映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

「アラブ映画祭2008」は3月17日から<br>石坂健治(プログラム・ディレクター)インタビュー

現在、日本では数多くの映画祭が開催されていますが、映画祭の評価を左右する最も大きなポイントは上映される作品の選択=プログラミングではないでしょうか。世界中で製作された無数の作品から選びだすためには、映画の知識はもちろん、ジャーナリスティックな勘、映画的感性、各国の映画関係者とのつながりなど、様々な能力が要求されます。そんな厳しい仕事を担っているのがプログラム・ディレクターです。石坂健治さんは、国際交流基金在籍中から数多くの映画祭をプログラミングし、昨年からは東京国際映画祭「アジアの風」部門のプログラム・ディレクターに就任、それまでの枠組みと異なるプログラミングで大きな話題を呼びました。石坂さんにこれまでの活動と、最も新しい仕事となる「アラブ映画祭2008」について話していただきます。

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――「アラブ映画祭」の話をうかがう前に、石坂さんのプロフィールについてお聞きしたいのですが、映画に興味を抱くようになったきっかけは何だったのでしょうか。

小さい頃、映画を浴びるように見て育ったわけではないんです。大学は文学部でしたけど専攻は美術史で、ハリウッドも黒澤明もろくに見たことのない学生だったのですが、80年代だったのでご多分に漏れず蓮實重彦さんの影響で映画に興味を持つようになり、大学院から映画を勉強するようになりました。しかし、メジャーなほうへは行かず、アジア映画と日本のドキュメンタリーを追いかけていましたね。

――研究対象としてアジア映画と日本のドキュメンタリーを選んだ理由は何だったんですか。

十分に行き渡っているもの、制度ができあがっているものへの興味はあまりなくて、すごく面白いのに馴染みのないものを開拓していくことのほうにもともと関心がありました。今でこそアジア映画は「弱者」ではありませんけど、当時は応援する必要があると思ったし、ドキュメンタリーも、デモや集会で土本典昭さんや小川紳介さんの映画に接するところから入っているんです。だから、夢見るようにうっとり、という感じでは映画と接してこなかったですね。

――その後、国際交流基金に入られたんですよね。

当時の東京はアジア映画の上映環境が整ってなくて、各国大使館内での上映や、現地のビデオが入ってくるくらいでした。でも、そのうちに日本の側がアジアに目を向けようという雰囲気になってきて、ちょうどバブルに向かうときでしたから、いろいろな組織が立ち上がってきたんです。国際交流基金もアセアン文化センター(のちにアジアセンターと改称)を作ることになり、そこに入ったのが私にとって社会人生活の始まりでした。ですから、それまで興味があったことを仕事としてやり出したのが90年なんです。

――昨年から東京国際映画祭「アジアの風」部門のプログラム・ディレクターに就任されましたが、それまでの10数年は国際交流基金をベースに活動されたんですか。

完全にサラリーマンとして働いていました。国際交流基金のいちばん大きな仕事は日本文化を海外に紹介することなんです。映画だけでなくて、各分野の芸術やスポーツなどを海外に紹介したり、日本語教育などの仕事がメインなんですけど、アジアに関しては相互に交流しあわないといけないということで、アジア映画シリーズを始めたのが90年代初頭。その担当を18年くらいやりました。昨年、国際交流基金の外に出てフリーランスになりましたので、今年からは映画祭のチラシに「プログラム・ディレクター 石坂健治」と記載されてますけど、それまでは組織内の担当者として70件くらいの映画祭を企画しました。国際交流基金のポリシーとしては、優れているのに日本に紹介されていないものの優先度を高くしようということがありました。ですから、商業ベースで入ってくる韓国や中国ではなく、東南アジアや中近東に力を入れるようになって、私は現地まで足を運んで映画を探して、日本にもってくる生活をこの10数年やってきました。

――その間、様々な国の様々な作品を紹介されてきて、日本で流通している映画情報との齟齬は感じていましたか。

象徴的に言うと、98年に『ムトゥ 踊るマハラジャ』というインドの娯楽映画が話題になったんですけど、これは日本ではあまりに遅すぎた紹介だったんですね。それまではサタジット・レイのような歌も踊りもない芸術映画と呼ばれているような作品がインド映画だと思われていた。でも、現地で映画を見ていると全然違う。ヨーロッパの国際映画祭経由で日本に入ってくるものに我々は基準をおいて、ローカル映画については自分も含めて何も知らなかったんです。それもあって、私は映画祭に出品されるものと、現地で観客に受けているもの、両方に目配せする形が必要だと思うようになりました。それは今でも変わっていませんね。

