映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

■東京国際映画祭日記

初めての六本木ヒルズ、初めての東京国際映画祭ーー

「ワールドシネマ」「コリアン・シネマ・ウィーク2007」を観る

text by 川崎龍太(「映画芸術」スタッフ)

10月24日(水)

 初めての東京国際映画祭。六本木は緊張する。恥ずかしながら六本木ヒルズも初めて。ヒルズを歩く姿を想像すると、自分が場違いなんじゃないかと余計な心配をしてしまう。だからヒルズOLたちの目線がとにかく気になった。横浜や海老名のTOHOシネマズには何度も行ったことがあるけど、さすが六本木。映画館も想像以上。入ったら香ばしい匂いがするし、水が流れているし、エスカレーターは長いし、床が光っている。心なしか外国人や小綺麗な格好をした大人たちが多い気がする。映画祭の影響だろうか。今日観る映画はドキュメンタリーが2本。ワールド・シネマ部門の作品だ。この部門は欧米の作品を中心に、世界で話題になっている新作をいち早く観れるとのこと。明日からもワールド・シネマにラインアップされた作品を中心に観る予定。

 そしていよいよ映画祭最初の作品。何の予備知識もなく『ウォー・ダンス』を観た。傑作です。親を虐殺された女の子、反政府軍に強制されて人を殺してしまった男の子、そんな子供たちがいるウガンダ北部の学校が全国ダンス大会に出場するドキュメンタリー。子供たちの歯が白くてキレイだ。どんなに辛い状況でも子供たちは笑顔を絶やさない。その笑顔にこっちも自然と微笑んでしまう。南部にある大会会場から村へ帰る生徒たち。トラックの荷台で揺れながら言う女の子のセリフ、「私はもう親を殺された女の子じゃない。この学校に全国大会のトロフィーを持ち帰った女の子なの」に涙。上映終了後にどこからともなく拍手が起こった。

『アイ・トラスト・ユー・トウ・キル・ミー』は「24」の主演・キーファー・サザーランドが新人ロックバンドのプロモーションツアーにマネージャーとして帯同する音楽ドキュメンタリーとのことだが……。話題になるずいぶん前から「24」は観ていた。シーズン2くらいまでは観た記憶があるけど、それ以降は飽きて観ていない。キーファー・サザーランドに興味もないので、彼が連発するアメリカンジョークにどんどん気持ちが離れる。案の定、客席は「24」の最新シリーズまでチェックしているであろう女性客で埋まっていた。一緒に笑うことができず、取り残された気分。バンドの曲が良かったのが唯一の救い。

 東京は世界で一番、各国の映画が観られる街だということをよく聞く。それでも日本で公開されない映画は数えきれないほどあるだろう。『ウォー・ダンス』は日本で公開されるのだろうか。映画祭でしか出会えない、まさに一期一会の体験も醍醐味ではあると思う。でもこの作品は自分だけの映画にはしたくない。多くの人に観てもらうべき作品だ。『ウォー・ダンス』が日本で公開されることを強く望む。

 

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『ウォー・ダンス』

10月25日(木)

 今日の会場は渋谷だ。六本木よりも気が楽なのは行き慣れているせいだろうか。文化村通りなどにある映画祭の宣伝広告は目につくことはつくが、渋谷の空気に負けている。あまりにも映画祭雰囲気が街になかったので、いつも行っているシネマヴェーラに足を運びそうになる。「MOOOOOOOOVIE」感が足りないのでは。

『インタビュー』の駆け引きの巧さに唸る。政治記者がアイドル女優に取材することになるが、その記者は全くやる気がない。アイドルの経歴、出演作品なんかをチェックしていないのがバレてアイドルは怒って店を出てしまう。結局アイドルの部屋で取材を続けることになるのだが、主導権争いを繰り返し立場が二転三転する。その取材にカセットテープではなくビデオカメラを使ったのが、プライドの高い2人の心理戦により効果をあげていた。アイドルの部屋もおもしろい。高級マンションではなく、古びていて廊下がほとんどなく部屋がやたらと広い。この部屋でのほぼワンセット物なので、役者とカメラが自由に動いて生き生きしていた。

