映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

『風の外側』<br>安藤サクラ(主演)インタビュー

前作『長い散歩』(06)がモントリール映画祭で3冠を受賞するなど、監督としての評価も高い奥田瑛二の最新作『風の外側』が公開される。下関を舞台に、悪事に手をそめる青年とオペラ歌手を夢見る女子高生の恋を描いたこの作品は、主役の女子高生・真理子を奥田監督の次女である安藤サクラが演じることでも大きな話題となっている。初の映画出演にして主演、しかも父親が監督という重圧を彼女はどのように受け止め、そして乗り越えたのか。公開を控えた今の想いを聞いた。

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──何度も聞かれていると思いますが、父親が監督する映画での主演デビューというのはどういう気持ちだったんですか。

実はもともと主演するはずだった女優さんが体調を崩して急に降板することになってしまって、クランクイン4日前に私が急遽させて頂くことになりました。

──じゃあ台詞も入ってなくて?

台詞や歌やハングルなど、覚えないといけないことは多々ありましたが、父が書いている段階で客観的に脚本を読む作業はできていたので、それは演じるうえでは心強かったです。ただ、クランクインまでの4日間というのは、親子の関係から、監督と役者の関係へと、引き離すことに必死で、精神的にはつらかったです。撮影が始まって集中するのみになってからは、そんなことは何も気にならなくなりました。

──主演に決まったときになんで私が? とは思いませんでした?

考えないようにしていました。これがもしクランクイン4日前に主役が急に降板することになって、という状況でなければ絶対引き受けていなかったと思います。『風の外側』がなければ、父のこれからの作品に出る可能性も低かったと思います。急遽、私でやることを伝えられたときには、その瞬間、ほんの数秒ですけど頭をフル回転させて、やるべきだと思いました。即答でした。

──使命感みたいな気持ちですか。

そうですね、あと映画製作という面からかんがえても、それからオーディションするとなると撮影も遅れるし、金銭的な問題も娘として頭によぎりました。

初めは父も絶対に嫌だと言っていたらしいのですが、周りのスタッフの方々の意見もあって決まったんです。

──でも、結果的にはいい映画になりましたよね。歌うシーンでは感動しました。テレビの合唱コンクールを見ると、本当にサクラさんみたいに歌ってるじゃないですか。何かが乗り移っているような。あれはどうやって表現したんですか。

研究する時間はなかったのですが、私は小学校の頃、テレビのおばさん合唱コンクールを録画して毎日見ていた時期があるんです。面白くて仕方なくて、今でも思い出せるくらい、歌とか振り付けとか表情とか研究していました。でも、私自身、可愛い顔とかできないので、スクリーンで自分の顔を見て、これはひどい!と思いました(笑)。

──そんなことないですよ。雰囲気が出てました。

ありがとうございます。もともと歌はやっていたので。でもそんな趣味があったんです。今、思い出しました(笑)。

──映画では本当に歌っているんですか。

自分で歌っている部分も、歌っていない部分もあります。

──プロフィールを見ると、特技がダンスとなっていますね。

今はやめてしまったのですが、小さい頃からジャズダンスをやっていて、中高でヒップホップダンスをやっていました。この間久し振りに踊ってみたのですが、何だかとても恥ずかしくなってしまいました。

──でも、身のこなしがきれいだなと思いました。

そうですか? ボクシングもやっていたので、そのせいかもしれません。ボクシングも特技です。

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(C)2007 ゼロ・ピクチュアズ/K・S・F

──映画で気に入っているシーンはありますか。

真理子がはじめてソンムン(佐々木崇雄)の家に行った帰りに、海辺の道を二人で歩くシーンです。真理子がソンムンのことを知って素直な気持ちで接することができるようになるんです。ほんの数秒のシーンなんですけど、すごく好きです。あと、私は出ていないですけど、真理子の父(奥田瑛二)とソンムンの母(夏木マリ)が再会するシーンも好きです。この作品は人の心の奥を深く見つめているんですけど、その場面は大人のせつなさが感じられるんです。

