映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

ゆうばりバリューを味わい尽くせ! <br>ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2009参戦記 Part 1 <br>デューイ松田(ライター)

それは『オーメン2』と『ゾンビ』から始まった  今にして思えば、豪気な叔母だった。小学生の姪を、『オーメン2』と『ゾンビ』の二本立てに連れて行くとは…。おかげで、ジャンル映画好きの立派な大人に成長した私。現在は、バイトしつつの韓流系イラストライターだが、夢はジャンル映画に関する仕事だ。  そんな想いとプレミア上映だった井口昇監督の『片腕マシンガール』が観たい一心で、昨年初めてゆうばりファンタに参加した。歓声! 爆笑! 拍手! 復讐の痛みを体で引き受けるヒロインの姿にヒートアップする会場。その感動をイラストルポ化し少しずつ営業を始めたが、今年はもっと積極的に動くためにプレス登録をしての参戦とした。  今年の鑑賞テーマは、「ホラー!」「アクション!」。複数の会場で上映が行われるゆうばりファンタの楽しみ且つ苦しみの一つは、「どの作品を取って、どの作品を諦めるか」。その裏では、寡作の帝王フランク・ヘネンロッター監督の16 年ぶりの新作『バッド・バイオロジー』&ダリオ・アルジェント監督の魔女シリーズ完結編『サスペリア テルザ 最後の魔女』VS釜山やドバイの国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞受賞の想田和弘監督『精神』、といった良識派から見れば“馬鹿じゃねぇの?”と言われそうな葛藤があったり…。 ゆうばり2009 022.jpg 国際色豊かなラインナップ   2月27日。関西国際空港から新千歳空港まで約1時間50分。空港から夕張市までは約1時間20分。ゆうばりまでの距離は、実は大したことはない。マイナス5度、一面雪景色のゆうばりに着いてまずした事は、通販で購入した靴の滑り止めの装着。これで各会場への行き来も安心!  1 本目に選んだのは、ボリウッド映画(ボリウッド:ハリウッドとインド映画制作の中心地ボンベイ(現・ムンバイ)を合わせた造語)『チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ』。ジェット・リーの出演作には欠かせない、ディー・ディー・クー アクション監督の指導の下、インドNo.1スターのアクシャイ・クマール氏を主演にしたインド映画初のマサラ・カンフームービー!  舞台はインドの下町。食堂の厨房でイモを刻むルーティーンワークが日課の口先男が、伝説のヒーローだと煽てられ、ギャングに牛耳られる村を救うため中国へ跳ぶ。絶世の美女との恋あり、熱い師弟愛に涙あり、もちろん絢爛豪華なミュージカルありの155分。こういった良質のバカ映画にはぜひともヒットしてもらいたいが、関東のみの公開なのが歯痒い所。 chandni.jpg 『チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ』 (c) 2008 Warner Bros. Pictures (India) Pvt. Ltd. and RSE People Tree Films  夕張商工会議所に移動して、『シン・シティ』『ロード・オブ・ザ・リング』などの特殊効果のポール・カンピオン監督作品を2本観る。ハムスターがゾンビになって大惨事!をホームビデオ風に見せる『ナイト・オブ・ザ・ヘル・ハムスターズ』、ハイクオリティーな衝撃映像『イールガール』(うなぎ女)。共にワンアイディアの現象だけを放り投げっ放しにした印象で、物足りない。  続けてトルコ版“エクソシスト”の『セムン』。日本に留学経験があり、Jホラーに造詣が深いというハサン・カラジャダー監督。引越先で起こる怪奇現象に翻弄される夫婦を淡々と描く。昨晩の徹夜がたたって途中で力尽き、気がつくと場内大爆笑のクライマックス真っ只中。バリバリCGのセムンと悪魔祓い師の闘いに唖然。悔しい思いをする。 semumphoto7.jpgセムン』 (c)Jplan and Medya Scala 2008  22時半からディープ・コアナイト『西村映造・東京残酷ナイト』へ。西村喜廣監督と井口監督が、おなじみのふんどし姿で登場、観客を沸かせる。出演者ゲストを交えて、『東京残酷警察』と『片腕マシンガール』のDVD特典であるスピンオフ作品を惜しげもなく披露。井口監督の『hajiraiマシンガール』は、自身の映画制作動機の根本「恥じらい」を追求した作品で、生オーディオコメンタリーは参加者だけの大特典となった。