アメリカ映画らしい華やスリルがあって、なおかつ爽やかな後口の新作はないだろうか?すぐに銃を撃ったり、人が殺されたりしないもの…と思っている人にお勧めなのが、カーティス・ハンソンの『イン・ハー・シューズ』以来の監督作『ラッキー・ユー』だ。
ラスベガスを舞台にポーカー・プレーヤーの本格的な勝負を描きつつ、木綿の手触りのするラブストーリーであり、青春映画である。単純にカテゴライズしにくいのは、それだけ各要素が程よくブレンドされているからで、現代アメリカ映画界きっての正統派・ハンソンの作品らしい長所だと思ってほしい。取りよう(角度)によってどの枠にも入れることが可能な分、どの枠においても異色となるところが、僕にはとても面白かった。
『ラッキー・ユー』は“異色のスポーツ映画”である
一番の見所はなんといっても、ポーカー・ゲームの攻防。手札を隠し、淡々と表情を殺しながら相手の狙いを読み合う心理戦のスリルは、一級のアクション映画に匹敵する。大勝負には微妙な表情の揺れさえ命取りになるのだ。
テーブルに座ったままの最小の動きによって大きなエモーションを表現できるポーカー・ゲームの演出は、サスペンス映画で地歩を固め、『L.A.コンフィデンシャル』で天下を取ったカーティス・ハンソンにとって、大いに腕が鳴るところだったろう。ハンソン自身がプライヴェートで長年ポーカーを嗜んでおり、その経験から本作の企画が生まれたらしい。
それにしても、ベガスの勝負師たちがしのぎを削る映画が、こんなにカラッとしているなんて!かつての負けたら地獄、勝っても地獄の非情なギャンブラー映画を期待する映画マニアは、ちょっと肩すかしな気分を味わうかもしれない。
が、自業自得を承知でカードと生きるプロが腕を競い、いい勝負をしたら後腐れなく、それこそアスリートのようにお互いを認め合うようす、これもまた、見ていて気持ちがいいのだ。ギャンブル・ゲームであるポーカーのスポーツとしての側面にスポットを当てたいハンソンとスタッフの狙いは、露骨な敵役、悪役を作らないことによく現れている。唯一、表情を読まれないよう試合中にサングラスをかけ、敗者との握手を億劫がるプレーヤーがいるが、どんな描かれ方によってペナルティを与えられているか、ぜひ見て確認してほしい。
『ラッキー・ユー』は“異色の恋愛映画”である
父でもある伝説のチャンピオン、LC・チーパー(貫禄のロバート・デュバル)への対抗心に逸る利己的な青年ハック(エリック・バナ)は、自分とは正反対な、正直がモットーの純情娘ビリー(ドリュー・バリモア)と恋に落ちる。相手を騙し抜くことが命のポーカー・プレーヤーが、彼女の嘘のつけない人生態度に戸惑いつつ惹かれていくあたりが、本作のドラマどころ。
向こうっ気の強さや繊細さをムリに鉄面皮に押し込めるハック役のエリック・バナと、おなじみの人懐っこい笑顔を振りまくビリー役のドリュー・バリモアが好対照を見せる。ハックに連れられ、初めてポーカー・ゲームに付き合ったビリーが、ハックの手札を覗いて「あ、いい札が来てる。これなら勝てるねッ」とニコニコ笑い、「ポーカーフェイスって言うだろ、いい札が来ても笑っちゃダメ」とハックに叱られちゃうあたり、今をときめくバリモアらしい、とても可愛い場面だ。
しかし、ポーカーと恋愛が相反することはないでしょ、恋愛こそ駆け引きが重要な、ポーカーよりシビアな勝負じゃない、というもっともな指摘も出てきそう。
本作を“異色の恋愛映画”と僕が書くのは、女は男の生き方を尊重しつつ時には諌め、男は女から誠実さを学んで生き方を修正する、極めてまっとうでアナクロな男女関係の変化を、多分の願望を込めて堂々と描いているからなのだ。
男から見たって、本作のバリモアは優しすぎる!でも、現実はなかなか上手くいかないからこそ、映画が恋愛の理想像を描く意味が出てくる。
『ラッキー・ユー』は“ラスベガス万才‘07”でもある
