映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

『ひかりのおと』 <br>山崎樹一郎(監督) 桑原広考(プロデューサー)インタビュー

 近年、インディペンデント映画勢の活躍が目立つ東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門。『ひかりのおと』はそこで注目を集めた作品の一本だ。監督自身がトマト農園を営み、生活する岡山県真庭市を舞台に撮影し、製作過程でその地の人々が多く携わり、また出演もしている「地産地生」の映画。間違っても「ご当地映画」と呼ばれる作品にある疑わしい幸福感は無く、ただし「田舎」の持つ闇に焦点を当てた映画とも明らかに異なる。いわゆる自主映画に散見される「手作り」ということを意識させてしまう脆さと、牛の出産シーンを始めとした「生々しさ」「リアル」という言葉に収まらない衝撃を与える瞬間とを同居させてしまう希有な作品であり、真の荒々しさが本作を見た人の記憶に焼きつけられる。いま本作は、製作された岡山で監督・プロデューサー自身が巡回上映を行っている。来年1月25日から2月5日まで開催される第41回ロッテルダム国際映画祭Bright Future部門への正式招待も決まり、通常の映画の枠に留まらない展開を今後も続けていくことが予想される。  監督の山崎樹一郎氏、そして積極的な上映活動で注目を集めた『へばの』(09 木村文洋)にも携わったプロデューサー、桑原広考氏のインタビューを掲載する。映画祭での上映を終えた祝宴の席の片隅で話を聞いた。 (取材・構成:中山洋孝) ひかりのおと.jpg 左より山崎樹一郎、桑原広考(敬称略) ※岡山での巡回上映への招待券を抽選で2名様にプレゼントします。詳細はインタビューの最後に掲載いたします。 ――まず山崎さんが京都から岡山へ移り、映画を撮られるようになった経緯からお聞きしたいと思います。 山崎 京都のインディペンデント映画の界隈にいたけど、あまり撮ってはいなかった。8年くらいいて、ふと「食べ物はどういうかたちでつくられるのか」全然知らないのに気づいて。種からどういう形状して、どういうふうにぶらさがってるのか、どういう気候があってて、どの時期に種蒔いたらいいのか、知らないでしょ? それってどうなん?って思って。 ――映画作りをする上でですか? 山崎 生きてく上で。父親の実家が岡山の真庭なんだけど、そこへ行って農業を習得しようと思った。それができなかったら、僕にとっては作品なんて作られへんって。  映画に理論と実践があるように、農業もそうで。理論上だけわかっても仕方が無い。実践しないと自分の実体験としての積み重ねにならない。 ――岡山へ移られてから、08年に第1作『紅葉』を撮られます。 山崎 岡山行ってから2年目くらいに撮り始めたんだけど、その間は映画に関わるようなことは何もしなかった。『紅葉』やったのは、映画をやるためには、まずその地域の仲間を集めようと思って。要するに『ひかりのおと』のような映画をいきなり僕はつくることができないから。  東京の人が岡山へ来て、岡山で撮って、東京へ帰って上映するってのは、岡山にとって何にもならないっていうか、文化として残らない。ただの「搾取」というか。そういう映画がたくさんあって、寅さんの碑が建ててあって、『男はつらいよ』のロケ地とか書いてある。あれに意味はないけど、ただ地域としてはすっごい協力とか応援をしてるわけで。うちらはうちらの映画を、地域の人と一緒につくってる。 ――今回、プロデューサーとして桑原さんが関わられた経緯をお聞かせください。監督補に木村文洋さんのお名前も上がっていますが、お二人は『へばの』(09)のプロデューサーと監督をされています。公開時、『へばの』の積極的な上映活動は多くの評判を呼びました。 桑原 2008年の第四回岡山映像祭に、その頃はまだ劇場公開してなかった『へばの』も呼ばれたんですね。