映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

演劇を観よう3<br>溝口真希子(劇作家・演出家)インタビュー

2006年7月、ポツドール特別企画として上演された『女のみち』は、撮影現場に集まったAV女優たちの人間関係をリアルに描き、高く評価されました。脚本・演出は溝口真希子。ポツドール旗揚げから役者・制作として参加。2000年には映像作品『はつこい』を主宰の三浦大輔とともに共同監督し、PFF審査員特別賞を受賞。近年は「ペヤングマキ」名義で数少ない女流AV監督としても活躍中です。そんな異色の経歴をもつ溝口さんに、これまでの活動と12月5日~9日まで赤坂REDシアターにて上演される新作『女の果て』についてうかがいました。

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――長崎県出身ということですが。

高校までは長崎で、大学から東京ですね。演劇も東京に来てからです。演劇はずっと興味あったんですけど、それほど盛んでもなかったので、高校では放送部に入っていましたね。

――ポツドールは旗揚げから関わっていますが、主宰の三浦大輔さんと一緒に結成したんですか。

一緒というわけでもないんです。早稲田大には演劇倶楽部という演劇のサークルがあって、そこでは自由に劇団を立ち上げたりできるんですけど、同期の三浦君がホンを書きたいということで、私が役者やスタッフとして参加したということですね。

――初期は役者や制作をやられたとのことですが、演技するのが楽しかったんでしょうか。

最初は役者をやってたんですけど、変に自分を客観的に見過ぎちゃって演技するのが恥ずかしくなってきたんですよ。それで向いてなかったのかなと思ったり(笑)。

――『はつこい』という映像作品を、三浦さんと共同監督された経緯は?

大学を卒業するかしないかのしばらく演劇を休んでいた時期に、三浦君が映画を撮りたいということで始めたんです。脚本は三浦君が書いて、撮影と演出は私と共同でやりました。あの時期は芝居でリアリティを追求していたので、映像ではドラマっぽくして過剰なキャラクターがいっぱいでてくる方向でいこうと。リアルな感じの映画はいっぱいあるので、あえて過剰なことをやろうと思ったんです。

――『はつこい』を撮影して映像に目覚めて、AVの世界に入ったのでしょうか。

たまたま時期が重なってますけど、そういうことではないんです。大学卒業後、演劇やりながらフリーターをやっていて、生活が厳しいというのもあったんですけど、たまたまAV監督の平野勝之さんとかバクシーシ山下と知り合いになって、面白いなと思って、そういう業界に興味を持ったというか。最初はアルバイトでやりながら演劇を続けようと思ったんですけど、人手が足りないらしくて、とりあえず社員でと言われて。こっちも飛び込んじゃった手前、あまり深く考えずにまあいいかって(笑)。気付いたらもう7年以上になりますね。

――AVの仕事は大変だと聞きますが。

テレビほどではないと思いますけど、ADは大変ですね。何度もやめようと思いました。最初の会社に4年くらいいたんですけど、AD時代が長く、男社会で女のスタッフもいなくて精神的にはきつかったですね。でも、面白かったので続いたというか。

――どういうところが面白かったんですか。

その頃は、ドキュメンタリーというか、人間を掘り下げて描く作品を会社が撮っていた時期で、いろんな人を見ることができたんですよね。ふだん会えない人とも会えたし。

――AV業界に入ったときは監督志望だったんですか。

とりあえず好奇心のほうが先だったので、何を撮りたいのかわからなかったですね。たまたま女だからレズものがいいんじゃないかと言われて、ナンパものを撮り始めたんですよ。実際に街に出て、女の子をナンパするところから始めて。それが面白かった。最初から出るという意識ではなくて、普通に歩いている人が出ちゃう瞬間をそのまま目撃するみたいなことですよね。それがとっかかりになって今に至る感じです。

――監督にとってAVの魅力はどんなところにあるんでしょうか。

最近、AVがレンタルからセルに移行して、人間を描くドキュメンタリー的なものは作りにくくなってきたんですけど、裸をただ撮るだけでもその人の何かが見えるのが面白いですね。実際にAVを買っている人のニーズは別のところなんでしょうけど。

――演劇と映像の違いについてはどうお考えですか。

映像は編集でどうにでもなりますよね。撮影しているときは現実を撮るけど、編集段階で意図的に別のものを作れてしまう。演劇だと、見てきたものを舞台上で生身の人が再現するという意味では、全然別の作業です。

――AVの世界に活躍する一方で、昨年七月、『女のみち』で演劇に戻ってきたというか、脚本・演出を初めて手がけられましたよね。AV業界に入られてからも、いつかは演劇をやりたいという気持ちはあったんですか。