──ハングルは難しかったですか。

感情的になって喋るシーンは難しかったです。ただ、真理子自身、もともと喋れない設定でネイティブではないので、そういう意味では私と一緒ですから、特にプレッシャーはありませんでした。

──ソンムンの部屋から飛び出すところですよね。あそこはよかったです。

知識で入ってきた言葉に自分の意識をのせるのは大変でした。

──いつ頃から女優さんになろうと思ったんですか。

母親いわく、私が2~3歳のとき、父の舞台を観て、「絶対にこれになりたい」と言ったそうです。小学校に入ってからの文集にも「役者になりたい」と書いたのですが、書いたと同時に自信を喪失してしまい、それからは一切口に出さないようになりました。何をやりたいかと聞かれてもずっと嘘をついてきて、高校を卒業する頃にやっと「女優になりたい」と告白しました。

──父親が役者だと、告白するのにも勇気がいりますよね。

自分では顔なんて関係ないと思いながらも、小さい頃は、テレビや映画に出ている方が皆さんはみんなきれいなので、周りの友達に「ブスなのに役者をやりたいなんて言うのはお父さんがやってるからでしょ」と言われるのが怖かったんだと思います。でも表現することは昔から好きでした。

──でも、やっぱりなるべくして女優さんになったんですね。

どうでしょう(笑)。

──今後目指していることはありますか。

今は目の前にあることを一所懸命やりたいです。お芝居をやりたいとずっと思っていて、今やっとできるようになったので、今は目の前にあることを一生懸命努力していきたいです。

──今、お父様と自然体で付き合えますか。

風の外側』が終わって意識がすべて変わりました。撮影が始まったころはとにかく必死だったので監督に対して硬かったです。監督は作品に対する愛情と、映画に対する愛情と、演じる人に対する愛情と、作品に関わるすべての人に対する愛情がすごくあって、作品に対するビジョンが自分の中で明確すぎるくらい明確なんです。それに加えて役者でもあるので、演出するときに実際に演じて教えてくれて、監督としてすごいなと尊敬しています。

──父と娘の絆もありつつ、そう考えるといい映画ですね。

演じていては何も隠せない。そういうことを経たので、苦手な感覚が全部抜けて、今はすごくいい関係になれました。

──撮影が会話のない会話だったんですね。

そうですね。すごい深いコミュニケーションでした。

──今日はお会いできて嬉しかったです。これからのご活躍、期待しています。

(聞き手:新城勇美)

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(C)2007 ゼロ・ピクチュアズ/K・S・F

【作品情報】

風の外側

原作・脚本・監督:奥田瑛二

出演:佐々木崇雄 安藤サクラ 夏木マリ かたせ梨乃 北村一輝 石田卓也 加納史敏 ほか

製作:ゼロ・ピクチュアズ/「風の外側」サポートファンド K・S・F

配給:ゼアリズエンタープライズ

12月22日(土)より、新宿Kユs Cinema、大阪第七藝術劇場にてロードショー 名古屋:伏見ミリオン座ほか全国順次公開

安藤サクラ プロフィール】

1986年2月18日生まれ、東京都出身。学習院女子大学在学中。06年撮影の『風の外側』で映画主演デビュー、映画『青に咲いた花』(06/日本映画学校映像科脚本演出コ-ス卒業制作作品)でも主演を務める。また「ソフィストーリー」(青井陽治演出)で舞台デビューも果たす。07年より本格的に女優活動を開始、演技力と清楚で可憐な存在感で注目を集め、テレビドラマ「風の果て」(NHK)、や来年公開待機作として『むずかしい恋』(益子昌一監督)、『俺たちに明日はないッス』(タナダユキ監督)、『愛のむきだし』(園子温監督)など出演も相次いでいる。来年2月には岩松了演出の舞台「恋する妊婦」に出演も決まっている。