映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

試写室だより『大丈夫であるように ―Cocco 終わらない旅―』『40歳問題』 <br>“J-POPドキュメンタリー・レビュー”ウィンター・フェス‘08-‘09<br>若木康輔(ライター)

 CDが出るたび必ず買う国内の新進が、奥田民生の他にいない。J-POPブーム華やかなりし90年代は、僕にとってはいささか寂しい時期だった。あくまでもメジャーしか知らないミーハーの個人見解だが、ミスチルオザケンも真心もブランキーエレカシ岡村ちゃんも、どれも一度はかじった上のことだ。自分のほうが間違っているのかと思い、TKファミリーやヴィジュアル系に集中トライして発狂しかけたこともある。当時に比べると今はずいぶん、自分の納得のいく形で音楽を作っている感じの人たちが増えた。今もし自分が学生なら原稿書きじゃなく音楽やりたいと思ってたかもなあ、と40歳になって思う。

 国内ミュージシャンの映画といえば即ライヴの記録かプロモーション、がもっぱらだったが、やっぱり最近は、そう簡単には括れないタイプが増えてきた。これから書く2本もそうだ。おかげで、ファンじゃなくても映画として接することができる。

 

 『大丈夫であるように ―Cocco 終わらない旅―』は、Coccoの全国ツアーに随行した記録。是枝裕和の最新監督作でもあり、劇場用作品としてのドキュメンタリーは本作が初になる。もともとテレビのドキュメンタリーから出発している人だし、彼女のミュージッククリップを演出した縁もあるんだし。まあ、こういう企画が生まれても当然なんだろうな、と見る前はボンヤリ捉えていた。しかし、どうやら本作を作るには、もっと強い内的必然があったようだ。見ている間は是枝裕和の新作という意識は一切頭に浮かばず、見終わった後で、これが『歩いても 歩いても』の次作にあたるのは面白いことだ、とそればかり考えた。

 全国ツアーの記録といっても、ステージのパフォーマンスをじっくりと見せる映画ではない。一曲丸々お見せする完奏場面はあまり無く、リハーサルのようす、オフショット、インタビューなどを取り交ぜた構成。かつて奥田民生のサポート・メンバーで寡黙にギターを弾いていた長田進サンが、年の離れたお兄ちゃんみたいに笑顔でCoccoの傍にいるのが、個人的には胸キュンポイントでした。

 そんななかでも特に際立つのが、ステージでのおしゃべり、いわゆるMCのようすだ。

 実は僕、Coccoという人がしゃべる姿を見るのは本作が初めてで、彼女の過剰な語りに、ほとんど驚倒というぐらいびっくりした。こんなにしゃべる人だったなんて! 知らなかったことをどうか責めないでクダサイ。ひと頃の〈犬も歩けば歌姫に当たる〉時期、どの人に自分の意思があってどの人がお人形さんなのか、サーチして嗅ぎ分けるアンテナが、僕も鈍っていた。

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 とにかく、Coccoはよくしゃべる。本作のワーキングタイトルは『しゃべっても しゃべっても』だったのではと思われるほど、しゃべる。ツアーの間に出会ったことについて、新曲について、考えさせられたことについて、言葉が未整理なまま次から次へと飛び出す。だから、まとまっていないし、繰り返しが多い。くどい。とりとめがない。なのに、ジンとさせられた。意味の曖昧なところ、飾ったところが全く無いからだ。一つ一つが自分の実感に違いない明晰な言葉が、にも関わらすダダ漏れのように客席に向かって溢れ出る。たぶん、しゃべりながら考えていき、しゃべりながら発見していくタイプなのだろう。自分が何を言いたいのか、或いはどんな気持ちをうまく整理できずにいるのか。

 ヤマの一つとなるのが、Coccoが「青森の女」(女のコとか、おんなのヒトとか彼女は言わない)からのファンレターで、六ヶ所村のこと、正確には六ヶ所村で現在試運転中の核燃料再処理施設のことを知るくだり。よく知ろうとしないまま怖い施設、ひどい場所、と情緒的に反対するのはフェアじゃないと思うので、フラットな説明をもう少し付け加えると、全国の原発で燃やされた使用済み核燃料が集まってリサイクル可能なウランとプルトニウムを取り出され、残った高・低レベル放射性廃棄物の処理・処分が行われるところだ。

 そんな六ヶ所村の存在を「今まで知らなかった」と彼女が言うのに、僕はいささか憮然とした。おいおい、アースコンシャスなメッセージの送り手でもある人でしょう? アーティストさんなら新聞読まなくてもいいのかよ……。ところが、いったん知ってからの反応が早い。ツアー会場の一つ、青森市民ホールに立った彼女は「今日、早起きして施設まで見学に行って来ました」と話す。これには驚いた。僕も行ったことがあるから分かるのだが、青森市内から下北半島六ヶ所村まではかなり遠いのだ。行ったことのない青森市民も実は少なくないと聞いたことがある。そこを押しての日帰り見学は、ワンナイトスタンドを繰り返すツアーの合間ではかなりの負担だったはず。そして、そういう無理をCoccoはしたわけだ。