『イーグルVSシャーク』は友達も彼氏もいない、兄しかまともな話し相手のいない女がオタクの男に恋する話。その女も男も決してかわいくないし、かっこよくもない。どちらかといえば不細工の分類。このキャスティングが絶妙。『電車男』の山田孝之なんか問題外。劇場に外国人が多かったせいもあって、上映中は笑い声が耐えなかった。僕もおもしろかったから、昨日の『アイ・トラスト・ユー・トウ・キル・ミー』のような疎外感はない。これだけたくさんの外国人と映画を観る機会はあまりない。これが国際映画祭の魅力のひとつなんだろう。監督は自国で有名なコメディアンらしい。松本人志、がんばれ。

 毎日無料配布される映画祭のデイリーニュースを読んでいると、コンペ部門や特別招待作品ばかり取り上げられているのが悔しい。まだ半分しか観ていないがワールド・シネマ部門にもおもしろい作品はいくつかある。ほかの作品にも期待している。平日の昼間でも客席は埋まっているが、空席もそれなりにあるのも事実。コンペ部門や特別招待作品にはどれだけの人が入っているのか気になる。素晴らしい映画もあるので、もっと盛り上げてほしい。

10月26日(金)

 今日から始まるコリアン・シネマ・ウィーク2007の作品も観ることに。親子の絆をテーマに、日本未公開の新作韓国映画が観られるそうだ。欧米映画から韓国映画まで。まさに国際映画祭。

『ある一日』を観た。実はワールド・シネマ部門で一番期待していた作品。交通事故をきっかけに家族や愛人の人間関係がバラバラになっていく群像劇。これからってときに上映終了。うーん。バラバラになった人間同士の感情がぶつかってドラマが生まれるのでは。バラバラになっただけでは何がなんだか。モントリオール映画祭監督賞受賞作品らしい。この映画祭の受賞作品にはいつも裏切られている気がする。

『裸足のキボン』はコリアン・シネマ・ウィーク2007の作品。連日映画を観ているにも関わらず今ひとつ映画祭気分に浸れないのは、毎日家に帰って日常に戻ってしまうからかもしれない。今年の2月、秋田の十文字映画祭に行ったときは1日中映画祭気分だったような気がする。その土地のおいしい食べ物を満喫し、空いた時間に観光をして歴史に触れることもできる。東京映画祭は毎日リセットされてしまうのが勿体ない。そしてもう一つは監督・出演者の舞台挨拶に巡りあっていないことが原因ではないかとわかってきたのだが、ついにこの『裸足のキボン』上映終了後に主演のシン・ヒョンジュンの舞台挨拶があるらしいので解決しそうだ。劇場は同じく渋谷のBunkamuraオーチャドホール。場内の客を一望して嫌な予感がしてくる。中年女性ばかりなのだ。知的障害者のキボンがマラソン大会に出場しようとするが、キボンは心臓が悪くてドクターストップがかかる。それなのにキボンの気持ちを汲んで、レースに出場させてしまう村長や村人はおかしい。いくらキボンが賞金で母親の入れ歯を買ってあげたくても死んだら終わりなんだから。出場させるなんて無神経すぎる。結局レース中に倒れてしまうんだけど、みんなが力を貸してゴール。泣けない。場内は涙、涙、涙。この人たちに『ウォー・ダンス』を観てほしい。主演男優が舞台に現れると歓声と写メールで場内が異様な雰囲気に。みんな「感動しました」「アニョハセヨー」と黄色い声援。日本人のせいで韓国映画が観たくなくなりそうだ。我慢。

10月27日(土)

 4日間映画祭に通って思うのが公式プログラムのこと。1冊1500円はフリーターの人間にとっては躊躇してしまう額。もともとそんな人種をターゲットにしていないんだろうけど。サンプルをパラパラ捲ると、半分が英訳部分。ほとんどが作品解説とあらすじだけだ。半額程度にならないんだろうか。入場券よりも高いと、ほかにもう1本観たほうがマシ、と考えてしまう悲しい小市民の発想。

