映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

試写室だより『フツーの仕事がしたい』<br>反=フツーの場所からの報告<br>CHIN-GO!(映画感想家)

 必見、だと思った。現代の労働状況は、このドキュメンタリーが提示することごとに無関心ではいられないひとびとを数多くつくっているようだ。

 いま、「蟹工船」とかプロレタリアート文学がワーキングプア文学と呼び替えられて再読再評価されているそうだが、おそらくそこにはかつてのような“主義”との呼応はない。生命を脅かされるほどの劣悪な労働条件、それに耐えかね勇を鼓して団結する、抵抗する、違法とされた運動に身を投じる、それは強烈ではあるが、にわかにいま現在に応用しづらい。なんか、搾取されてる、みたいな?、ウチらと同じってゆーか、みたいな浸透。それではいまひとつでは。

 そこで、この『フツーの仕事がしたい』。これは旬です、ナウです。辛みが抜けてない。組合御用映画の域をはるかに越えてもいる。マジでヤベえ。応用がきく。生きるために使える。

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 監督土屋トカチ氏は、06年4月8日、トラック運転手皆倉信和(かいくら・のぶかず)さんに出会う。皆倉さんは東都運輸という運送会社でセメント輸送トラックを運転していて、めちゃめちゃ働いている。働かされている。552時間働いた月もあった(休みなしで毎日約19時間労働ということ)。それでも裕福ではない。オール歩合制で残業代も出ない、その歩合も下がるわ、トラックのリース代燃料メンテナンス代などの経費も自己負担させられるようになるわ、追いつめられていく。皆倉さんは“誰でも一人でもどんな職業でも加入できる”という「全日本建設運輸連帯労働組合」(通称「ユニオン」)に加入するのだが、そこから始まったのは会社の手先たるヤクザ者らによる暴力的な脱退工作。

 監督土屋氏はそもそもユニオンに依頼を受けたディレクターとして、先述の日、皆倉さんに、彼がユニオンをやめないなら退職せよと圧力をかける会社側と、そうはさせじとするユニオン側の対決の現場を撮影しに行っていたのである。

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 この衝突がかなりのインパクト! 会社側のヤクザ屋さんが、さすがに暴力、恫喝を生業としているだけあって、皆倉さんとユニオンの面々を脅し、小突く現場を撮影されているということを理解できていないのである。全方向的な想像力の欠如。ドキュメンタリー映画とか全然観ないんだろうなあ。むしろ撮られていることでハッスルするのか、“おうおう、なにやってんだコラア! 撮るんじゃネエ!”などと程良くからんで、かえって恰好の映像素材を提供する。

 この「小突かれる」カメラ、というのはよかった。ドキュメンタリーや、その臨場感を模倣するタイプのフィクション映画などで、カメラが激しく揺さぶられ、なにが映っているのかわからぬほど映像が揺れ、流れ、荒れるということは多くあったし、偶発的な事故か、極端な意図の演出で、撮影しつつあるカメラになにかが触れる、ゴツン!となるというのもありうることだったが、今作における先の対決時と、そのあともう一度の暴力行使時の、ふたつの場におけるカメラの小突かれぶり、揺さぶられっぷりは、被写体、主題と一体化して蹂躙されたというこの映画の在りようを代表したものとなっている。整序されたフィクションならNGの映像素材が、ここにおいては最も重要だったりする。そんな反=フツーの場所からの報告。

 皆倉さんの苦難はつづく。退職強要の翌日、患っていた母親皆倉タエさんが死去。この病の悪化も、それまでに連日連夜家にがなりこまれたことと無関係ではない。そして数日後の告別式にまたも組合脱退を迫るコワモテ連が乗り込んでくる。母親が荼毘に付されているあいだも、いかつい連中に囲まれて怒鳴られる。最低である。制止しようとした組合員らはケガを負わされて、結局警察が呼ばれ、逮捕者も出た。

 この時点で監督は取材始めて数日なわけだから、やな言い方だが、すごいタイミング、というか、あるいは、もういつ撮り始めても濃いネタがそろってた、皆倉さんがそこまでキテいた、というか。

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 フィクションとドキュメンタリーに違いがないというのは、映画論というもののなかでは正論であろうが、ベタな、一般的な感性のレベルで、やっぱり現実と観客に対するはたらきかけにおいてドキュメンタリーに実用性がある、とも思いたい。そのことは今作中の、“住友セメント本社前上映”の部分において明らかだ。

 皆倉さんは倒れる。集中治療室に入るほどの体調であった。そのうえクローン病という難病を患っていることも発覚。病で人相まで変わってしまった姿で彼はつぶやく。「フツーの仕事がしたい…」。切実なことば、一見軽そうで実は重たい、いいタイトルになった。

 ここに至ってユニオンは告発、抗議行動を上部構造に向けてゆき、東都運輸に配車指示を出している会社、フコックス、さらに最終的には親会社である住友大阪セメントの本社ビル前で、本作の一部分というか前段階編集というか、事態を知らせるための映像を上映する。雨と風のなか、人が支え持つ鉄パイプを支柱として、風をはらんで歪んだスクリーンに、ここまでの皆倉さんの状況、労働基準法違反の現場とそれを黙認し、それを当然とすることで利益を得ている系列会社らの体質が赤裸々に映し出される。その上映をこわごわと見つめている住友セメントの会社員たち。彼らをビルの玄関口や窓辺にたちすくませ、その視線を惹きつけ、かつ目をそむけたげにさせるのは、徹頭徹尾伝達のための道具として機能する映像の力である。自らの属する会社がここまで非道である、という、知りたくもなかった事実。映画体験による自らの変容、とは名作傑作の素晴らしさに陶然とすることばかりを言うのではない。保身のため鈍磨させた認識に真実をつきつける場合にも言える。

 皆倉さんの状況は改善される。本作の冒頭部分が、久方ぶりの勤務風景であったことがわかる。ある種の回想形式のような構成だったというか。この場面での彼の何気なさ、フツーさがこれだけの紆余曲折を経て獲得されたことであるのに胸をうたれる。まだ、ひどい環境で働いてる、同じような職のやつはいっぱいいるからね、変えていかなきゃ、とフツーにつぶやいたりもするのである。

『フツーの仕事がしたい』

撮影・編集・監督・ナレーション:土屋トカチ

出演:皆倉信和

取材協力:全日本建設運輸連帯労働組合、皆倉タエ、皆倉光弘

ナレーション:申嘉美

音楽:マーガレットズロース「ここでうたえ」 (アルバム「DODODO」より オッフォンレコード)

制作:白浜台映像事務所/映像グループローポジション

配給・宣伝:フツーの仕事がしたいの普及がしたい会

宣伝協力:ポレポレ東中野

2008年/日本/DV/70分/カラー

10月4日よりポレポレ東中野にて公開

10月11日より横浜ジャック&ベティにて公開

大阪十三 第七藝術劇場にて今冬公開予定

公式ブログ http://nomalabor.exblog.jp/