映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

■試写室だより『リトル・チルドレン』<br><永遠の少年・少女の輝き>の苦悶と暗黒

リトル・チルドレン』は世間では、見方によっては良い事やその人の若さの秘密とか魅力と言われたりもする「大人の中にある少年・少女の輝き」ってものにメスを入れている映画でしょう。

 どんな大人の中にもある幼児性や子供っぽさが引き起こすさまざまな問題を描いた映画……なんて言い方をすると<永遠の少年・少女の魅力>ってものとは別問題と思われがちでしょうが、しかしこれは表裏一体です。

 かってダン・カイリーという人が「ピンターパン・シンドローム」という本を書いて一時期日本でも随分話題になりましたが、あの本の中でもそれまでネバーランドに住むピーターパンの光の部分ばかりが語られてきたのに対して、ピーターパンの暗黒面をかなり分析していました。

 

 しかしそういう受難をピーターパンが受ける時代も過ぎて「大人っつたってみんなガキみたいなとこがあってもしょーがないんじゃないの」みたいな開き直りがまた正当化され始めたような時代に、この役者でありJAZZミュージシャンであり映画監督であるトッド・フイールドはそこにこそメスを入れているようです。

 しかしメスを入れていると言っても、上から目線で偉そうにメスを入れている手つきではないのです。

 明らかに「俺だって、誰だってあんただってそういうとこあるだろ」という観客や登場人物と同じスタンスから描いているようなところが感じられます。

 だからこの映画はケイト・ウインスレッド以下主要登場人物がどれだけ澄ました顔して幸せそうに生活してても、みんな子供っぽい顔をどこかで晒しています。

 ケイトの旦那はエリートみたいですが、ネットのエロサイトにはまってる時の姿は思春期のガキそのもので笑わせますし、ケイトと浮気することになるパトリック・ウイルソンとの性交シーンもかなり露骨な描写ですが、しかしそのシーンにすら扇情的なエロティックさと同時にどこか子供がじゃれ合っているような稚気すらもが描かれているようです。

 こうした大人の中にある子供ぽさや稚気を、かなり愛苦しかったり、コミカルに描いて、そんな大人の中にある「永遠の少年・少女」性の輝きを十分、寧ろ魅力的に画面に溢れさせながらも、しかしそんな人間の魅力的な部分こそが現実には苦悶と問題と混乱を巻き起こしていくという、その表裏一体の同居ぶりをキチンと描きこんでいるところに感心しました。

 途中「ボヴァリー夫人」を認める文学論議をしながら、実はボヴァリー夫人をそこで擁護したケイトこそが幸せなのに退屈も感じて、別の人生を渇望し、日常から逃げ出したいと思っていることに苦悶しているわけですが、ラストで彼女が出す答えは、別に「ボヴァリー夫人」への批判ではないと思いますが、誰もがボヴァリー夫人ではないしある必要も無い、という自分なりに出した答えだったのでしょう。

 

 またその意味では一時期賞揚された「自分探し」「居場所探し」といった現実逃避から、誰もが自分が夢見る人生を「生きなくてはならない」という奇妙な強制を強いられているような風潮がわが国でもありましたが(それが確実に顧客の不満足感や欲求不満に訴えて物を買わせるビジネス流通に利用されまくってましたが)、この映画は実は今いるその不満だったりダメだったりする居場所や状況こそが自分にとって必要な場所や状況でもあるのだということに各々が気づいていく映画だとも言えるでしょう。

 

 この映画には子供に悪戯して捕まった元受刑者のジャッキー・アール・へイリーが釈放されて町に帰ってきたこともドラマに大きな亀裂を入れています。

 子供しか愛せないロリコンなジャッキーと、それを追い出し排斥したい元警官との確執、ジャッキーが町のプールに入るとまるでジョーズ襲来のような状態になる描写などなかなかコミカルですが、この町の人々の短絡的すぎる差別や排除の仕方にもいかにも子供っぽさが見え隠れしています。

 しかしこのジャッキーこそが母親にしか愛されていない、いつまでも少年のままの男なのでしょう。

 彼がラストで選択する行為は痛々しいですが、しかしこのラストでジャッキーは母からの愛を十分理解しつつ初めて「大人の選択」をしたように見えました。

 それを見たこれまでジャッキーを糾弾してきた元警官はその「大人の選択」に「子供のギリギリの叫び」を見たのだと思います。

 この映画はクライマックスからラストにかけて、なんとなく色んな問題がかたづいていきますが、しかし決してご都合主義的にかたずいてはいません。

 それぞれが対峙する人間から受け取る意味が微妙にズレて違っている、その意味の違いこそが各々の人物にとってはとても大事なメッセージになっていくことがキチンと描かれている映画でしょう。

 ちなみにこの元受刑者を演じたジャッキー・アール・ヘイリーの好演もこの映画の魅力の一つと言えます。

 子役時代に出演した『がんばれベアーズ』でのあの不良っぽい少年役からそのまま役者として邁進……は出来ずに子役の挫折というのを経験し、一時期俳優を引退していたそうですが、『オール・ザ・キングスメン』に続いて、この映画でも見事に存在感ある名演で復活しています。

 45歳からの役者再スタートのようですが、是非今後活躍して欲しい応援したくなる味のある役者さんです。

text by 大口和久(批評家・映画作家

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リトル・チルドレン

監督:トッド・フィールド

脚本:トッド・フィールド&トム・ペロッタ

共同製作:ミシェル・ワイス&レオン・ヴィタリ

撮影:アントニオ・カルヴァッシュ

美術:デイヴィッド・グロップマン

編集:レオ・トロンベッタ

出演:ケイト・ウィンスレットパトリック・ウィルソンジェニファー・コネリージャッキー・アール・ヘイリー

提供・配給:ムービーアイ

リトル・チルドレン』公式サイト:http://www.little-children.net/

7月28日(土)より ル・シネマ、シネ・シャンテほかにてロードショー