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 さらに彼女は、六ヶ所村の置かれた立場を、出身地である沖縄本島基地問題とすぐに重ね合わせる。「沖縄だけが被害者じゃなかった、私も面倒を押しつけている側の人間なのだ」と、たちまち自分の問題として感応してしまう。「六ヶ所村のことを知らなくてごめんなさい、教えてくれてありがとう」と、泣きながら頭を下げる。いやいやとんでもない、僕も上ッ面を知ってるだけなんです、どうぞ頭を上げて元気に歌ってください……と、こちらのほうが申し訳なくなった。

 ちょっと脱線するけど、1月末に公開される『へばの』という映画が、まさに「六ヶ所村のこと」を題材にしながら、いかに市井の男と女のドラマ=作り手たち自身の物語として肉体化させるかと格闘している。荒削りだけど、Coccoのファンには何か響くものがある気がするから、その点だけ紹介しておきたい。

 でも、だからといって、Coccoさんはとってもピュアなお人柄で云々、と讃えるのは多分ちょっと違うのだ。虚像と実像にズレがあることを嫌うケッペキ姉さんであり、常に正直であろうと自分を律しているガンコな人。そう思うと同時に、したたかなほどに芸人だなあ……とも僕は感じた。

 率直でなければ聞き手に届かないし、余計な作為を捨てて自分をさらけ出さなければファンと対峙しても負ける。そんな計算が本能的に出来ている人、という意味での芸人。

 90年代、僕が国内のポップス、いわゆるJ-POPに退屈した時期と、歌手やミュージシャンをアーティストと表記するようレコード業界が媒体に強要し始めた時期はぴったりと重なるのだが、そうか、こういう人が出てきたら、便宜上でもアーティストとくくるよりない面もあったか。

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 映画とも音楽とも離れて、なんだか人物評エッセイみたいになってしまっているが、そういう文章を書かせる映画なので仕様がないのである。是枝さんが本作に臨んだ際のテーマは、いかに自分の気配を消して、Coccoを傍から見つめ続けるかだったと思われるので。

 しかし、それはかなり大変な作業だったのではないか。自分は常に迷っている、とカメラの前でもとからクリアーに告白できてしまう人が取材対象である。まるで答えはあらかじめ出ていて、それに合わせた問題文をこさえるような難しさが、あったのではないか。

 映画の終盤近く、ツアーの最終日に何かがあったらしいCoccoは、楽屋にこもって大声で泣く。スタッフが心配そうに佇む廊下に泣き声が響くのを捉えた引きの画を見て、ちょっとロマンティック過ぎる表現かもしれないが、ああ、カメラがホッとしている、彼女にも見せたくない姿があることを知って画面が安心している、と感じた。

 ドキュメンタリーには人間の営みに肉薄し、人の心を描出する力があると、過信してはいけないし、期待し過ぎてもいけない。人間は決して全てをさらけ出すことはできないし、どんな信頼関係においても分かり合えない一線はある。これからの人物ドキュメンタリーはむしろ、理解できなかった部分や撮ることができなかった部分をいかに大事に取り扱うかにこそ、表現の価値が出てくるべきではないか。そうじゃなければ、撮るほうも撮られるほうもしんどくなる一方だ。

 取材対象に寄り添い、信頼されながら、なおかつ踏み込めないところはそっとしておく。そういう映画だったと認識した時、初めて僕は、本作が『歩いても 歩いても』で是枝さんが提示した家族観を見事に補完していることに気づいた。

 『大丈夫であるように』に好感を抱くと、同様に『40歳問題』も良かった、とはどうしてもならなくなる。どんな映画だろうと誉めるところを探す僕が、今年の日本映画のワースト候補と言わざるを得ない。出来不出来の問題ではない。むしろ、ずいぶん面白くは見たのだが、取材対象者に無用な負担を強いてガマンしてもらうことで成立している点が、僕の倫理感みたいなものに引っかかった。

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 映画の軸として、40代を迎えた三人のミュージシャンが映画のために一から曲を作り、その過程を全てカメラに収めるという、とてもテレビ番組的なアイデアが用意される。で、このアイデアが、あまり上手くいかないのである。一人が予定調和的に事を進めるのを敢然と拒否し、その途端、もとはそれぞれ毛色の違う音楽をやっている三人だから、セッションはたちまち重苦しい、ピリピリしたものになる。

 どうも本作のスタッフは、まさにこの摩擦の過程こそが40代の男たちの信念のぶつかり合いであってどうのこうの……と好意的に解釈してほしいみたい。しかし、似たような企画(デブキャラのタレントさんに本気でダイエットしてもらうとか)に関わったことがある僕の目から見れば、単純な人選ミスであり、仕切りの不備であり、企画倒れに過ぎない。上手くいかないならいかないなりの回収の仕方があるのだが、本作はわざわざ葛藤を仕組んでおいて、放り投げたまま終わらすのだ。軽い業界ノリのコラボ企画に求められている以上に真剣に打ち込んで、逆に映画がグズグスになるのを食い止めている三人を、まるでヤコペッティの動物残酷ドキュメンタリーのように面白がっている奴が、スタッフの中にいる。こんな後味の悪いものにして、誰が得をするのかな?

