映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

試写室だより『アメリカばんざい crazy as usual』 <br>思想に自由あれ、しかしまた観客にも自由あれ <br>若木康輔(ライター)

 最近は、見終わった後にどんな感想を言ってほしいのか、ちらしやポスターを眺めればもうイヤでも分かる、不自由な印象のものが「ドキュメンタリー映画」として劇場公開されることが増えた。『アメリカばんざい crazy as usual』も、そういう傾向の一本と言っていい。

 しかも、実際の仕上がりについても僕は大いに不満なのである。それだけの作品なら、とてもこのレビューを書く気にはなれなかった。

 しかし、本作のなかで聞けるイラク帰還兵や家族の話には感じるところが多かった。多くの人に届かなければ勿体ない、と思った。その一点のために、本サイトの更新スケジュールの間に割り込ませてもらうよう、担当の平澤青年に頼んだのだ。

 その後すぐに、後悔することになった。もともと仕上がりに大不満な映画だから、紹介したくなったくせにどうすればよいか分からない。「ドキュメンタリー映画」には往々にして、こういう厄介な矛盾が待ち構えている。

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 本作の話をする前に、僕のもともとの「ドキュメンタリー映画」観について整理してみる。

 まず、冒頭に不自由な印象云々と書いたが、どういう意味かもう少し具体的に付け加えると、観客の知的好奇心をあらかじめ一定方向に誘導しているのが分かる、ということだ。まるで観客がどんな認識を持てば正しいか作り手のほうが採点するような、そんな窮屈さを感じる。プロパガンダ、という言葉を使えば、ミもフタもないが話は早い。

 昔ながらの「文化映画」やジャーナリストの「取材ビデオ」の上映会なら、それで全く構わない。ちらしやポスターを見て、えらい人が寄せたコメントを読み、社会や政治に対する問題意識がワタシに近い、と感じた人が、その問題をより深く知り、作り手と共有するために足を運ぶ。十分に関係は成立している。「劇映画」の場合だって、基本的には同じだ。面白そうに宣伝するから期待して入場料を払い、実際に面白ければお互い文句なしの取引なんだから。

 でも、これが「ドキュメンタリー映画」となると、話は違ってくる。

 こういうものだと予想して出かけて、実際にその通りのものが見られた、ナルホドよく分かった。そんな直線的な感想しか出てこないなら、それはあくまで〈確認〉であって、〈感動〉とは違う。「ドキュメンタリー映画」の〈感動〉とは、予期せぬものや考え方を見せられておのれの価値観が揺さぶられる瞬間にだけ訪れるべきものだ。何を見たとしてもどんなことか理解できる、と高をくくった予断が壊され、ほぐれて柔らかくされることが〈発見〉の喜びにつながるのだ。と僕は思っているし、また、現代の「ドキュメンタリー映画」にはそうであってほしいと願っている。

 じゃあどうして、事前によい印象を持たなかった『アメリカばんざい crazy as usual』の試写にわざわざ出かけたかというと、ひとえに僕が貧乏性だから。僕の住所に試写状が届くなんて滅多にないので、行かないとすっごく損した気になる。で、見るからにはぜひこちらの予想を裏切ってほしい、と能動的な気持ちになる。

 だから本作が、まさに〈確認のドキュメンタリー〉としか言いようのない、粛々たる調子で進行を始めたときには、途方に暮れそうになった。原稿が書きにくくなるから、ではない。この時点では、レビューを書こうとは一ミリも思わなかった。外に向けて書くかどうかは関係なく、前述したような認識の誘導にむざむざと乗せられそうなことに恐ろしくなったのだ。見終わった時に「軍事大国アメリカの負の側面を見ました」「我々日本人にも決して他人事ではないと感じました」とか、そんな立派な感想しか出てこなかったらと思うと、ぞっとしない。それでは思考停止しているのと変わらないし、映画を見る意味がない。

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 話を戻そう。本作は、上映時間の大部分がインタビューにあてられている。

 イラク湾岸戦争の帰還兵、その家族。遺族。派遣を拒否した若者。帰還後もPTSDに苦しんで施設の世話になっている人。社会復帰の道を探り、努力している人。息子や娘が戦地から傷ついて戻って来たことに今も胸が裂ける思いの母親。

 宣伝物を見ると、初年兵教育キャンプの取材・撮影に成功したことが一つの売りになっているようだが、その部分のシークエンスは意外と少ない。それよりも、派兵で傷ついた人たちの言葉を一人でも多く紹介しようじゃないか。そんな意図がだんだん分かってくる編集・構成になっている。そうなってからは嬉しくなった。〈確認のドキュメンタリー〉然として始まった本作が、次第に、〈発見のドキュメンタリー〉へとシフトを変えている。