そこで一緒に山崎さんの『紅葉』も上映されたんです。もともと山崎さんと『へばの』の監督の木村君は京都時代に同じところで映画の修行をした仲間というつながりもありますし、僕の大学時代の同期が、岡山映像祭の企画をしてた事務局にいたんです。そういうつながりもあって、イベントが終った後打ち上げで盛り上がって、岡山で映画を撮ろうってなったのが発端です。 ――『へばの』と山崎さんの活動が結びついたわけですね。 桑原 全然違う場所で育ってきたし、僕はそんな地方の人間じゃないけど、映画に対する作り方や考え方が凄く共感できたし、作品も似てる部分があると思いました。 hikarinooto_main_01.jpg ――撮影期間はどの程度かかりましたか。 桑原 最初の年は10日くらい、年末年始で撮ってます。その後に編集しているうちに、もう1回撮り直そうって決めて。次の年末年始に1週間くらい撮影して、その合間にも細かい撮影をしてるから、たぶん日数的には20〜25日間くらいにはなりますね。企画段階から考えると、2年半くらいかけてやっと完成しました。 ――『紅葉』から引き続き主演の藤久善友さんは農作業をされてるかたなんですよね。藤久さんと出会われたのはどのような経緯でしょうか。 山崎 5年半前農協でバイトしてたときの上司だった。あんな山の中で、彼のような若い青年が農作業をしてる。しかもその所作が凄く美しい。それをなんとかして映画にしたいと思って撮ったのが『紅葉』で、その最初の思いと、今回の『ひかりのおと』の思いはそう違わない。やっぱり彼を撮りたい。あの土地+藤久で映画をつくる。最初からその考えは桑原と一致してた。 ――今回は『紅葉』とは違いオーディションをされたと聞きました。 山崎 オーディションをやるからにはプロも来るわけで、『紅葉』で失敗したと思うところに、やっぱり演出しきれなかったというか、制しきれなかったというのが反省点としてあった。だから経験ある人とやりたかったっていうのはあるし、たぶん桑原プロデューサーとしても、現場的にも、そっちのほうが良かったと思う。 桑原 でもプロの人とやろうということで始めたわけではなかったんですね。オーディションしたときに、基本ベースに岡山出身であること、岡山弁が使えること、この2つはありました。ヒロインの役だけは、外から嫁いで来たという設定があったから、そこは別に東京でもどこの人でもいいというスタイルでしたが。自主映画に出てる人や、それこそ事務所に所属してる人も候補に上がりましたし、普通に地元で働いてる女の子や定年退職した人とかも来て、その中から役にあう人を選んでいきました。 ――この映画は地方を描いていながら、都市と地方の対立、そこでの「しがらみ」を描くことに比重を傾けた作品ではないところが興味深いんですが……。 山崎 「しがらみ」っていうのはストーリーや台詞だけで表現するものではなく、風景だったり、こちらの意図してないところからも感じられる。「しがらみ」はひとつやろうとしたモチーフであるわけだし、ある土地について考えると、自ずとそこを見つめざるを得ない。実際住んでるからこそ描きたかった「しがらみ」が僕のなかではあるわけだから。彼女の働いてるスナックなんか、異様やん。でも実際にあの店はママが営業してるわけで。実際見に行くと、本当照明とか真っ赤っかだから。1回目行ったらたいていみんなびっくりする。時代と土地を凄く感じる。 ――しかし「ドギツさ」と言っていいんでしょうか、そのようなショックをあのバーのシーンから感じることはできなかったのが正直な所です。 山崎 営業中を見たら「なんじゃこりゃ」ってなるような場所なんだけど、あの地域では、あれが普通の状況なわけで。だから撮ることで誇張するものでもないし、その場をただ単に撮ってるに過ぎないから、「ドギツさ」とか感じさせようとは思っていない。真庭で撮ったから映り込むものはあるだろうし。あの場所にしかない何かを観客に見て欲しいのだから、それでいい。  