また、西村監督の提案で、ニューヨークのアジアフィルムフェスティバルのセレクション担当者と「海外で求められている日本映画」についてのトークもあり、残酷表現の第一人者としての自覚を感じさせた。 yubari09_TGP01.jpg 「東京残酷ナイト」  中盤は、西村監督が撮影・美術・照明を担当した復讐活劇『レイジング★ユーバリ』(1999/前島誠二郎監督)のダイジェスト版を上映。クライマックスのラーメン屋台のトランスフォームはファン必見だ。ゆうばりファンタと西村監督の係わりは、1995年、西村監督の『限界人口係数』が審査員特別賞を受賞して以来で、昨年夏には特殊効果のワークショップも開催。今後も「西造」を追いかけるならゆうばりウォッチはマストと言える。頭痛がひどく、『残酷警察』&『マシンガール』本編の鑑賞は諦める。時間はすでに夜中の3時過ぎ。道路の真ん中を雪を踏み鳴らしながら、30分かかって合宿所・ひまわりまで戻る。 ゆうばり2009 023.jpg   新人監督&巨匠監督、共に気を吐く!  28日は11時よりホテルシューパロにて、中田圭監督『クールガールズ』。期待に反して、メインヒロインが男に翻弄されて一番クールじゃなかったのが悲しい。  13時半からは、ゆうばり市民会館のシネサロンにてオフシアター・コンペティション部門を連続して観る。並々ならない緊張感に圧倒されたのが、大畑創監督の『大拳銃』。世間に背中を向けた男の意地がスパークするプロジェクトXか?? 男と女の深淵を絶対零度の眼力で見せつけた宮川ひろみさんも印象的。この作品のレベルの高さに触れて、コンペ部門がゆうばりファンタの重要なプログラムの1つであることに初めて気が付く。 場面写真(メイン)new.jpg 『大拳銃』  舞台挨拶に立った宮川さんに“『ラッパー慕情』のトモコだ!”といたく感動する。大畑監督から、拳銃は100円のおもちゃを改造して作ったというエピソードが語られた。劇場を出る際に、宮川さんの女優オーラ漂う華やかな笑顔に見送られ、舞い上がる。他印象に残ったのは、中卒男子のはっちゃけた日常がまぶしい高柳元気監督の『マジ!?』。中原翔子さん演じる40女が、みっともなく悪あがきし続ける様が逆に爽快な有馬顕監督『やまないカーテンコール』など。  その後、ゆうばり市民会館の駐車場で行われるストーブパーティーに参加。お代はカンパ形式で、道央地方の容赦ない寒気を吹き飛ばす、ボランティアの方々が提供してくださるホルモン鍋のもうもうと立ち上る湯気に、ジンギスカンや海鮮焼きの煙と香ばしい匂い。一般客、映画祭のゲスト入り乱れて酒を片手に盛り上がる姿! イベント会社のソツのない誘導で粛々と行われる映画祭もあれば、ゆうばりファンタのように「祭り」として機能している映画「祭」もあることを実感する。 _NAK6899.jpg ストーブパーティー  宮川さんを見かけ、勇気を振り絞って「インタビューをさせてください!」とお願いすると、快諾してくださった。嬉しいと同時に、急にプレッシャーがのしかかる。  近くのバーベキューの輪の中に、井口監督の姿を見かけ、ずうずうしくもお声掛けしてみる。緊張のせいで肝心の『hajiraiマシンガール』の感想を伝え忘れていたことに後で気が付き、激しく落ち込む。  20時よりコンペ部門Bプロの入江悠監督『SR サイタマノラッパー』 を観るつもりで会場に行くと、Dプロの『やまないカーテンコール』が始まり驚く。昼間Bプロを観るべきところを間違えて、先にDプロを観てしまったらしい。  急遽、同じく20時開始の招待作品の目玉、ダニー・ボイル監督の『スラムドッグ$ミリオネア』の会場へ。アカデミー賞効果で500人規模の市民ホールがほぼ満員という盛況ぶり。カースト制度すら突破する疾走感が素晴らしいエモーショナルな傑作。  続いて22時半よりホラー秘宝presents!ミッドナイトシアターに『バッド・バイオロジー』登場。フリークス版『SEX AND THE CITY』といった感じだが、ヘネンロッター監督らしく、悲劇と喜劇は表裏一体な部分は健在。 バッドバイオロジーメインHP.jpg 『バッド・バイオロジー』 (c) 2008 by Frank Henenlotter and Ryan R.A. Thorburn  鈴木浩介監督 『STOP THE BITCH CAMPAIGN 援助交際撲滅運動』は、西村映造が特殊造形を担当、トークショーには西村監督が登場したが、どうしても睡魔に勝てず、戦線離脱。  お待ちかねの『サスペリア テルザ』。初期作品の残虐シーンにおける美学を追求した映像から、人体破壊を追求した映像にシフトした近作。『サスペリア テルザ』も容赦ない描写が炸裂していたが、同時に建物の描写1つを取っても、初期作品を彷彿とさせるような不安を掻き立てる要素として作用しているのが嬉しく、どっぷりはまり込んで堪能する。