映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

試写室だより『フライング☆ラビッツ』 <br>羽田に行ってみたら雲の向こうに晴れ間が見えたよ <br>若木康輔(ライター)

 実在の女子バスケット・チームであるJALラビッツに、ひょんなことからバスケット未経験の新人CAが入部したら……というコメディタッチの青春スポーツ映画である。

 ウサギさん絡みのタイトルでもあるし、新作情報をタッタカ処理したい人たちのためにタッタカ用件を済ましちゃおう。『フライング☆ラビッツ』は、100点満点でいえば75点で、五つ星の星取なら★★★。エンタテインメントの最低水準はきっちりクリアしてる映画だぴょん。ドラマ「パズル」で一皮むけた石原さとみチャンが、ここでも明るくチャーミングだぴょん。新進女優サンたちと一緒の凛々しいスッチー姿にファンは胸キュンかも☆ ぴょんぴょん。

 さあ、ウサギさんチームはこのへんでいいかな? ここからは一本の映画をじっくり咀嚼しないと気が済まない、カメさんチームの時間です。100点満点中75点の中身を、一緒にノロノロと考えてみましょう。

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(c)2008「フライング☆ラビッツ」製作委員会

 試写室でもらった資料はカラフルでデザインも凝っており、眺めているだけで楽しい。しかし監督の紹介欄が小さいのには、ちょっとだけ胸が痛んだ。

 あくまで前面には、石原さとみら若手女優の群像青春ものだと打ち出す。同じ深田祐介の原作だった人気ドラマ「スチュワーデス物語」の元気な現代版としても見てほしい。しかし、どんな監督か知っている層へのアピールはあまりプラスにはならない。そんな判断があったろうことが、一瞬にして窺える。

 でもスミマセン。このサイト、「映画芸術」なものですから。おお、“爽快・感動・燃焼系ムービー!!”(資料より)の監督が瀬々さんとは……そんな感慨を抜きに話ができないのです。

 年齢の近い日本映画サポーターと話していて不思議に思うことの一つに、「映画談議に瀬々敬久の名前が出ると、急に場の空気が湿っぽくなる」という現象がある。

 「ああ、瀬々さん……」「瀬々さんねえ……」と、みんな決まって歯切れが悪くなる。しかも本人と面識が無くてもなぜか、さん付け。かつては〈ピンク四天王〉の一人と称され、映芸ベストテンの一位になったこともある、れっきとした才人なのだが、常にもう一歩のところで人気監督の仲間入りを果たせずにいる。そんな苦労人のイメージが暗黙の共通項としてあるらしい。

 瀬々さんの映画を熱心には見ていない僕ですら、その感じはよく分かるのだ。ただでさえ扱いの厄介な〈邦画の新作〉と付き合うのが重たくなったところに相米慎二の不在という決定打があり、もうどうでもいいや、と映画全体への興味を失ったことがしばらくある。ほぼ一年ぶりにレンタル屋へ行ってソワソワしながら借りたのは、当時大人気だった井川遥のイメージビデオ。ところが、遥さまのセクシーな露出は控えめで、そのくせ妙に画に力があるから早送りもできない。イライラしつつ最後まで見たら「撮影・斉藤幸一/演出・瀬々敬久」とクレジットが出て、なんと言いますか、あの時は参った。

 たぶん、瀬々敬久の名前には90年代の空気、〈映画ファンの支持が監督をスターにできなかった時代〉の澱みがまだほんの少し張り付いていて、それが僕たちを、ある種のやましさに似た複雑な気分にさせるのだろう。先日、本サイトの執筆メンバーが集まって飲んだ時がまさにそうだった。そこでまた、和洋新旧を見まくることではダイアリーズ随一のCHIN-GO!が、「歴史の何かがほんの少し違えば、今頃は黒沢清じゃなく瀬々さんだった……」とか深夜二時の新宿二丁目で凄いことを呟くから、みんな、シンとなっちゃうじゃねえか。

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(c)2008「フライング☆ラビッツ」製作委員会

 しかし、僕らの勝手な引け目や思い入れは、本人にはもう邪魔になりつつあるのかもしれない。資料を見て、山名宏和が脚本を担当しているのに気付き、僕は目を疑ったのだ。映画ファンには馴染みのない名前かもしれないが、現在、超が付く人気放送作家である。「行列の出来る法律相談所」「ザ!鉄腕!DASH! !」「ダウンタウンDX」などなどを手掛けている、と書けばその売れっ子ぶりが分かるだろう。そういう人の脚本を、瀬々敬久が撮っていた。製作委員会方式のメジャー作品でなければ想像すらできない組み合わせだ。そして僕は、この組み合わせに注目しながら本作を見て、ウッとなったり、感心したり、ホロッとしたり、いろいろ忙しかった。

 結論を言えば『フライング☆ラビッツ』は、バラエティ番組の申し子が書いた明るいホンを、ゴリゴリにシリアスな映画作家が撮った、そのミスフィット感が最後まで付きまとう映画。しかし、なかなか噛み合わないからこその緊張感が、独特の見どころになっていた。

 放送作家が書いた脚本というと、秋元康の例が強烈なので、どうしてもネガティヴな反応が出てくると思う。やれやれ、天狗になったテレビ屋さんがピュアな映画界にまた土足で踏み込んできちゃったよ、みたいな。実際、本作の脚本も軽く、粘りがない。登場人物の心の動きより、いかにもスポ根コメディらしいルーティンばかり優先させているから、途中までは、誰と誰を軸にしたいのかさえ分からない。