AV業界に入ってからのほうが、こういう演劇をやりたいというのがすごく出てきたんです。性格的につい撮影現場で観察しちゃうんですよ。それに対して、自分だけ安全な場所にいて何を傍観しているんだ、と言われたりもしてました。でも、AVでは裏側は描けないけど、自分のなかではそっちのほうが面白いのになあというのがあったんですよね。

――それを描くのには映画とか小説よりは演劇が合っていると感じたんでしょうか。

元々とっかかりが演劇だったこともあるんですけど、映画みたいにこういう画で撮りたいというのがなくて、AVの仕事していてもそこが抜け落ちてるなあと。人には興味が向くんですけど、こういう画で撮ったほうが効果的だとかはあまり考えないので、怒られたりしたんです。そこでまた向いてないのかなあと落ち込んだり……。そういう意味でも、演劇は生身の人間がそのまま出てきてカット割りもないから、自分に向いてるんじゃないかなあと。

――ポツドールとして公演しましたが、三浦さんと比較されるプレッシャーはなかったですか。

それはないですね。逆に、三浦君と面白いと思う方向が近いとずっと思ったんですけど、女の人には興味がないなあというのが引っかかっていたので、そういう視点ならポツドールでできるかなあと。

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『女のみち』【撮影:曳野若菜】

――初めての脚本執筆と演出はいかがでしたか。

大変だったですけど、思っていたよりは楽しかったですね。とりあえずやりたいことを詰め込もうと思って、勢いでできてしまったので。芝居はホンができてないところで稽古が始まって、みんなの様子を見ているうちに内容が膨らんでいく過程が面白いですね。稽古初日は最初のシーンのたたき台だけがあって、稽古していくうちに作っていく。決められた世界にあてこむんじゃなくて稽古期間中も進行していく。本番2週間くらい前に物語の最後がやっとできる感じですね。

――登場人物はみなAV女優でしたが、溝口さんを彼女たちをどのように見ていたのでしょう。作品を拝見したときに、クールなんだけど優しさも同時に感じたので不思議な距離感だなと思ったのですが。

最初は、なんでこの人たちはAVに出るんだろう、自分とはかけ離れた思考の持ち主だと思っていたんですけど、ずっと見ているうちに出るか出ないかの差はあるけど、自分にも思いあたる部分もあるし、演劇で関わっている女優さんたちの人間関係とも似ているなって。特殊な世界を描きたかったわけではなくて、AVでもこういうことは起きているんですよと提示したかった。役者に設定を話したときは、私はAVの世界を知らないし見たこともないからできないとか言われましたね。でも、AV女優を演じてもらわなくても、そこにいてもらえればいいと思っていました。

――傍観と愛情がどういうバランスで並存しているんでしょうか。

傍観しているようで変に感情移入してるところもあるんですよね。『女のみち』に関しては、全部のキャラクターに自分を投影しているし、いままでも見てきた女優さんも入っているし、半々ですね。

――いろんなタイプの演劇がありますが、溝口さんがこだわっているところはどこでしょうか。

役者個人から出てくるものをすくいとるところですかね。役者を観察して、最初にこの人はこうだと当てはめて書いている部分と、もしかしたらこういうところもあるのかなあと予想で書いている部分があって、予想で書いた部分が稽古をしている間に本当にその人から出てくるんです。ごねる人は本当にごねだしたり(笑)。虚構の世界なんですけど、現実とリンクする感じがうまく出れば面白い作品になるかなって。

――そういう瞬間には、そら見たことかって感じですか(笑)。

えー、ホンのまんまじゃんみたいな感じで、鳥肌が立ちますね(笑)。AVで毎日いろんな人を見てきたので、そういう勘は鋭くなったのかもしれません。パッと見の印象で判断する癖がついてしまって。でも、意外と外れてないんですよね。

――AVは撮影が短いですよね。当日集まって、撮影して解散。芝居は1~2ヶ月毎日のように集まって稽古する。作り方の違いについてはどうお感じになってますか。

AVは瞬発力が必要ですね。知り合って、プライベートはこうなんですよと話したりして、徐々に相手を知っていく過程が1日に凝縮されるんですよ。今までの男性経験人数を会ってすぐに聞いて、すぐに脱いでしまう。それに対して、芝居は、飲みにいって話したりしながら稽古を繰り返して、途中で停滞したときには、それをどう盛りかえしていくか考えたりするのが面白いんです。本番がすべてというのもAVにない魅力ですね。いくら積み重ねても本番にベストのものが出せなければ意味がない。その本番に向かって変なテンションがあがっていくのが、ほかのジャンルにはない魅力ですよね。