――東京国際映画祭でのプログラミングによって、石坂さんのメッセージがより広い場所へ向けて発せられたように感じましたが、いかがだったでしょうか。

国際交流基金の映画祭はタイとかインドとか国別の企画が多く、規模もそれほど大きくありませんが、東京国際映画祭は巨大なイベントです。私のセクション「アジアの風」はアジア全体を広く見渡すパースペクティブが必要で、約30本の枠で何を見せるかという考え方でした。今までやってきたこととは全然違うけど、集大成的なものだとは思いましたね。

それで、「アジアの風」という日本語のセクション名は変わりませんけど、英語は「Winds of Asia」から「Winds of Asia-Middle East」に変えたんですよ。つまり「アジア・中東の風」ということですね。外国の作家がアプローチしてくるときの範囲を広げたわけです。結果としてレバノンやエジプトの映画もやりましたし、旧ソ連中央アジア、オーストラリアもやりました。

「アジア」は曖昧な言葉なんですよ。範囲もさまざまで、たとえば外務省のホームページを見るとパキスタンまでなんですよ。これは非常に狭いほうのアジア。パキスタンの隣りのアフガニスタンやイランは中近東に入る。逆に国際サッカー連盟FIFA)のワールドカップ・アジア予選の範囲はかなり広いですよね。中東の湾岸諸国やオーストラリアもアジアに入る。私のイメージもそれくらいの広さ。FIFA的なアジアで、プログラムしたいという感じですね。

――それはどういう動機なんでしょう。

9.11が大きいと思います。フィリピンのミンダナオ島インドネシア、マレーシアから帯になってイスラム国家が西に伸びているんですよ。そこは何とかフォローしたかった。ステレオタイプ的にイスラム=テロというイメージが横行しているけど、イスラムといっても全部違う。マレーシアもあればエジプトもあると。そうするには広い範囲に設定しないといけないんですよ。

――世界に対する日本人の感性が鈍いというお気持ちもあったんでしょうか。

日本はいまのところ平和な国だと思います。ただ、一歩外へ出ると、多民族共生の問題や宗教対立、それに伴う内戦とか、過酷な状況がいろいろあるわけですよ。そういうことに対する想像力がすっかり鈍っている。テレビの報道だと一面的に、イスラム=テロ、戦争となってしまうけど、映画はそこで暮らしている人々の生活や考え方を等身大で見せることができる。映画はかなり古いメディアになってきましたけど、まだまだその力はあると思うので、そこはかなりこだわりました。

――実際、上映してみて手応えはいかがでしたか。

会場の反応を見ると、新しい観客層を開拓するきっかけにはなったかな、と思います。映画ファンだけでなく、もっと世界を知りたいとか、アジアとどう付き合ったらいいのか考えたいとか、そういう興味に応えられるラインナップにはなったと思います。もちろん、エドワード・ヤンの追悼とか、韓国のキム・ギヨンの再評価とか、映画人として絶対にはずせない企画もやりましたが、基本的には地勢学的に映画を捉えていきたい気持ちが強いですね。

――昨年、「アジアの風」で上映された『砂塵を越えて』(イラククルディスタン=フランス/シャウキャット・アミン・コルキ監督)という映画を見に行ったんです。フセイン政権崩壊直後の混乱を描いたヘヴィな映画で、気詰まりなまま映画館の外に出ると、自分がいまいる場所が六本木ヒルズであることに気付くんですよ。映画とのあまりの違いに何なんだと。この落差を体験させることが映画祭の意図なのかと一瞬思いました(笑)。

あれもイラクの国内情勢がよくわかるでしょ。クルド人にとっては、アラブ系のフセインは敵だったので、アメリカ軍と共闘してバース党を倒したわけ。監督のパスポートは「イラク」ですけど、イラク映画というと監督は「違う」と言うんです。クルディスタンは国ではないから作品紹介では、イラククルディスタンと記載したんですけどね。そういう意味では、対立している者同士が「許し」をどう考えるかが、裏のテーマとしていろいろな映画で共通していたと思いますね。

――あと、同プログラムの『スーツケース』(中国/ワン・フェン監督)も素晴らしい作品でしたね。

これも面白い試みで、雲南省が資金を提供して女性監督10人に1本ずつ撮らせるプロジェクトが進行中で、『スーツケース』はその2本目なんですよ。中国も北京の映画局がいちおう管理しているけれど、地方自治体というか省はかなり自由に映画作りをさせるようになってきてますね。中国は地方も見ないとわからないですよ。

――それぞれの国の情報を集めて、作品を選ぶというのは作業として大変だと思うのですが、どのようにされているのでしょうか。

私に優位な点があるとしたら、国際交流基金にいたときに各国とのネットワークを作ったことですね。いくらインターネットの時代になっても、信頼できる友達とか映画人とのホットライン的なネットワークをどれだけもっているかが大事なので、そこはすごく助かってます。逆に言うと、彼らは日本映画の情報を欲しがっている訳ですけど、いま日本映画が多すぎるのでなかなか大変なんです(笑)。

