映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

試写室だより『プライド』 <br>女たちもそれを我慢できない <br>CHIN-GO!(映画感想家)

 ある種異様な映画だったが、面白かった。この満腹感と、損したと思わせない感じはいいのでは。  今は亡き有名オペラ歌手を母にもち、自身もオペラ歌手を目指す超お嬢さま音大生の麻見史緒(ステファニー)は父さんの会社の倒産でイタリア留学を果たせず、生活も激変、オペラ歌手への夢も危うくなる。一方、アル中の母親と苦労の多い生活をしながら一流のオペラ歌手を目指す緑川萌(満島ひかり)がいる。かつてふとしたことで知り合ったふたりであるが、その人生の違いから、あっという間に互いを嫌いあう。持つ者と持たざる者。蔑みと妬み。そんな彼女らが、金賞の特典がイタリア留学であるオペラ・コンクールで競う。麻見史緒からすればやむを得ない事情からの出場、緑川萌にとっては悲願のチャンス。さらに、素質と環境からいってコンクール金賞の大本命は史緒であり、緑川萌など誰にもかえりみられぬ存在なのだが…… プライド-メイン.jpg  ここで黒々と毒花をひらく萌、満島ひかりがいい。無害で素朴そうな娘を装いながら、自らの優位をつくりだすため冷酷に史緒を陥れる姿、よかった。史緒が決勝で歌う直前にステージ袖で彼女の母親の死についての秘密をささやき戦術。のちにそのことをなじられ、平手打ちを食らっても平然と「わたし、どうしても勝ちたかったんです。痛いのは今だけだし、何なら、もっとぶちます?」とやる。面の皮が厚いわけじゃない。まだいたんだ、こんなハングリーというか、ルサンチマンをバネに打って出ようというやつが。チラシなんかには『NANA』『タイヨウのうた』につづく、歌をテーマに描かれる映画、と書かれているが、実は主眼はそこでない。もちろん『のだめカンタービレ』でもなく。おそらくこの『プライド』の位置づけは、“女の争い映画”。原作が宮尾登美子であるような。男の格闘技およびケンカ志向と違って、女も張り合う、争うんです。  しかしね、ステファニーもいい。こういう、胴がみっしり詰まったような女が、好きだ。『タイタニック』の頃の、あんたほんとは冷たい海に漬かっても実は皮下脂肪で助かるんじゃないのと思わせたケイト・ウィンスレットとか、かつての(小和田)雅子さんとか、こういうみっしり感、首や顎のあたりのたっぷり感、その余裕肉が品を感じさせるタイプ、いいです。なかなか賛同を得られないのだが。ステファニーさんは、服のしたに小型犬でもかくまってるの?という胸でもあられるし。彼女がえらい堂々として、かつ演技はそんなにもお上手でないので、それってどういうことだろうか、このひとはどういう人なんだろう、と思い、身のまわりのひとたちに聞いてしまいました。ステファニー、何者?何してるひとなの?と。………歌手だそうです。 プライド サブ1 .JPG  ステファニー。カリフォルニア州生まれ。父はアルメニアアメリカ人、母は日本人。07年5月歌手デビュー。同年日本レコード大賞新人賞受賞。5オクターブの声域を持ち、自ら作詞もこなす。   というひと。そうかあ。なるほど。……故・梶原一騎がエッセイで“愛人となった場合、女優よりも歌手のほうが魅力がある。演技というのは知性理性に負う部分が大きく、それをやっている女性はどこか振る舞いに冷静さ客観性が抜きがたくあり、それよりは歌唱ということの能力才能は天性のもので、たとえ顔で多少劣っても、つきあっていれば歌い手のほうがいいものだ”というようなことを語っていて、どの程度これが実体験からきている認識なのか、梶原先生のおとろしいところではありますが、意外とこれはパフォーマーとしての役者と歌手の本質を見抜いた大事な証言なのかもしれない。愛人というような親密な関わりで発揮される魅力と、フィルムに定着されスクリーンに反映される魅力はニア・イコールなものであると信じる。また、様々な操作が可能で、時には出演者に演技よりも、キャラそのものの存在感を要求し、それを活用しうる映画というメディアにおいては、歌手の起用とその存在感で勝負、ということもありうる。鈴木清順もそのようなことを言っていたと思う。本作は、それだけの裏付けはあるキャスティングで仕掛けている。  ヤバイ。ステファニー、ちょっとファンになったかも。観ていてヒヤヒヤするような佇まい、お芝居ではありますが、時折、おおっ、という感じもある。絶対に万人がいいというとは思えないあなただからこそ、ステファニー、僕はあなたを、良かった、と言っておくよ。  ところで、ダブル主演のもうひとりともいえる(東映ヤクザ映画用語でいうと、五厘さがりの弟分、というくらいか)萌を演じた満島ひかりももとはダンスボーカルユニット、Folder5だし、そこから女優活動もかさねていて、まさしくこの役を演じるのにぴったり。不幸体質であるがゆえに悪女でなければ生きてゆけない、自らの情の深さにハマらぬため残酷な行動に出るしかないという萌は、歌い手としても、地力で史緒にやや劣るゆえのトリッキーな演技派タイプ歌手なのだ。 