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 ところが。その三人の“無理やり『レット・イット・ビー』”な緊張状態の箸休めのように、さまざまな分野の有名人が40代を迎えた時の心境を語るインタビューが挿入されるのだが、これが、ものすごくいい。みなさん実にいい顔で、いい話をするのだ。このパートだけなら、みずみずしい良品。どうしてこちらをメインにしないのだろう。フシギだ。この映画のスタッフの考えてることは、よう分からん。

 誰がどんなことを言っているかいちいち書くのは止すが、ひとつだけ。「世の中の役に立ちたいなんて焼きが回ったことを、40代になったら本気で考えるようになってしまう」とぶっきらぼうに言う人のはにかみが、同世代としてビンビン響いた。

 実質的な主役は、無理を強いられた三人のうちの一人で、非常に辛抱強く、柔和な態度を崩さない、真心ブラザーズ桜井秀俊。華やかな世界の人気者で、しっかりと自分の領域を持つ職人で、堅実にあたたかい家庭を築いていて。同学年としては、本当に眩しかった。

 ああいう仕事をしていて同業者から「アナタの音楽はクレイジーになりきれてない」云々と批判されるのは、ビジネスマンが一般常識を知らないと言われるのと同じで、相当に腹が立つことだと思う。だが桜井という人はきつい要求を呑み込み、むしろ、自分の領域を広げるチャンスと捉えようとする。よほどクレイジーなところを乗り越えてきた人でないと、ああは笑えないはずだ。

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 音楽業界の人たちに取材した二本を続けて見て、ドキュメンタリーとしての志にはかなり差があると感じたわけだが、どちらにも、UKロックの最古参ザ・キンクスが1972年に発表した傑作になりそこねアルバム、『この世はすべてショー・ビジネス』を思い出させるところがある。

 なぜ傑作になりそこねかというと、もともと映画のサントラ用に作られたアルバムなのに、映画のほうが頓挫したからだ。熱狂のステージに立つオンの姿と小市民として一日を過ごすオフの姿を交互に見せ、ロックスターの虚像と実像のズレを自分たちで笑うコンセプトが、当時のレコード会社の理解を越えていたらしい。

 桜井サンが子供と一緒にお風呂に入ったりオムツを替えたりする姿を見て、僕は、ああ、レイ・デイヴィス(キンクスのリーダーで英国の織田作之助みたいな人)が狙ったコンセプトが、今の日本ではこんなにもあっさり実現できるのだ。それが発見と呼べるかどうかは別として……と、なんともいえない感慨を抱いた。そう考えると、ジョン・レノンが70年代にハウスハズバンド業を優先させた影響って、やっぱり大きいのかもね。

 最後に。『この世はすべてショー・ビジネス』には、「セルロイド・ヒーローズ」というキンクスの代表曲が収録されている。銀幕の英雄には魂が無いからいつまでも死ぬことはない……と、ハリウッドへの憧憬や愛憎を歌い込んだ、とてもセンチメンタルで美しい曲だ。ふだんロックと縁の薄い映画ファンにもこの曲は聴いてみてほしいな。今回の二本を見た後に思いました。

『大丈夫であるように ―Cocco 終わらない旅―』

プロデュース・監督・編集:是枝裕和

撮影:山崎裕+高野大樹+是枝裕和

出演:Cocco 長田進

制作:テレビマンユニオン

製作:「大丈夫であるように」製作委員会(ビクターエンタテインメント是枝裕和クロックワークス+104 co ltd+ジーマ&マーシャ)

配給:クロックワークス

シネマライズライズXほかにて全国順次公開中

(C)2008「大丈夫であるように」製作委員会

公式サイト www.dai-job.jp

『40歳問題』

監督:中江裕司

撮影:市橋織江+堀之内崇+工藤哲也

編集:菊井貴繁

出演:浜崎貴司 大沢伸一 桜井秀俊

制作:ボイス&ハート+ドアーズ

製作:「40歳問題」製作委員会(エピックレコードジャパンジョリー・ロジャーキネマ旬報社+中央映画貿易+ボイス&ハート)

配給:ジョリー・ロジャー

2008年12月20日よりシアターN渋谷他全国順次ロードショー

(C)2008「40歳問題」製作委員会

公式サイト: http://www.40sai-problem.com/