映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

■映画館だより『ブラッド』<br>理性あるモンスターの悲劇

 ヴァンパイアを殺そうとするヴァンパイア。『ブレイド』の女版? と思いきや、それは違う。ルーシー・リューが演じるのは、人間とヴァンパイアのハーフではなくて、元人間のヴァンパイア。

 彼女がヴァンパイアを殺すのは、自分のプライドのため。ブレイドの様に、血の代わりになる液体を作ってくれるような、化学力がある味方もいない。映画『ブラッド』では、連続殺人事件を追っていた女性リポーターがそのヴァンパイアたちが引き起こしていた殺人事件に巻き込まれ「死にたくない」その叫びもむなしく殺されてしまう。しかも人間としては死んだものの、モンスターにされてしまった。そして死ぬことのできない体を手に入れてしまった。死ねないことのなんと苦しいことか。そして誓うのは、こんな体にした奴等への復讐、セックスと殺人こそが快楽のセクシーなヴァンパイアがお相手。素直に仲間になれば苦しまなくても済んだものの、そこは理性が働いている元リポーター。血への欲望が止まらずに自分も殺人に手を染め罪悪感にさいなまれる、というとてもいたたまれないストーリーが展開していく。

 死あってこその命。生。生きることの意味。それを知るのは死んでから。死んでから気づくなんて遅いけど、ほとんどの人がそうじゃない? 生きているうちに命の大切さなんて真から考えたりしないもの。意識があるうちに気づくことができた主人公は幸せなのかもしれないけれど、怪物である自分は受け入れられるはずもなく、悲しみは恨みとなって消化されようとする。でも恨みをはらしたところで、起こったことは変わらない。そんな消化不良を直すためには、自分が死ぬしかない悲しい女性。冒頭「死にたくない!」そう叫んだ女性が、今度は「殺して!」と叫ぶ。悲痛だ。

 逃げるべきじゃない方向へ逃げて、行き止まりで隠れる馬鹿な人間たち。隙間から、見える犯罪者の吐息……「あ~来る~来る~来ないで~」って心から願ったけど、奴らが見つけないわけがない。襲いに来ないわけがない。沈黙の中に、ネガティブな予測をさせる、そんなベタな恐怖心の煽りに最後まで心臓はバクバクだ。

 恐怖の描写だけ多くて、説明が少ないこの作品。どうやってヴァンパイアは死ぬのか? その方法を教えて特訓してくれたであろうあの謎の人物は誰なのか? え、なんで吊るすの? 妄想? 現実? 最後までわからない謎が多い。でもそれらの答えも気にならないのは、そこにかぶさってくる恐怖心のせいだろう。ハラハラさせて、ウワッと驚かすエンタテイン。そこに細かい説明なんていらないってことかな。いや、いらないのだよ確実に。

 見所はマリリン・マンソンが優しそうな一般人を演じているところかな。

 そこが一番の恐怖だったりして……。

text by 小浜公子(ライター)

『ブラッド』メイン 小.jpg

(C)Rise Productions, LLC. All Rights Reserved

ブラッド

監督+脚本:セバスチャン・グティエレス

出演:ルーシー・リュー マイケル・チクリス カーラ・グギーノ

配給:LIBERO

原題:『Rise:Blood Hunter』/2006年/アメリカ映画

公式サイト http://www.blood-movie.jp/top.html

シアターN渋谷他にて公開中