――役者時代と、いまの脚本・演出では、高揚感は違いますか。

役者のときは自分のことだけで精一杯だったんですけど、演出だと役者に好きなことが言えるし、逆に自分が役者としては不器用なほうだったので、不器用な役者の気持ちがわかってしまって、あまり責めたててもいい方向にいかないのがわかる。だから私の場合、その人がやりやすい方向へ持っていこうという演出なんですよ。できない人にやさしい(笑)。三浦君はストイックで厳しいから、人格否定するくらいに役者を追い込んでいく。安藤(玉恵)さんみたいな演出家に対抗していく力のある女優さんはいいんですけど、不器用な女優さんも多いので、そういう人は参ってしまう。それは見てかわいそうだなと思ったので、自分は違うやり方をしようと。

――なるほど。そして、いま稽古中の『女の果て』です。プレスリリースには「恋愛」がテーマだと書かれていますが、これは『女のみち』を作ってから生まれたテーマだったんですか。

そうですね。その部分はそれほど突っ込んでなかったなって。自分が興味あることっていったら、やっぱり恋愛なので。

――傍観者的な部分と恋愛で心が揺れる部分が同居しているんですか。

でも、今回は前作よりも傍観にはならないんじゃないですか。テーマがテーマなので。

――どういう感じで稽古は進んでいますか。

ホンの空気をつかんでもらって、修正している段階ですね。前回よりテーマのせいかもしれないけど、自分のなかで恥ずかしい部分が思い切り出ていますね。前回はあとで見直したら、喜劇っぽくなっていたので、あれ?って思って。恥ずかしい部分と対峙したい。本当に恥ずかしく見えると寒いことになっちゃうので難しいんですけど、笑いに逃げちゃうのはいやだなって。

――どういう内容でしょうか。

性風俗業界を舞台に繰り広げられる男と女の恋愛模様です。

――「ストーリーに寄りすぎず、ある状況に置かれた人間の状態・心の動き、場の空気・緊張感を重視した芝居にしたいと思ってます」とプレスリリースでは書かれていますが。

『女のみち』は意外とストーリーを語っているなとあとで思って。状況に生身の人間をポンと置くところに芝居の魅力を感じるので、今回はそっちをやりたい。でも、ホンを書いているとストーリーが出てきてしまうし、その中でどう状況を見せていけばいいのか、いま模索中なんです。

――恋愛映画だと、「出会い」から、「交際」「別れ」というように男女の関係がどんどん変わっていくケースが多いですから、確かにストーリーに依拠しないとなると難しそうですね。劇場がシアタートップスではなくて、赤坂REDシアターというのは?

たまたまなんですけど、大劇場でもなくて空気が伝わるいちばんいい広さで作品にすごく合っていると思いますね。

――『女のみち』はAVの撮影現場を再現した美術に驚いたんですけど、『女の果て』の美術も凝ったものになりそうですか。

『女のみち』は撮影現場でしたけど、今回は生活感も出したいので前作以上に部屋の空気感を出さないといけないと思っています。それをきちんとリアルに伝えたいですね。衣装もキャラクターと合ってない服を着てると気になってしまうんですよ。だから、衣装もかなり選ぶほうですね。

――2作目ということでプレッシャーはありますか。

『女のみち』は1作目なので何も考えずにできたたんです。とりあえずやりたいことができた。でも、2作目となると興味の方向が似通っているので、作っていく過程は大変ですね。1本目と違うものをと考えても出てくるものは結局変わらないから、いまの自分が出せるベストのものを、と思っています。前回よりはディープだと思います。最近、自分がヘヴィなのでそれが反映されそう(笑)。

――『女のみち』を拝見したときに、何の根拠もないんですが、映画や小説でも才能を発揮できる方だと思いました。ご興味はありますか。

演劇では恥ずかしくてできないことが小説ではできそうな気がするので興味はありますね。映画については、映像を仕事しているのによくないんですけど、何を作ればいいのかいまは思いつかないです。普通になってしまいそうで、難しいですね。

――ありがとうございました。『女の果て』楽しみにしております。

(11月17日/取材・構成:武田俊彦)

【公演情報】

ポツドール「女」シリーズ第2弾

『女の果て』

脚本・演出:溝口真希子

出演:米村亮太朗 白神美央 羽柴真希(ペテカン) 水野顕子(アーノルド) 岩本えり(乞局) 安藤聖 玄覺悠子 尾倉ケント(アイサツ)

2007年12月5日(水)~9日(日)

赤坂RED/THEATER

前売チケット発売中

問い合わせ

ポツドール 

TEL 080-5487-3866 

http://www.potudo-ru.com/