 ただ、この軽さを無碍に否定したところで、建設的ではないのだ。〈率直に批評する〉=〈遠慮なく悪口を言う〉と、直結させるムードがネットの世界では特に強いから、そこに引きずられず、なぜ軽いのかをちゃんと考えなきゃ。

 僕が想像するに本作の脚本は、字で読む段階では「面白い」と出資者に好評だったと思われる。笑いあり友情あり、CAの訓練と成長あり。そしてスポ根の見せ場と、漫画の原作原稿のようにテンポよく書き込まれていて、仕上がりのイメージが誰にでも見えやすかったのではないか。地上波ゴールデンの枠を制覇している山名宏和クラスの人は、秒単位で勝負するシビアさが身体の隅々まで叩き込まれている。内容を素早く確実に伝えることを第一義に考えるから、型にはまったセリフや展開を、良くも悪くも全く恐れない。方程式に沿ったストーリーを構成する手際の速さ、プロ意識の高さにおいては、第一線の放送作家のほうが映画脚本家より上だったりする。そういう面があることは、一徹な映画ファンも(抵抗はあるだろうが)認識しておくべきだ。

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(c)2008「フライング☆ラビッツ」製作委員会

 しかし、読んで面白い、が即誉め言葉とはなりきらないところが、モノ作りの難しいところ。なまじ文字の段階でクリア過ぎると、漫画やアニメならいいのだが、実写では途端にイメージの広がりが縛られる。現場での化学反応が生まれにくくなる。もしも本作の脚本を最近の民放ドラマのタッチで演出したら、すぐに登場人物の気持ちへの粘り不足が表面化して、かなりキビシイ出来になっただろう。

 そこで、瀬々さんである。これまでの作品歴とは真逆のベクトルを向いた脚本を真っ向から受け止めて演出し、画面に重心が生まれることに腐心している。油断すればすぐに段取り話になる類型のなかから、丁寧に青春の実感を探している。

 典型が、三段階に構成されたバスケットの場面。ヒロインが入部したての練習場面では、あれれ、スポーツ映画がこれでいいの? と不安になるほど、ボールを追う映像が平板で精彩が無いのだ。ところが初めてヒロインが出場する練習試合では、急に画面が活き活きとし始める。挫折や葛藤といったプロセスを経てのクライマックスであるリーグ戦になると、まるでカメラがヒロインたちと一体となってコートを駆け、汗をかきながら戦っているよう。スポーツ場面の演出/撮影プランがこんなに明確だと、見ていて本当に気持ちがいい。人物の描き分けが足りない、ヒロインの過去話が半端、といった諸々の欠点がどんどん浄化されていく。そういうところで、瀬々さんはしっかりとこのホンを映画にしていた。

 放送作家と映画監督がお互いのやり方をぶつけ合う“異文化衝突”が、製作委員会方式である本作のミソだと書いてきたわけだが、もちろん、そこにはリスクもある。さむい、スベる、といった表現が生易しいほど壮絶にお互いの笑いの意図がズレた箇所が、本作には何度もある。実を言うと僕も数回、いたたまれずに画面から目を逸らしてしまった。

 でも、こういうタイプの失敗は、前向きに捉えたい。ギャグは全部くすぐり、「なんちゃって」な脱力系だからネとあらかじめ予防線を張っているものや、ロングショットの長回しに終始して高尚に見せかけるものが高く評価されがちななか、直球勝負を挑んで恥ずかしい失敗をしてしまった本作の泥臭さを僕は応援したい。大体、バスケットと仕事と恋と友情、全部にガンバル女の子だなんてムチャな存在を主人公にした以上、恥ずかしさから逃げたりしたら負けなのだ。

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(c)2008「フライング☆ラビッツ」製作委員会

 製作委員会方式については、出資する側のリスク分散といったビジネス面ばかり指摘され、現場レベルの構造変化が考察されることはまだまだ少ない。美しい可能性があることに、もっと見る側は注目していい。違う畑の才能が集まることで、従来の人脈交流にはない新しい刺激が生まれ、映画やテレビを始めとしたメディアをより活性化させる。そういう可能性。

 キレイゴトを言ってるなあ、とは自分でも思う。本誌最新号の特集に、作り手が批評の書き手に望むことについてのアンケートがあり、瀬々さんも回答を寄せている。まさに製作委員会方式にまつわる苦労が率直に書かれている。テレビの視聴者相手に“分かりにくい”は許されないことだが、映画の観客に親切な説明をし過ぎるのは無粋になる。この常識の間にはまだハッキリと溝があって、しかも深い。腹が立つことも一度ならずあったろうかと思われる。

 それでもなお僕は、製作委員会方式の“異文化衝突”にはいずれ良い面がもっと出てくるはずだ、『フライング☆ラビッツ』の経験は瀬々さんの今後の幅を広げるはずだ、と期待しているのだ。あの瀬々敬久が明朗スポ根ものに取り組んで、ラストでは爽やかな青春の汗と涙でホロリとさせる。これだけでもう十分に大きな収穫、製作委員会方式ならではのハイブリッド効果ではないか。少なくとも僕は、同じ体制のなかで得意分野ばかり作る人より、チャレンジしている今の瀬々さんのほうが、好きだ。

フライング☆ラビッツ

監督:瀬々敬久

原作:深田祐介

脚本:山名宏和 撮影:斉藤幸一 音楽:安川午朗

出演:石原さとみ真木よう子渡辺有菜滝沢沙織高田純次

製作:「フライング☆ラビッツ」製作委員会

配給:東映

9月13日より全国ロードショー

公式サイト http://www.flying-rabbits.jp/