映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

映芸マンスリーVOL13『ガール・スパークス』トーク<br>石井裕也(監督)

 大阪芸大の卒業制作として監督した『剥き出しにっぽん』(05)がぴあフィルムフェスティバルPFFアワード2007でグランプリを受賞、さらに今年の香港映画祭で開催されたアジア・フィルム・アワードでは「エドワード・ヤン記念」アジア新人監督大賞を手にした石井裕也監督。映芸マンスリーVOL13では、破竹の勢いでいよいよ商業映画界に進出する注目の若手作家を迎え、長編3作目にあたる『ガール・スパークス』(07)を上映しました。上映後のトークショーでは石井監督が名言(?)を連発。確固たる意志と哲学を持ちながら、決して気取らない話しぶりは、その作品群にも通底しているのではないでしょうか。

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左から、わたなべりんたろう(ライター)、石井裕也(監督)

――この後すぐに石井監督の短編作品『グレートブリテン』を上映するので前置きは短めにしておきましょうか。

じゃあ『グレートブリテン』を作ることになった経緯を簡単に説明しておくと、あるワークショップの一環で、パナソニックが予算を出してくれて短編を撮ってもいいよという話があったんですね。その頃たまたまですね、いとうせいこうさんの主催で「600秒映画祭」というのをやってたんです。で、「素人さんの作品を圧倒するようなものを作ってください。特別招待枠を用意しておくんで」と言われまして、ちょうどいい機会だったのでその二つの話を合体させました。映画祭の担当者には、「わかりました。じゃあ横綱相撲を取ります」なんて言ってたんですよ。それでいざ作品を出してみたら、見事に上映されなかったという(笑)。

――それで、今日はお客さんに観てもらってじかに判断してもらおうと。

そうですね。だから、さっきの映画(『ガール・スパークス』)を楽しんでくれた方がいるとしたら、そういう方には「???」となってしまう可能性のある作品ですけど、とりあえずここで観てもらいたいなと。これは去年の11月に撮った、一応僕の最新作なんで。

――じゃあ『グレートブリテン』を上映しましょうか。

※『グレートブリテン』(10分)上映

――客席もウケてたみたいだし、まずまずだったんじゃないですか。

いま改めて見直してみて、僕がやろうとしたことはやっぱり間違いじゃなかったと思っています。要は、人間がゲスで下品であるということを否定したくないんです。

――そういう意図はちゃんと伝わったのかな。

いや、みなさんには伝わってるなぁという実感がありますね。

――自己満足じゃないの?

いやいや、伝わってる伝わってるっていう空気を客席から感じますよ(笑)。

――この女子高生の役はもともと女の子にやらせる予定だったんですよね。

そうです。でも、その子はゲスになることを拒否したんですね。それはこの映画にとっては許されないことなんで、『ガール・スパークス』にも出ている中村無何有君(男子)に急遽やってもらったという。

――ちなみに「600秒映画祭」のスタッフからはなんて言われたんですか。

最初は特別招待枠に出してくださいと言われて、ビデオを送ったんですよ。それからだいぶ時間が経ってから「特別招待枠が埋まっちゃったんで、一般公募枠に回したいんですが?」という連絡があって(笑)。その時は「まぁいっか、一般公募枠はコンペだからきっと賞品を貰えるんだろうな」ぐらいにしか思わなかったんです。でもさらに一ヶ月ぐらい経ってから「すいませんけど、選考で落ちました」って連絡が来ましたね(笑)。「人間がゲスで下品であるということ」が敗因だと思います。僕のせいではありません。

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――本題に入る前に『ガール・スパークス』の説明を少しだけしておくと、これはCO2という大阪の映画祭の助成金で作られたものなんですね。で、その後に横浜のジャック&ベティという映画館で上映されたわけだけど、その時の反応はどうだったの?

よかったみたいですよ。

――石井君はシナリオを20稿ぐらいまで書き直すんだよね。そんなに書いたら、最初の稿を書いた意味がなくなっちゃうんじゃない?

書き直すっていうのは、自分が面白いと思ったシーンをそれだけ捨ててるってことじゃないですか。その捨てた数が多ければ多いほど自信になるんですよね。そこでしか自信を持てないっていうか。だから何度も書き直しするんです。

――劇中で空を飛んでるロケットはどういう発想から生まれたものなんですか。

青春時代ってほんとにクソったれなんですよ。それがオジサンとかになったら、あの頃はよかったなぁみたいになるじゃないですか。いわゆる懐古趣味ですよね。で、ある時に自分が徐々にそういう風になっていってることがわかったんですよね。それで自分が忘れないうちに、その時代の感覚みたいなものを記録しておかないといけないなと。もう中高生の時分の思考とかって、ほんとにおぞましいですよ。高校生の時よく僕は散歩をしていたんですけど、深夜の3時頃に意味もなく家の周りをグルグル歩き回るんですよ。何でかって言うと、痴女にバッタリ出会えると思ったからなんです。

