の存在はヒロインならずとも大きな衝撃を受ける。済州島にルーツを持つヒロインならば人生観を大きく揺さぶられ、生き方・考え方全てが大きく変わっていくのは必然的な流れであろう。監督としてはよもや自分の作品にここまで社会的な要素を持ち込むことになるとは思っていなかったようだが、物語をクライマックスへと強烈に牽引してく。また、サイドストーリーと思われていた父親と借金取りのパートがこのクライマックスに結合して、意外な作用を見せる。  “山本政志印”とも言うべき、ダークサイドの住人やリアルで唐突な暴力描写、ゲリラ的に敢行されたロケなどは作品のそこかしこで健在だ。しかし、それよりもストーリーがまず見た人間の心を捉える。こう書くとまるでそれまでの山本監督作品にストーリーがなかったような言い方になってしまうが、やはりこれまでの山本監督作品は強烈な個性を持ったキャラクターとドキュメントタッチの映像がまず目に飛び込んできていた。ところが、今作は相変わらず、一癖も二癖もあるような人物しか出てこない上に、新大久保のコリアンタウンや美術が冴える宗教施設、果ては韓国・済州島という印象に残る舞台の数々が登場するにもかかわらず、それらを一歩も二歩も後ろに引かせてストーリーが前面に現れる。  久々に解禁された監督のライフワークとも言うべき“森と水”というモチーフもストーリーの中に綺麗に編み込まれ、文字通り自然に“そこ”に存在している。
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物語を生み出した玄里、物語を紡ぐ脇役  キャストで言えばやはり主演の玄里(=ヒョンリ)の、特に後半部分の自身の行うべき救済に覚醒してからの存在感は圧倒的。監督が玄里ありきで書き起こしただけあって、ヒロイン・ミンジョンというキャラクターとのシンクロ率は高く、当たり役といってもいいだろう。教団(=真教・神の水)の運営役に回る美奈役の趣里は実利を求めつつも、実利に走りすぎる流れに戸惑いも感じる微妙な立ち位置のキャラクターを丁寧に演じている。  『プロローグ』の部分では登場しない広告代理店の男役の村上淳の悪役にはならない軽薄さはさすがである。以前のトークショー山本政志の長編復帰を喜んでいた村上が満を持しての登板といったところだろう。  シネマ☆インパクトからの参加組で言えば、最初は日陰の存在でありながらもラストに向かってドンドン妖しい存在感を出す中村夏子は今後も覚えておきたい存在だ。  大人を翻弄する少年を演じた萩原利久、教団に救われたことで人生の歯車を狂わせてしまう青年を演じた松崎颯も印象に残る。俳優としての山本政志が登場しないのは少し寂しい気もする。その代わりに、山本組の常連となりつつある小田敬が登場して、凛々しい玄里と美しい森に強烈な毒を放ってくれる。
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ライフワークと新境地  山本監督自身常に頭の中にあり、時に真正面から向き合い、時には極端に避けてきたテーマである“森と水”。今作は完成した長編ということで言えば87年の『ロビンソンの庭』以来の四半世紀ぶりにこのテーマに挑んだということになる。森は森、水(滝)は水で別の場所で撮影を行うというこだわりようだが、今回はこの熱意が強い物語によって補完され、作中でテーマが浮いてしまうことはなく、それでいて変に小さくまとまっているようなこともなく、少し大げさな表現を使えば、山本政志の新境地といってもいいだろう。シネマ☆インパクトのブランドマークが付いてはいるものの、この作品はその枠には収まりきらないものになった。突然変異種『恋の渦』はまだ荒さが目に付きワークショップの残像が見え隠れしたが、こちらは完成度が違う。   “森と水”というテーマと映画のストーリーのここまで密度の高い融合を見せられると、山本監督の未完の大作『熊楠・KUMAGUSU』の再始動まで期待してしまうのだが、それは欲張りだろうか? 『水の声を聞く』 監督・脚本:山本政志 プロデューサー:村岡伸一郎 ラインプロデューサー:吉川正文 撮影:高木風太 照明:秋山恵二郎 美術:須坂文昭 録音:上條慎太郎 編集:山下健治 音楽 :Dr.Tommy 出演:玄里 趣里 村上 淳 鎌滝秋浩 中村夏子 萩原利久 松崎 颯 薬袋いづみ 小田 敬 2014年/129分 製作:CINEMA☆IMPACT 公式HP:http://www.mizunokoe.asia/ 8月30日(土)〜9月23日(火)オーディトリウム渋谷にてロードショー http://a-shibuya.jp 村松健太郎】ムラマツ・ケンタロウ 脳梗塞との格闘も7年目に入った映画文筆屋。横浜出身。02年ニューシネマワークショップ(NCW)にて映画ビジネスを学び、02年よりチネチッタに入社し翌春より06年まで番組編成部門のアシスタント。07年初頭から11年までにTOHOシネマズに勤務。12年日本アカデミー協会民間会員・第4回沖縄国際映画祭民間審査員。現在NCW配給部にて同制作部作品の配給・宣伝、イベント運営に携わる一方で批評・レポート等を執筆。