とても小さな、小さな映画。
それでいながら、心の琴線に触れる。
観ている間の気持ちが何とも切ない良作。
誰もが登場人物にどこかで共感できるからだろう。
ここで描かれる恋愛は普遍的なものである。
ずるいほど中盤から泣かせるのだが、これは泣くでしょう。
ただ、こういう小品がサンダンスの観客賞を受賞し、全米2館の公開からじわじわと公開館数を増やして、この夏のアメリカのダークホース的なヒットになったのは嬉しいことだ。
この映画を観た後は、アイリッシュ・ミュージックで大好きなヴァン・モリソンやホットハウス・フラワーズ、ナイトノイズなどをよく聴き直している。この映画をセンチメンタルすぎると思う人もいるかもしれないが、それがアイリッシュ・ミュージックの一つの特徴でもある。
「この小さな映画は今年一番の素晴らしいインスピレーションをぼくに与えてくれた」とスピルバーグが語っているのには、とても納得。
(C)2007 Samson Films Ltd. and Summit Entertainment N.V.
撮影が粗く、映画が始まってから少し心配になるが、登場人物の気持ちが繊細に描かれているので、すぐに気にならなくなる。主人公を演じるグレン・ハンサードは、本職のミュージシャンでザ・フレイムスの活動で知られる。始め、主人公は「麦の穂をゆらす風」などのキリアン・マーフィが予定されていたが(今作のジョン・カーニー監督の01年の「オン・エッジ 19歳のカルテ」にキリアン・マーフィは主演している)、監督の旧友でストリート・ミュージシャンのリサーチ用に撮影前に起用されたグレン・ハンサードが主役に抜擢された。ジョン・カーニー監督はザ・フレイムスのメンバーであったこともあるので、映画への音楽の挿入の方法が実に上手い。「一種のミュージカルとして作った」と監督自らが言っているが、挿入される曲は登場人物が、そのシーンで歌うものだけで、しかも一曲まるまる最後まで聴かせる趣向なのだが、冗長さは全くなく登場人物のキャラクターを描写するのに実に効果的だ。チェコ移民のヒロインを演じるマルケタ・イルグロヴァも、実際にミュージシャンで、グレン・ハンサードと共作アルバムを出しているので、相手役を魅力的に演じている。
主人公の役名が「男」、「女」、脇の役名も「昔の彼女」、「男の父親」、「ドラマー」だったりと簡潔極まりなく名前がないのも、この映画が普遍性を描こうとしている表れだろう。
text by わたなべりんたろう(ライター)
監督・脚本:ジョン・カーニー
出演:グレン・ハンサード、マルケタ・イルグロヴァ、ヒュー・ウォルシュ、ゲリー・ヘンドリック、アラスター・フォーリー
11/3(土・祝)より、渋谷シネ・アミューズ、川崎チネチッタほか全国順次公開
公式サイト:http://oncethemovie.jp/