本作にスポーツ映画、恋愛映画の要素があると書いてきたが、実は僕が一番似ている、と少し興奮しながら思い浮かべたのは、昔のハリウッドの青春歌謡映画、ズバリ言ってエルヴィス・プレスリー主演映画だった。
主演のエリック・バナが歌うわけではない。しかし、歌のパートをポーカーの場面に置き換えてみれば、
・ 野心を持ってあぶく銭を稼ぐ、不良だが繊細な寂しさを抱える若者。
・ 今度出会った女の子は古いタイプだけど、今まで遊んだ子たちとは違う。不器用な内面に寄り添ってくれる。
・ 強敵(本作では父親)との勝負が待つ。恋はそっちのけになって、別れの危機。
・ 相手を尊重し、自分の気持ちに正直になることが、ピンチの解決につながる。
…という大まかな展開が、1960年代に量産されたエルヴィス映画のフォーマット、特に同じ街が舞台の『ラスベガス万才』と重なってくる。
粗製乱造されたエルヴィス映画の大半は、ハリウッド大手スタジオ斜陽期の悪しきシンボルとして映画史から葬られてきた。実際、再評価をしたくてもムリなものも多いのだが、エルヴィスが体現した<ハングリーな若者の野心と恋>自体は、今でも魅力的な、娯楽映画のお手本のようなテーマである。
カーティス・ハンソンとスタッフは、エルヴィス映画のエッセンスを丁寧な作りによって再生することで、今のハリウッドに不足気味な、しかもどう作ればいいのか模索が続いている、明朗な青春映画のモデルケースを提示したかったのではないか。ギャンブラーを主人公に若者の健全な恋と成長を描くという、マトモに考えたら矛盾している設定自体が、嬉しくなるほどエルヴィス映画っぽいのだ。
さらに…『ラッキー・ユー』は“音楽ファン必見の映画”でさえある
アメリカン・ミュージック愛好者なら、カントリーの名曲「アイ・オールウェイズ・ゲット・ラッキー・ウィズ・ユー」のジョージ・ジョーンズ盤がテーマソングとして冒頭から流れるし、ヒロイン(バリモア)がベイカーズフィールド出身って設定なんだ、と聞けば、是が非でも本作を見たくなるだろう。ベイカーズフィールドはかつてカントリー・ロックの母体となった西海岸カントリーのメッカで、そこの花形だったマール・ハガード(クリント・イーストウッドの『ブロンコ・ビリー』にも出演)が作った代表曲の一つが、「アイ・オールウェイズ~」なのだ。
しかも、ハンソン作品では『ワンダー・ボーイズ』の「シングス・ハヴ・チェンジド」に続いて、また!ボブ・ディランが新曲「ハックズ・チューン」を提供している。一体、どんな信頼関係が構築されているのだろう。ディランに、僕の映画に曲を作ってくださいよと頼んで二回ともOK貰えたなんて、サム・ペキンパーを超える快挙ではないか。それに、ブルース・スプリングスティーンのディスコグラフィの中では目立たない存在だった曲が二曲(タイトルは内緒!)、どちらも絶妙なタイミングで流れて場面に艶と奥行きを与えているのも、要チェック。
このように本作は、映画の内容に即した選曲構成が、ゾクゾクするほど素晴らしい。その絶妙さ(分かってる感)に舞台がラスベガスとくれば、『ラッキー・ユー』の裏テーマはエルヴィス・プレスリーのトリビュートにあり!と日本の一ファンが力説しても、罪にはならないでしょう?
text by 若木康輔(放送ライター)
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『ラッキー・ユー』
原題:LUCKY YOU
2007年アメリカ映画
製作+監督+脚本:カーティス・ハンソン
脚本:エリック・ロス
出演:エリック・バナ ドリュー・バリモア ロバート・デュバル チャールズ・マーティン・スミス ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式ウェブサイト http://wwws.warnerbros.co.jp/luckyyou/
6月23日(土)より、シネマスクエアとうきゅう他全国シネコンにてロードショー