映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

『アコークロー』<br>有吉司(プロデューサー)インタビュー

沖縄に伝わる伝承を題材にした琉球奇譚『アコークロー』。

現場スタッフが全員沖縄在住ということでも話題を呼んでいる今作の製作プロセスをプロデューサー有吉司(マジックアワー代表)が語る。

――今回の企画はどのように始まったのですか。

日本的な民話や怪談を翻案してホラー映画を作ろうということで、彩プロ(製作・配給会社)がプロットを一般公募したんです。その結果、集まった約百編のプロットの中から、最終的に岸本(司)君の作品が選ばれたわけです。それが約2年前。当時はホラー映画にまだ勢いがあったころで、彩プロとしてもこの『アコークロー』を成功させて、ホラー映画を継続的に製作していきたいという考えがあった。ただ、2年後の今はもうホラーブームもだいぶ終息した感がありますから、この後どうするかはちょっと分かりませんが。岸本君は前作『忘却の楽園』(自主製作)という中篇もなかなかのものだったんですよ。企画のおもしろさだけじゃなく、監督としてのセンスもある人だということがわかったので、彼をデビューさせようということに決まった。それから丸2年かかってようやく公開に至ったのですが、日本映画界の現状を考えるとそれでも順調にきた方かもしれないですね。

――配給・宣伝会社マジックアワーの代表として活動されている有吉さんが、今回プロデューサーとして製作に参加することになったのは?

この映画の製作会社であり配給会社でもある彩プロの高澤社長とは、15年以上前に彼が製作した『おこげ』という映画の配給・興行の相談を、僕がテアトルの番組編成担当として受けて以来の仲です。2年前も、色々映画の相談を受けたりしている中にホラー企画の話があり、プロデューサーとして参加することになったわけです。マジックアワーとして出資もするという話もあったのですが、最終的には、いちプロデューサーとして作品に関わることになり、マジックアワーとしては宣伝だけを担当することになりました。僕的には、時間のない中2週間ほど沖縄へ行って撮影の大部分にも立ち会っていますし、ちゃんとプロデューサーとして参加したつもりだったんですけどね。映画製作というのは本当に難しいなと(笑)。今回はプロデューサーが3人いたんですね。当然それぞれやりたいこともありますし、なかなか意見がまとまらないこともある。さらに、岸本監督にとっては初めての長編映画で、彼を応援してあげようということでやり始めてもいますから、監督の意志は尊重したい。非常に限られた予算の中で、商売としての映画を考えつつ、監督の意志をどこまで尊重できるのかという部分が非常に難しかったですね。僕としては、企画の段階から相談を受けてプロデューサーとして参加しましたから、企画の中心人物で、映画化にあたって一番苦労している高澤さんをいかにフォローできるかというテーマもありました。

――作品を見ると、いわゆるホラー映画とは違いますね。

そうですね。宣伝をやるうえでも「ホラー」という言葉は使っていません。琉球奇譚というか、沖縄のちょっと怖い不思議な話というテイストで仕上げていこうという方針になったんですね。怖さだけを突き詰める映画は限界に来てると思うし、何を作っても似たものにしかならないから、そういう部分で押す必要はないんじゃないかというのが、プロデューサー側のスタンスとしてありました。

――有吉さんとしてはどうだったんですか。

そこも意見が分かれたところなんですけど、出来上がったものがどう見られるのかというと、ホラー映画としてやっぱり見られちゃうわけですよ。そうすると、宣伝する側からすると、怖くないホラー映画ってどうなんだろうという問題が出てくる。だから、僕個人としてはホラー映画的な見せ方をしたくないとしても、もっと怖く撮ってほしかったなという思いはあります。宣伝をしていく中では、こちらがその言葉を避けても、マスコミには「ホラー映画」と書かれてしまいますし。

「アコークロー」メイン.JPG

(C)2007 彩プロ/マルティ・アンド・カンパニー

――撮影期間はどれくらいですか。

まず2週間ちょっとあって、さらに少しだけ追加撮影をやりました。ですから、合計3週間ほどですかね。忙しい主演二人(田丸麻紀忍成修吾)のスケジュールを何とか合わせても、その日に雨が降ってしまったり、とにかく天気が魔物でしたね。水かきから撮影が始まるようなこともありましたけど(笑)、そうすると、スケジュールも押すし、体力的にも消耗するんですよね。でも、現場の雰囲気は悪くならなかったんですよ。スタッフ、キャストみな素晴らしかったですね。

――今回の主演二人はどういう経緯で決まったんですか。

この程度の予算の作品の場合、ある程度ネームバリューのある人をキャスティングしないと興行的に成立しないんで、そういうことまで含めて二人に決めました。田丸さんは映画初主演ですしね。キャスティングはスケジュールの問題など決まるまでにはいろいろな要因があります。ただ、役者さんに関しては、エリカや尚玄など沖縄出身の俳優も含めてバランスが取れてたんじゃないかと思います。