あの映画で描いたしがらみとか人間関係は、いま一緒に暮らしてる90の婆さんから、彼女の過ごしてきた60年間の真庭の蓄積を聞いて、そこから反映させている。 hikarinooto_main_05.jpg ――終盤の家族による登山のシーンですが、それまでの撮り方に比べ、人物の配置の仕方など不自然といいますか……。 山崎 あの撮り方でいいって、思ってるのね。最後を画だけで見せていくっていうか、7人並んだ「戦隊ショット」っていうか(笑)。あそこを丁寧にしようと思えば出来るんだろうけど、現場的にも出来ない状態ではあった。それで終らしちゃうっていうのは、僕自身にとって良くないのかもしれないけど。でも最後はねちっこくやりたくないし、パンパンパンって終らせたいんだよね。 桑原 あのショットはスタッフ、キャスト、本当にみんな山に登ってるんです。それまでの道中は相当苦しくて。でもそれがわかりづらいショットではあります。普通に平地でやるのと変らなくも見える。登り切ったときには日の出の時間帯じゃないんです。なので日の出の映像はまた別の日に撮ったもので、家族の浴びている陽の光は照明をあてています。 ――反面、牛の出産シーンは非常に時間をかけ、生々しく捉えようと追求された印象を受けます。 山崎 やんなきゃいけないところと、やらなくてもいいところは割と僕の中では明確です。出産のシーンは絶対に必要なシーン。あれを省略するやり方もあるんだろうけど、僕には出来ない。あそこがないとあの映画は成立しない。登山はあれで良かったし、出産のところはあれじゃないとダメだった。フィクションだから許されるところ、許せないところが明確にあって、僕が農業に携わっている証明に、あの牛の出産は当たる。さらにこうやってその土地の人と一緒に作っている以上、あの場面は絶対に外せない。 ――『ひかりのおと』というタイトルの由来を教えて下さい。 桑原 岡山に入って、いろんな人に会うと、このタイトルのことを凄くいっぱい聞かれますね。いろんな候補があったんですよ。「陽光」や「牛飼いの歌」とかいろいろ出た中で、真庭に住んでるプロデューサーの加納(一穂)さんが持って来たタイトルが『ひかりのおと』です。たしかに意味は抽象的でわかりづらいんだけど、映画自体、抽象的なところもあります。でもとらえにくい問題を、解決ではないやり方でもって、どう前に進もうかという映画だと思うんですよ。山崎さんが常に話しているように、酪農家を含め農家にとっての生命を感じる「ひかり」があれば、どんな苦しいことがあったってやっていける。物凄く細かい、小さな話の積み重ねのなかで希望を掴もうとする。その希望に耳を傾けたい。主人公は自分の生きる上での希望を、ラストに太陽のひかりを浴びた時に感じとった。「これでいいんだ」っていう。彼があの場所で生きるっていうのはそういうことだと思います。 ――今回の岡山での巡回上映ですが、会場は映画上映用の場所だけではありませんか。 桑原 上映設備のあるところもあるし、中には一切無い場所もあるので、機材を全て持ち込んで、自分達で映写もしながら上映します。 ――岡山後の上映の予定は既に決まっているのでしょうか。 桑原 既に別の地域から上映したいって話はいろいろ来ています。岡山での上映から始めようって決めてたんで、他の上映は巡回が終わる3月以降にさせてもらいました。そういうお誘いが映画館だけじゃなくて、それこそ地元の酪農の組合とか、畜産系の研修会でみんなに見せたいとかも来てるんです。出来るだけ自分達で行って、自分達で上映して、映画を観た人と話す、その場所の人達とコミュニケーションをする、そういう上映を希望がある限りは続けていきたいです。もちろん東京、大阪での劇場公開も、どういうやり方かはまだわかりませんが、やりたいとは思ってます。もしかしたら映画館でなくなる可能性もあるかもしれません。誰か手をあげていただければ、断る話ではありませんが。もしかしたら東京で巡回上映するのも面白いかもしれない。 