 テレビ番組の構成台本を書いていると、インタビューを、弁証法的に話を進めるための素材扱いにせざるを得ない局面が出てくる。「あることについてAさんはこう言いました。一方で逆の立場のBさんはこんな主張をしています。つまり問題は……」という具合で、使うのは長くて数十秒、短い時はわずか数秒だったりする。

 ところが本作の撮影スタッフは、先ほど挙げた人たちからワンカット数分ずつ、実に粘り強く話を聞いていて、編集で短く刈り込むことはなるたけ避けている。結果、映画の印象がどんどん地味に、しかしここでしか見られないものになっていく。この選択は、凄いことだ。

 日本人クルーなのが一種の緩和剤になっているのか。多くの人がとても率直に思うところを話す。マイクを持ってひたすら相槌を打ち、カメラを向け続けることで、愚痴や弱音がぽろぽろと出てくる。一人ずつのインタビューが長いぶん、イラク派兵は社会的な問題である前にこの人たちそれぞれの、のっぴきならない人生の問題なのだと、実感をもって迫ってくる。

 これこそ映画ならではの、テレビや活字を超えた力だ。番組では成立が難しいことをやってくれている作り手に、後半は一転して敬意の念が湧いた。このまま最後まで聞き手に徹し切ったら、これは見事な映画になる、と大きな期待を抱いた。

 大体、フィクションは別として、アメリカ合衆国の市民がこんなにあけすけに愚痴や弱音をこぼし、迷う姿や涙や溜息を隠さない映画はそうは無い。そういうところを、ぜひ多くの人に見てほしくなった。この時、よし、平澤くんに頼んでレビューを載せてもらうぞ、とワクワクしながら決めた。

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 ところが。呆然となるような大うっちゃりが待っていたのだ。エンドクレジットに合わせて流れるのは、アメリカで撮影されたインタビューとは直接の関係がない映像。しかし、作り手のふだんの活動や信条にとってはすごく重要らしい映像だった。

 具体は伏せるが、あえて最も下賤な例えを出す。一般向けセミナーと看板を出しておいて実は特定団体の対面勧誘だったみたいなオチなのである。砂を噛む思いでいっぱいになった。

 心を尽して撮った、いいインタビューばかりだったじゃないですか。彼らの言葉や表情そのものがすでに雄弁なメッセージだと、作り手はどうして信じ切れなかったのか。作為や主張を捨てて彼らの言葉や表情を伝えることですでに大きなドキュメンタリーの仕事をしていると、どうして貫けなかったのか。ああいうエピローグを添えなければ観客には伝わらない、と万が一でも思ったとしたら、とんでもない話だ。右とか左とか、そんな話がしたいのではない。それより以前の、エチケットの問題なのだ。

 だがもしも、ドキュメンタリーは自分たちのメッセージの為の武器だ、と監督やスタッフがあくまで確信しているのなら、進歩主義への傾倒まずありきで映画に関わっているのなら、僕が本作に抱いた、不審→感嘆→期待→落胆のプロセスは全ておかど違いということになる。

 その信念があったればこそ我々はよいインタビューが撮れたんですよ、と返されたら、好悪の感情は別として、その点に関してだけは譲歩するだろう自分も、またいるのだ。テーマ/題材の良し悪しだけで映画を評価するのはイヤだが、同時に、作り手のモチベーションやスキルはテーマ/題材によって引き出されることも忘れてはいけないので。でもやっぱり、仕上げる前に一度は思想的に距離のある外部のプロに見てもらい、忌憚のない意見を聞くべきだったと思う。

 ここまで落胆したのに、レビューを書こうと決めた瞬間の高揚感が惜しくて、掲載を頼むことになった。今度こそ本当に、どう書けばいいのか何日間ももんどり打って悩んだ。大体、「ドキュメンタリー映画」ってなんだ? 逃げようとして曖昧な言い回しで誉めた文章は、逃げようとしているのがバレバレなので平澤青年に叱られ、正直な気持ちで書き直したら原形を留めなくなった。皮肉抜きで、おかげでいい勉強になった。僕の中に入ってきてけっこう深い掻き傷を残した、それだけでも『アメリカばんざい crazy as usual』は力作だと認めるべきかもしれない。〈確認のドキュメンタリー〉のまま終始しといてくれたら、しばらくの時間は相当ゲンナリするだろうが、後はさっさと忘れてしまったのは間違いないからだ。

アメリカばんざい crazy as usual』

監督:藤本幸久

撮影:栗原良介 中井信介

編集:藤本幸久 栗原良介

製作:森の映画社

配給:森の映画社 太秦

7月26日よりポレポレ東中野にてロードショー公開、8月より大阪、名古屋で公開予定

公式サイト http://america-banzai.com/