――そして、石坂さんの最も新しいお仕事が、3月17日から始まる「アラブ映画祭2008」のプログラム・ディレクターになるんですよね。「アラブ映画祭」は今年が4回めということですが。

9.11やイラク戦争のあと、テレビ報道だけで中東を理解するのはまずいのではないかという機運が高まり、2005年に始めたんですが、お客さんも支持してくれたので毎年やろうと。最初は、イラクとかパレスチナの映画を集められるのか不安でしたけど、始める前年にパリに調査に行ったんです。アラブ世界はフランスの旧植民地が多くフランス語圏がかなり広がっていて、アラブ映画はフランスが出資して作られることが多く、作品のお披露目もアラブ映画祭みたいな形でパリで行われることが多い。そこへ行ったら、亡命しているイラクの映画人たちが20人くらい集ってイラク映画の復興を訴えるシンポジウムが開催されていて、フセイン時代の以前はイラクは映画大国だったというのがわかったんですよ。国外に散らばっていた作品も集まりだしていて、だったらその流れに乗って日本でもやらせてもらおうと、2005年4月にイラク映画の回顧展をやったのが1回目でしたね。それ以降は新作を定点観測的に追い掛けるのと同時に、国別の特集をやろうと。ただ毎年はきついので、特集は奇数回と決めて、1回めはイラク、3回めはエジプトをやりました。今年は4回めで谷間なので、新作のほかにアンコールという形でこれまで蓄積したものを上映します。

――逆に初めて見に行く人達にとってはちょうどいい機会になりますね。

そうですね。いろんな国があるし、いろんな形の作品がありますので。

――チラシを拝見すると、「新作パノラマ」や「アラブ映画祭2005-2007アンコール」のどの作品も面白そうで、もちろん全作品見るのが理想だと思いますが、アラブ映画を見てこなかった人達にお勧めしたい作品はあれば教えていただけますか。

特別上映される『BOSTA(ボスタ)』(レバノン/監督:フィリップ・アラクティンジー)はレバノンの映画で、いずれ日本でも公開されます。レバノンというと政情不安定な面ばかりマスコミで報道されますけど、じつは音楽とか踊りが豊かな国なんですよ。この作品は伝統舞踊をやっている人達がニューウェーブを取り入れようとしてその世界で受け入れられず、バスに乗って地方に行って歌って踊る内容なんですが、インド映画的なミュージカルシーンもあって、報道されるレバノンの一面的なイメージを覆す意味でも面白いと思います。

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『BOSTA(ボスタ)』

【上映】3月17日(月)17:30~ 草月ホール

それとドキュメンタリーも中東はかなり面白くて、私の考えとしては先入観で植え付けられた紋切り型を壊すような作品をやりたいんです。『満月』(ヨルダン/監督:サンドラ・マーディー)という作品は、パレスチナ難民キャンプに住むアラブチャンピオンのボクサーを追いかけたものです。イスラエルの選手との対戦を拒否した結果、試合に出られなくなってしまった主人公のインタビューが心を打ちます。これも「アラブ対イスラエル」という単純な図式の貧しさを教えてくれます。『VHSカフルーシャ~アラブのターザンを探して』(チュニジア/監督:ナジーブ・ベルカーディー)は、70年代アメリカ映画に魅せられ、イーストウッドを師と崇め自作自演の映画制作に取り組むさまを、その外側から撮っているドキュメンタリーで、これも、一人の映画狂に密着することで「アラブ対アメリカ」という単純な図式が相対化されていく。

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『VHSカフルーシャ~アラブのターザンを探して』

【上映】

3月18日(火)16:50~ 草月ホール

3月23日(日)11:30~ OAGホール

両日とも『満月』が併映される

あと「アンコール」では、『テロリズムケバブ』はアラブで過去20年でいちばんヒットした作品です。前半は黒澤明の『生きる』みたいに役所でたらい回しされたおじさんがふざけるなと怒ったところ、ちょうど警官から銃を奪う形になり、テロリストというレッテルをはれれて役所に立て篭ることになってしまう。『生きる』だったら、余命いくばくもない主人公が自ら動いて公園を作るという心優しい話になるけど、『テロリズムケバブ』は普通の市民が「テロリスト」になってしまい、そのあとが実にアラブ的で『生きる』とは全く違う展開になるところが面白いですね。

――私もぜひ足を運びたいと思います。どうもありがとうございました。

(取材・構成:武田俊彦)

「アラブ映画祭2008」

3月17日(月)~19日(水)草月ホール

3月23日(日)~25日(火)OAGホール

★上映作品/タイムテーブルは公式サイトまで

http://www.jpf.go.jp/j/

★お問い合わせ

「アラブ映画祭2008」事務局(ぴあ(株)PFF事務局内)

TEL.03-3265-1433 月~金10:00~18:00(平日のみ)

★ 会期中のお問い合わせ

TEL.080-3386-3090