――またヘンなこと言い出した(笑)。

いや、だから、それぐらい頭おかしいんですよ。そういう意味不明な感覚を描きたいって気持ちがまずあって。あとは『大人は判ってくれない』じゃないですけど、大人が真実を全部隠してる、俺はほんとのことを全部教えてもらってないっていう感覚があったんですね。世界は俺に対して嘘をついているっていう。『剥き出しにっぽん』の中にも、登場人物が空を見上げて「NASAの高性能カメラで全部撮られてる」って言うシーンがあるんですけど、それと一緒で、不誠実や悪が現実に存在してるのに、それがわからないように隠蔽されている。そういうことのシンボルって言うか、具現的な表現があのロケットなんです。意味わかんないけど、でも現に飛んでるっていう。

――石井君はお母さんが早くに亡くなってるんだよね。僕も家庭環境の影響で映画の世界に飛び込んだようなところがあるんだけど、石井君の場合も、母親がいない欠落感みたいなものが映画に駆り立ててるようなところがあるのかな。

あります。見栄なのかもしれないですけど。やっぱり自分のことしかわからないじゃないですか。人からしたら、そんなの不幸でもなんでもないって言われるかもしれないし。でも、やっぱり何かが欠落してるっていう意識はありますね。

――あと石井作品の共通点としては、下ネタ的な表現があるよね。『剥き出しにっぽん』の冒頭も、主人公がマスかいてるところにおじいさんが入ってくるシーンから始まったり。

ただ問題なのは、僕がそれを下ネタだとは思っていないことかもしれないですね。

――つまり、それは隠されてるだけで日常的なことだと。

そうですね。

――たしかに石井君は普段あまり下ネタを言ったりしないですよね。

僕は自分が非常に黒澤明的だと思ってるんです。

――また話が飛んだね(笑)。

黒澤さんの映画って性的なニュアンスが全然ないですよね。そういう意味では僕も同じなんじゃないかと思うんです。要するに、全くエロではない。ていうか、エロが描けない。そう自覚してるから、意識的にそっちへいかないとダメなんです。

――『ガール・スパークス』も観た人はエロいと思ってるんじゃないですか。乳首いじくるシーンとか。

あれは別にエロくないでしょう、男同士だし。要はエロというよりも、官能性のことなんです。なまめかしさというか。自主映画だと、自分はこれをやりたいんだっていう衝動で作るじゃないですか。これまでそうやって映画を撮ってきて、その作品群を振り返っても官能性のようなものが見当たらない。ということは、やっぱり僕は黒澤明に近くて、今村昌平ではないのかなと。むりやりカテゴライズすればの話ですけど。

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――これは真面目な話だけど、石井君の映画はちゃんと演出されてますよね。ケンカのシーンが2回あるじゃないですか。学校の廊下で主人公が親友を殴っちゃうところと、家出する時に親父ともみ合いになるところ。あれはどちらもワンカットで撮影してるけど、リハーサルはしてるんですか。

してますね、現場で。

――廊下のシーンは実際に相手を叩いてるよね。何テイクぐらい撮ってるんですか。

4テイクぐらいですかね。

――それじゃあ役者さんも殴られ損じゃない。

僕は女性が殴ったりするシーンをよく撮るんですけど、女の人って腰が入らないんですよ。上半身だけしか使わずに、メジャーリーグのピッチャーみたいな叩き方をする。それが非常にイヤで、ふざけてんじゃねぇって思っちゃうんです。役者さんにもそう言ったんですけど、4テイクぐらい撮っても気に入らなくて。だけど撮影の時間も限られてたから、とりあえずそこそこのものにオッケーを出したんです。でもその後に役者さんたちの控え室へ行って「こんなのほんとだったらオッケーじゃないよ」って嫌味を言いました。それが編集の時に見直したら結構よくて(笑)、役者さんたちには「すいませんでした」っていうメールを打ちましたけど。

――照明もきっちり作られていて、石井君はそれほど映画を観てるわけじゃないのに、映画を体で捉えてる人だなっていう気がします。

でも、こういう照明を作ってほしいとか、具体的な指示はしたことないですよ。シーンの意図とかを伝えて、あとは撮影部に任せるっていう感じで。

――実は先週の週刊朝日に石井君の記事が載ってるんですけど、このタイトルがすごいんですよ。「アジア1でも生活苦」(笑)。石井君の言葉で「映画祭続きでアルバイトもできず生活苦です」。で、最後に言ってるのが「映画を作り始めて3年で日本一、PFFグランプリを獲り、6年でアジア1、エドワード・ヤン賞を獲った。ということは9年目で世界一ですかね」と。つまり、2010年にはカンヌかベルリンかヴェネチアでグランプリを獲るってことですよね(笑)。

いや、たしかにインタビューで言ったことは言ったんですが、その時ほんとにすごい酔っ払ってて、帰りがけに何て言うか……ウィスパーしただけなんですよ(笑)。そういうサービスみたいな感じってあるじゃないですか。それを面白おかしく書かれただけです。

――でも2010年には世界一を獲るんですよね。

いや、だから……。まぁ、こうやっていじられてるうちが華ですよね。

(司会:わたなべりんたろう/構成:平澤 竹識)

ガール・スパークス(07/DV/94分)

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監督・編集:石井裕也

脚本:石井裕也登米裕一 撮影:松井宏樹 美術:内堀義之 

音響:清水雄一郎 照明:小林万平 

出演:井川あゆこ、猪股俊明、中村無何有、桂都んぼ、二宮瑠美 ほか

石井監督の最新作『ばけもの模様』は池袋シネマ・ロサにて6月20日までレイト公開中

公式サイト:http://mukidashi.com/