映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

■試写室だより『ジェリーフィッシュ』<br>今年のベスト有力候補

 07年のカンヌ国際映画祭カメラ・ドール(最優秀新人監督賞)受賞作と『アワーミュージック』の主演女優が出演という前情報のみで観てみた作品だが、これが素晴らしかった。イスラエル映画で、監督は公私ともにパートナーであるエドガー・ケレットとシーラ・ゲフェン。エドガー・ケレットは短編の名手や絵本作家として知られ、去年の映画でトム・ウェイツが出演している『Wristcutters: A Love Story』はケレットの短編の映画化である。今までにも脚本を何本か手掛け、短編も監督している。シーラ・ゲフェンは詩人であり、劇作家でもある。

ジェリー.jpg

 今作はゲフェンのオリジナル脚本で、二人の知り合いの監督にその脚本を見せたら、あまり評判がよくなかったが、脚本の内容に自信があったので短編の監督の経験がある夫のケレットと共同で監督をしている。内容はテルアビブを舞台に『ショート・カッツ』、『マグノリア』、『クラッシュ』のように群像劇でありながら、少しずつ登場人物が交わっている趣向だ。海岸で不思議な女の子に出会った結婚式場のウェイトレスの女性、新婦が足を骨折したためにハネムーンが近くのホテルになってしまった新婚夫婦、子供を残してフィリピンから出稼ぎに来ている老人ヘルパーの女性の三組の主要人物を軸にストーリーが展開していく。こういう『ショート・カッツ』形式の映画は、無理にエピソードをつなげたり、エピソードがわざとらし過ぎると観るに耐えないものになるが、今作はそのサジ加減が実に絶妙に出来ている。性急にエピソードを進めようとしないでワンクッション置いたり、予想外の展開をうまく配置くしている点も高く評価したい。82分の上映時間ながら、濃密な時間を体験できる。寓話的な面も多分にあるが、作り手の人生洞察と登場人物を見つめる視点がしっかりしていて実に見応えがある。

 ケレットはジェフリー・ラッシュやアンソニー・ラパグリアが声優を務めるアニメ『$9.99』(08)の脚本を担当しているので、こちらも楽しみにしたい。アンソニー・ラパグリアで思い出したが、オーストラリア出身のラパグリアが主演したオーストラリア映画『Lantana』(01)も『ショート・カッツ』形式の映画で海外で絶賛された作品だった。オーストラリア映画祭で上映された時に観たが、『ジェリーフィッシュ』のように絶妙なサジ加減の映画だった。映画祭の上映以外では、シネフィル・イマジカで放映されただけなのが残念な作品だ。

 『ジェリーフィッシュ』は、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』、『パラノイド・パーク』、『潜水服は蝶の夢を見る』などと並んで早くも今年のベストの有力な1本になった。

text by わたなべりんたろう(ライター)

ジェリーフィッシュ

監督:エドガー・ケレット シーラ・ゲフィン

脚本:シーラ・ゲフィン

出演:サラ・アドラー ニコル・ライドマン ゲラ・サンドラー ノア・クノアー マネニータ・デ・ラトーレ

2007年/イスラエル=フランス/82分

配給:シネカノン

3月15日(土)~渋谷シネ・アミューズほか全国順次公開

<公式ウェブサイト>

http://www.jellyfish-movie.com/