映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

■映画館だより<br>激白!!『おやすみ、クマちゃん』鑑賞記

『おやすみ、クマちゃん』は1975年から87年にかけてポーランドで104本つくられた人形アニメ。パジャマ姿のクマちゃんが寝室でその日にあったことをお話しする、という形式の各回約7分間のテレビ番組。今回の上映版は厳選された10のエピソードを日本語に吹き替えたもの。クマちゃんと森の仲間たち、ウサちゃん、イヌくん、ブタくんなどなどが登場しますが、それらすべての声をデュオグループ「ケロポンズ」(ケロ=増田裕子、ポン=平田明子)が一人何役もこなす活躍で演じています。この日本語版全体のディレクションをしているえどきじゅん氏の作詞でつけられたたのしい主題歌が、フィルムによるコマ撮りの動き感と質感もなつかしくやさしい“クマちゃんワールド”に我々を誘います。

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(C)Telewizja Polska S.A.

 すげーよ、クマちゃん。第一話の或るシチュエーションでいきなり「ぼくはぬいぐるみでホントのクマじゃないから木登りはできません」とカミングアウト。そして毎回なにかしらの教訓、まとめを述べる(お絵かき道具があったらいたずらや壁に落書きするんじゃなくて芸術を志向せよ、とか、しったかぶりのいばりんぼはいけないよ、とか、キノコ狩りでは毒キノコに注意すべし、とか)(個人的には五話めのブタくんがものすごく傲慢なやつであるというのと、最終話の春が来て雪だるまが去ってゆくエピソードがかなりキます。ひとによって違うでしょうが割りと誰しもフツーにクるのがあることと思います)。ポーランドのキッズはそうやってキミが育てたのかい!

 ……マジでそんな気がする。やっぱそういうことをこどもに真正面から言う奴が必要なんですよね。自分を含めほとんどのおとながそういうことを億劫がってる、煙たがられるのをおそれてその役をやらない、のが現代、日本。だから僕らはおとならしくないんですか?教えてよクマちゃん! この夏、未知の惑星から飛来した金属生命体や、オーシャンさん率いる犯罪ドリームチームを凌駕するスクリーンキャラクターがいるとするならば、それはキミだ、クマちゃん! 片耳がひんまがってるのが気になるぜ(地下水道に長くひそんでいたためそうなったという説がある)、そしてパンフ裏表紙の立ち姿が妙にシブイぜ、クマちゃん!! 厨房にネズミ入れてんじゃねえぞディズニー!

 で、8/4初日初回観にいってきました。試写でも観てましたが、見直したかったし、再鑑賞にたえうると思えたし、いんたらくてぃぶ、というか、実際にちいさなお友達と一緒に「おやすみ、クマちゃん」を体験しなきゃだめだろう、と。ですが、この映画のメインな観客であるチビッコらのノイジーな振る舞いは予想外におとなしく、さほど気になりませんでした。もっとド派手に駆け回ったり泣きわめいたりしているかと思ったんだけどそうでもなかった(たまたまか。日と回にもよるんだろうが)。自分たちが同じようなチビッコだったころ映画見に行ったらもっと暴れていたのは確実で、なんかいまの子のおとなしさが心配になりました。きっとこの“withガキンチョ鑑賞”は映画に集中するのが困難なくらいの状況だろうと思っていたのに。しかしやはりそこは大人ばかりのフツー映画鑑賞とは違い、画面を指して「……クマちゃん、なんたらかんたら」とかささやいている声が映画館の闇のなか伝わってくる、ベビーカーで来てたような幼児のむずがっているのが聞こえてくる、という感じで、それがむしろ心地よかったですな。……これからの世の中自分の子供を持たない/持てない人間が増えると思うんですが、交流ならざる交流の場としての“こども映画館”みたいなものを思い描きましたね。フィルムセンターでもそういう試みをやっているようですが、つまり、子供向けの番組をやり、あくまでそこでのマジョリティはこども、鑑賞そのものと同時にマナーを学ぶ場でもある、というような。その狙いは、教育、っつーようなものなんでしょうが、そこに大人がいあわせるというのも大事な気がしました。

 大人のほうにとっても。都会の独身男の生活のなかにこどもはいない、ほぼその存在を忘れてるくらいで、ぶっちゃけ電車のなかで騒いでたり泣いてたりするような子供にでくわすとイライラするだけ。でも『おやすみ、クマちゃん』のほんとうの観客はどうも彼らのようだし、やつらがどんなテンションどんな見方でいまこれを観ているのかなと頭の片隅で思いながら観てたりするのは、なんか、かなりオッケーな感じだったよ。……なあ、クマちゃん、きみのいつものコメントならこれをどうまとめてくれる?

 そんなわけで(どんなわけだ)、あなたのなかに、そして周囲の座席に、“こども”を発見する映画体験『おやすみ、クマちゃん』9/14まで東京都写真美術館で上映中であります。みんな、観てね!

text by CHIN-GO!(映画中毒)

『おやすみ、クマちゃん』

9月14日まで東京都写真美術館ホールにて公開、他全国順次公開

公式ウェブサイト www.oyasumi-kumachan.com

配給:エデン

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