プライド サブ2 .JPG  この史緒・ステファニーと萌・満島ひかりの取り合わせはハリウッド映画の古典的女優分類にあてはまるものだろう。つまり、ブロンド(金髪)とブルネット(黒髪)。前者の性質そしてキャラクターの了解事項というものは、善玉あるいは主役、本命、純真、天然、性的には不感症、といったところで、後者は、敵役あるいはだいたいの場合は脇役、大穴、世知に長け、打算的、しかし情熱的、となるだろうか。言い遅れたが、このめちゃめちゃすばらしい原作漫画(なにしろ、映画『プライド』の登場人物、筋、そして名セリフの数々は、そのままキテいるわけだから)の作者、巨匠一条ゆかりがそこはかとなく立てたキャラ設定が、監督金子修介本人の、『ガメラ』シリーズの監督と見なされることを先取りしての発言、“史緒と萌が対立するシーンは、2大怪獣の激突を撮っているかのようでした”を通過、遡行して、映画史におけるブロンドとブルネットの分類が、女における「2大怪獣」の解説であったことを照射したかの感がある。  女と女の対決に割って入るという見せ場を二度持つ、レコード会社の代表、神野隆を演じる及川光博もよかった。一条ゆかりの激賞をも受けたキャラのクリソツさと存在感、神野・及川ミッチーのレゾンデートルは当然、史緒、萌と三すくみ的三角関係を持つことであり、そのことで物語はさらに愛憎のもつれを増す。史緒と萌を雇い、期せずしてデュエット→ユニット結成のきっかけを用意してしまう銀座の一流クラブのママを演じる高島礼子もよかった。他にも、この人しかできないだろう、という役をきっちり果たすような配役だらけで、そういう点で過不足ない映画だ。 プライド 3ショット.JPG  で。オペラ歌手を目指してるのに、銀座のクラブで働き、対決(このへんが、なんか東映くさい。東映系で公開するのがしっくりくる)。彼女らの声に惚れ込み、曲を書き、ポップスユニットを結成する礼子ママの息子、池之端蘭丸(渡辺大)もまた、ミッチー・神野とは逆回転方向の三角関係を形成する。126分の長尺だが、それは、必然的に数分間の持続したシーンを必然とする歌のシーンがいくつもあるという理由以上に、結構エピソードやネタが詰まっているのである。映画化されているのはコミックスのとりあえずの一区切りまでにすぎないというのに。本作『プライド』が描いた部分のあとの彼女らの物語、特に萌の人生は、「オペラ地獄変」とでもいうような陰惨、苛烈な展開をみせるのだが、それはさておき、いまは、この映画のクライマックスを紹介しよう。  礼子ママのクラブで客のリクエストのままデュエットしたら、究極の、至高のハーモニーになってしまった史緒&萌。30年代のミュージカルなら、顔をあわせれば喧嘩ばかりのフレッド・アステアジンジャー・ロジャースもひとたび音楽かかれば息もぴったり踊り出し、そこから気持ちもほぐれ、となるが、それはそもそもラブロマンス、『プライド』のふたりはそうではない。友情が芽生えもしない。互いが嫌いだということは変わらず、ある専門分野のなかでその力量を認め、せめぎ合い、共になにか素晴らしいものを実現するということ。そこではやらねばならぬことが感情に優先する。彼女らはそのことのために恋愛をも捨て去る。そこにはタイトルどおり、誇り高くあろうとする人物たちがいた。 .  史緒、蘭丸、萌で「SRM」という、名前はちょっとどうかと思うユニットを組んだ三人は若手ミュージシャンが集うライブコンサートに出演。まあ、その直前に個人的な関係を破壊しあってしまったふたりが共演するのか、という障壁もあるのだが。  いや、もちろん、歌うよ! そこまでの映画のいきさつ、彼女らの物語を織り込んだ。ジャック・ドゥミミシェル・ルグランかというような字余り気味の歌のかけあいをえんえんやり、全然そんないきさつを知るはずもない聴衆たちがそれに聴き入って……  これは……、なにかを思い出させる。そうだ、ミュージカルだ。ミュージカルってこうだ!つくりごとでしかないのに、観る、聴くものを魅了するひとときがあった。もちろんステージがあって、コンサートという場が設定されてというリアリズムめいたものへの予防線は存在しているのだが、それにしても、わりと強引にグイグイと。ここで歌われる歌に“ 重なる声が 僕らを導くよ ”(作詞・金子修介)という歌詞がある。この人たちSRM、男ひとりがピアノ伴奏で女ふたりボーカルなのに、「僕ら」って変じゃね?でも、そうしたのは、単に語呂のためだけじゃなくて、さりげに、うっかり、映画表現力の自己最高地点に来た本作の監督が自身と周囲に向かって投げかけた希望だととりたい。もっと先へ、もっと。  とりあえずヒットして、続編とかテレビドラマ化とかされてもいいかも。09年最高の日本映画かもしれない。もっとも09年は現時点で、始まって二週間も経ってないのだが……。 『プライド』 監督:金子修介  脚本:高橋美幸伊藤秀裕 原作:一条ゆかり  出演:ステファニー、満島ひかり、渡辺 大、高島礼子及川光博 配給:ヘキサゴン・ピクチャーズ+シナジー  2008/日本/35mm/126分 (C)2008プライド製作委員会 1月17日(土)より、丸の内TOEI(2)ほかにて全国ロードショー 公式サイト http://www.pride-movie.jp/