マイ・ブラザー』の兄弟に憧れる。強い政治信条を持ち左翼運動をする兄と、友人の影響でファシスト党に入ったりとその場の状況に流されていく弟。男同士の絆って強くなればなるほどホモみたいになってくる。それくらい男同士って紙一重。出来る兄と駄目な弟。『インディアン・ランナー』もそうだけど、このパターンになぜか弱い。

『アルミン』、息子アルミンの映画オーディションのために奮闘する父親の話。その姿を見つめるアルミンの目が悲しい。昔の自分を重ねてしまった。僕もあんな目をして大人たちの様子を窺っていたんだろう。わかっていないようで意外と子供は察している。父親とアルミンがホテルに泊まるのだが、あの微妙な空気は家族で温泉行って銭湯で父親と二人きりになったときと似ている。でもその二人のずれた関係性だけでは持たない。アルミンの年齢を考えると、ボスニア紛争と重なる。もっと「戦争」に突っ込んでもよかった。

 これでワールド・シネマ部門も終わり。スケジュールの都合上『カリフォルニア・ドリーミン』が観れなかったのが残念。今日は3本観る。あと1本は渋谷に移動してコリアン・シネマ・ウィークリ2007の作品。残りは韓国映画だ。ちょうど台風のピークにぶつかる。雨と風が凄い。傘が全く役に立たず、ヒルズの客とOLがびしょびしょに濡れている。たまには台風も気持ちが良い。

 ワールド・シネマと韓国映画の場内は驚くほど雰囲気が違う。基本的に中年女性ばかり。ロビーで××さん久しぶり~という声がちらほら聞こえる。韓流ネットワークだ。『眩しい日に』はヤクザの男に実は娘がいて、釈放の交換条件としてその娘を一時的に預かる話。男の失明と娘の病気と2002年のワールドカップサッカーの韓国チームの躍進がクライマックスでダブる。失明と病気が安易だけど、死んだ娘の網膜を移植して、失明せずに済んだ男の眼から流れる涙は良かった。

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『眩しい日に』

10月28日(日)

 今日で映画祭最終日。Bunkamuraオーチャドホールの前にレッドカーペットがある。報道陣・スタッフの数が凄い。みんなスーツだ。遠くのほうから役所広司國村隼の姿を見ることができた。役所広司とレッドカーペット、映画祭っぽい。撤収後、これがレッドカーペットかと踏んでいると警備員に注意される。

『アイスケーキ』は、「ね?感動するでしょ?」って感じがところどころに見受けられて白けてしまう。友達が列車事故で片足を失うのはお涙頂戴としか思えない。死んだと思っていた父親に会いに行くため、アイスケーキを売り歩く少年の話なのだが「マッチの売りの少女」とカブる。工場長も意地悪だし。コリアン・シネマ・ウィーク2007は親子の絆がテーマなので、当然どの作品にも子役が出ている。その子役がどの作品とも素晴らしい。

 親子の絆というより子供と犬の話になっている『マウミ...』は韓国版「フランダースの犬」。この映画も、胸ぐらを掴まれて泣けよと脅されているみたいでしんどかった。この映画でも妹を簡単に死なせている。可哀相で悲しいんだけど、それだけしか狙っているようにみえない。そういえば『眩しい日に』もそうだったが、韓国のヤクザはなぜか狂暴な犬を買っている。拳銃が出てこない。威すときはその犬を使っている。犬嫌いの僕は特に恐怖をおぼえた。

 これで作品を観終えた。映画祭を振り返ると、やはり『ウォー・ダンス』の印象が強い。ワールド・シネマ部門、来年もあれば行くつもり。ドキュメンタリーから劇映画。ニュージーランドクロアチア、スイスにイタリア映画まで観ることができておもしろい部門だった。ただ一人で観るのは極力避けたい。やはり映画を観たその気持ちと感情を誰かと共有したかった。公開されている映画であれば、誰かしらと同じ映画の話が出来るが、映画祭となるとそうもいかない。歯がゆい思いを何度かした。映画祭こそ一人で行くべきではないかもしれない。