訳が分からないが面白過ぎる! この日も朝の5時を廻って合宿所に戻る。 韓国映画三昧、そして『大拳銃』審査員特別賞受賞!  3月1日は10時からナ・ホンジン監督『チェイサー』。初監督とは思えない堂々たる演出振り。実話を元に、正義が正義として通用しない現実の過酷さを描き、重い問い掛けを残す。トークでは、実際にある地名を犯行現場の設定にしたために映画のヒットで住宅の値段が下がり、国会議員から抗議があったというエピソードが披露された。 sub1.jpg 『チェイサー』 (c)2008 BIG HOUSE / VANTAGE HOLDINGS. All Rights Reserved.  合宿所の相部屋に韓国語で会話する女性が2人いて、下手な韓国語で話しかけてみると『ミスター・ベンディング・マシーン』(オ・ジヌク監督)のプロデューサー、ソク・ヘジョンさんと判明。お誘いを受けて、12時45分からコンペ部門のAプロへ。3Dアニメと実写の融合で、ベンディングマシーンの中に住むおじさんと中学生の少女の交流を描いた秀作。続いて高橋康進監督『ロックアウト』。アプローチは全く違うが、偶然2作とも人間の孤独に言及した作品。クライマックスにおける主演・園部喜一氏の魂の慟哭を剥き出しにした表情が素晴らしい。  15時からは、デジタルリマスター版DVDが発売となる懐かしのアルジェント監督『トラウマ/鮮血の叫び』。アーシア・アルジェントの繊細さが初々しい、『サスペリア2』を思い起こさせるちょっと強引なジャッロ映画。  そして17時から閉会式。コンペ部門の審査結果の発表では、北海道知事賞にチェ・ウィアン監督『夜のゲーム』、審査員特別賞に『大拳銃』、グランプリは『SR サイタマノラッパー』に決定。実は『ミスター・ベンディング・マシーン』は、審査員から満票を取ったが、話し合いの末この結果になったとのこと。恒例のゲスト総登場によるサインボール投げで閉会式は終了。 受賞式2.jpg 授賞式  18時より“ プチョンプレゼンテーション”へ。ゆうばりファンタの姉妹映画祭であるプチョン国際ファンタスティック映画祭の紹介で、偶然にも昨年プチョンで見逃した作品が観られるとあって期待が高まる。  70年代の韓国アクション映画の中心人物パク・シノク監督の『悪人よ、地獄行き急行列車に乗れ』は、過剰なメロドラマ演出とトンデモアクションの数々に大爆笑。  2本目は、この作品にオマージュを捧げた、現代の韓国アクション映画を牽引するリュ・スンワン監督の『タチマワ リー~悪人よ、地獄行き急行列車に乗れ』。泥臭めのコメディ演出から伝統の韓国アクション+香港アクション+鈴木清順監督『東京流れ者』+リュ・スンワン流アクションが楽しめるスパイ物。 02.jpg 『タチマワ リー』  最終日3月2日、7時に起床。昨晩は道路が露わになるくらいの雪解けだったが、一夜にして一面の積雪。地元の方に「凄い雪ですね」と言うと「今年は大したことないんですよー」と笑われた。  10時過ぎ、雪がちらつく中、再度“プチョンプレゼンテーション”へ。リュ・スンワン監督は、トークショーで「“格好いいアクション”が撮りたくて映画を作ってきたが、今ではアクションに至るまでの心の動きが重要だと思う」と語っていた。通訳を通した質疑応答で、主演のイム・ウォニ氏について尋ねてみた。「コメディ演技が得意な俳優で、演劇の舞台で長い間経験を積んでいるため、基本的な演技がしっかりしている方」とのこと。「『ダイ・バッド』と印象が全然違っていて面白かったんです」と言うと、弾けるように笑った監督。「あのシーンを覚えてくださってたんですね。ありがとうございます」との言葉をいただいた。 ゆうばり2009 115.jpg リュ・スンワン監督トークショー  終了後ロビーでリュ・スンワン監督を見かけ、こんなチャンスは最後!とばかり韓国語でお声掛けする。一瞬で頭が真っ白になり、言えたのはお会いできて嬉しいと言うことと、好きな作品が『血も涙もなく』ということだけだったが、とてつもなく真剣に聞き取ってくださり「カムサハムニダ!」とクシャクシャな笑顔で握手してくださったのが嬉しかった。こんなアクシデントもゆうばりファンタならではの体験だ。  16時前、昼ごはんを食べ損ねたまま、空港までのシャトルバスに乗り込む。バスの中で、お土産用に買った「石蔵 じゃがいもクッキー」にむさぼりつきながら、雪のゆうばりを後にした。また来年も戻ってくるぞー!と誓いながら。 3月2日朝.jpg 次回「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2009参戦記 Part 2」では、『大拳銃』の大畑創監督と宮川ひろみさんのインタビューが登場。どうぞお楽しみに!