hikarinooto_main_02.jpg ――差し支えなければお聞きしたいのですが、予算的にはいくらくらいかかりましたか。 桑原 本当に実費だけで言えば200万。監督含めプロデューサー陣で出し合ったっていう感じです。でも地元の人の協力だったり、スタッフ・キャストの協力だったり、もう見えない予算がたくさんがあります。 ――山崎さんのトマト農園の収入もふくまれるわけですよね。 山崎 勿論。 ――映画でも主人公は「二足の鞋」を履いているわけですが、山崎さんも……。 山崎 なんか嫌やな、「二足の鞋」って言い方は。 ――しかし前作の『紅葉』も含め、山崎さんの映画の主人公は「二足の鞋をいかに履くか」ということを選択されているのではないでしょうか山崎 実際言われる事は多い。僕もそういうプロフィールなわけですし。でもそれが僕のエネルギーの中心というわけではない。それよりも山の中に生きている、本来なら映ることのないであろう人達、山のなかで農業やってる若い人間達を撮りたい。彼らが二つのことをやっていようが、ひとつのことをやっていようが変わりない。 ――山崎さんは先ほど「搾取」という言葉を使われていましたが、この点が「地産地生」の映画作りの話と結びつくのではと思います。最後にもう少し詳しくお聞かせ下さい。 山崎 映画の本来ある面白さって何なんだろうって言ったら、最初は「自分が映ってる」であったり、「自分達の住んでる場所が映ってる」であったり、自分達が映画を作ることであったりすると思うのね。遠い世界の話を見るための映画とはまた違う。リュミエールの頃の、単純に自分達とその周囲を撮ったような映画って、一番楽しめるのは、その地の人やと思うのね。ある土地でみんな一緒になって作ったものを上映する、そこには映画の別の楽しみ方がある。いま「誰でも映画に参加出来るんだよ」って状況じゃないじゃん。どんな人にとっても、自分が少し映ってるとかさ、嬉しいじゃん。自分がここに置かれてる花瓶を持って来たとかさ、嬉しいよね。そういうかたちの映画のありかたをいまやろうとしてるし、ああいう場所だからこそできる気がしてる。 映画『ひかりのおと』予告編 『ひかりのおと』 監督・脚本:山崎樹一郎 プロデューサー:桑原広考 加納一穂 岡本隆 撮影:俵謙太 照明:大和久健 録音:近藤崇生(丹下音響) 大森博之 音楽:増岡彩子 監督補:木村文洋 演出助手:兼沢晋 進巧一 特別協力:三浦牧場 製作協力:シネマニワ 製作・配給:陽光プロ 出演:藤久善友 森衣里 真砂豪 佐藤豊行 中本良子 佐藤順子  辻総一郎 坂本光一 大倉朝恵 浅雄 涼 大塚雅史 2011年/16:9/HDV/89分 【監督プロフィール】 山崎樹一郎(やまさき・じゅいちろう) 1978年大阪出身。岡山県真庭市在住。学生のころ京都国際学生映画祭の企画運営に携わる。大学卒業後、映画監督・佐藤訪米の経営する「祇園みみお」にてスタッフ兼助監督として過ごし、8年間の京都生活を止め父の実家である真庭市に移住。現在トマト農家。農事組合法人ファーモニーズまにわ理事。本作は『紅葉』に続く真庭作品第二作目となる。 【上映情報】 2011年10月29日より2012年3月18日まで、約5ヶ月かけて監督とともに岡山県内を巡回上映します。スケジュール、会場ほか詳細は公式サイトをご確認下さい。またブログでは桑原さんによる日記「きょうのキャプテン」が連日更新されています。 WEB:http://hikarinooto.jp/ ブログ:http://hikariblog.exblog.jp/ ツイッタータグ: #hikarinooto 【チケットプレゼント】 抽選で2名様に『ひかりのおと』の招待券をプレゼントいたします。 eigei×y7.dion.ne.jp(×印に@を入れて送信してください)まで 御名前、送付先住所、連絡先をご記入のうえお送り下さい。 12月25日(日)を締め切りとさせていただきます。 当選された方は26日(月)以降にご返信させていただきます。 皆様のご応募をお待ちしております。