――厳しい撮影条件だったとのことですが、作品を見ると岸本監督は頑張っていましたね。

正直なところ、最終の製作決定前に本当にこの映画を作るのか、作らないのかという問題も出たんですよね。でも、とにかくゴーサインを出したからにはその条件の中でいかに作るかという闘いになってくる。さらに現場へ入れば天気の問題で予定が変更になり、監督にしてみたら撮影がイメージ通りに進まない辛さは大きかったと思います。撮影する順番も物理的にどんどん変えざるをえない状況でしたから。監督には申し訳ないと思いますけど、映画も結局はビジネスですから、商品の形にすることを最優先にしなくちゃいけない。だから最終的に出来上がったものは監督のイメージと違うところもかなりあったと思います。ただ、それは仕方がない。撮影がスタートした以上は止められないわけです。だから問題があるとすれば、撮影前の段階でどういう判断があったのかということでしょうね。その部分がプロデューサーとして問われるんだと思います。とはいえ、もちろん自分としてはお客さんに出しても恥ずかしくない商品に仕上がったと思っています。

――宣伝はなにをポイントに考えていますか。

田丸さんの初主演映画というのが一番のセールスポイントになると思います。ホラー映画と言う言葉は最後まで出さずに、恐怖映画ではあるということは出していく。監督的にはいろいろ複雑かもしれませんが。宣伝の面では田丸さんと忍成君にかなり頼っている部分はあります。特に田丸さんは、彼女が主演ということでテレビからの引きが強いですし、そういうのは非常にありがたい。さっきも言いましたが、田丸さんの起用も含めて、今回はバランスの取れた良いキャスティングができましたね。

アコークローサブ.jpg

(C)2007 彩プロ/マルティ・アンド・カンパニー

――日本映画のスタッフはみなさん本当に頑張って映画を作っていて、悪い映画を作ろうと思ってる人はほとんどいないんですよね。出発点は悪くないはずなんですけど、いざ完成した映画は目も当てられないものになっている場合が多い。昔の撮影所システムのように作品の質が保証できる状況で映画が作られているわけではないので、製作者が明確なビジョンを持っていないと失敗する方が当たり前のようなところがありますよね、

みんな、どこかで何とかなるだろうと思って進んでいくわけで、実際何とかなるのかもしれないけれど、逆に言えば実はなくてもいいものなのかもしれない。年間五百本もの日本映画が封切られる時代ですけど、実際にはその三分の一の映画があれば十分なんですよ。つまり需要と供給のバランスが悪すぎる。だから、それまでにどんな苦労があったにしても、プロデューサーがやっぱり作るのをやめようという判断ができるかどうか。現場に入る時点で五十点のところからスタートせざるをえない状況は間違いなのかもしれない。でも、そういう中で岸本君のような監督がデビューできるのは重要で、必要な数だけが作られている状況ではなかなか新人監督はデビューできないかもしれない。だから、映画ジャーナリズムはもっとそういう日本映画が本当に置かれている現状を言って欲しいと思います。僕が携わっている宣伝という部門は、映画の良いところを拡大していく作業ですから、映画の欠点を指摘されるのは嬉しいことではないんですが、そういう批判をきちんとやっていかないとわけがわからなくなっちゃう。今言われたことは、多くのお客さんが感じていることかもしれないし、それを出されるのは僕らとしては困るけど、日本映画全体のことを考えると出した方がいいという、難しい状況ですよね(笑)。

――宣伝の方が映画作りに直接関わるのは良いことだと思うんです。宣伝の方はお客さんのシビアな反応を常に感じている。作り手の人達に何がお客さんに届いて、何が届かないのかを伝えられるんじゃないでしょうか。

そうですね。それはそういう部分もあると思います。同時にそう単純な話でもないですが。

――ですから、普段は完成した映画を作った人が持ってきて「これを宣伝しろ」ってことだと思うんですけど、逆に宣伝の人達が「宣伝できる映画を持って来い」と言ってもいいんじゃないでしょうか。

いちおう宣伝の仕事は、映画が持ち込まれたときにその仕事を引き受けるか引き受けないかという選択肢はあるんですね。でも今回の作品についてはうちの会社で宣伝をやるという前提で映画が作られているので、その選択肢がない。そういう意味ではうちのスタッフが一番苦労しているかもしれません。今回の作品は売り方が難しい上、うちの会社が製作協力に名を連ねてもいるから言い訳ができない。でも、現場で本当にいろいろありましたから、出来上がった作品の初号を観たときに、よくここまでのものになったなと思ったんですよ。甘いって言われるかもしれないけど、自分では及第点の作品にはなってると思う。作ってよかったというのが正直な気持ちなんです。

2007年3月12日 マジックアワー事務所にて 

聞き手/内田眞、武田俊彦(「映画芸術」編集部)

『アコークロー』

監督・脚本:岸本司

出演:田丸麻紀忍成修吾

配給:彩プロ

6月16日(金)よりシアターN渋谷、109シネマズ木場、109シネマズ川崎ほか全国順次ロードショー

(C)2007 彩プロ/マルティ・アンド・カンパニー

『アコークロー』公式ホームページ http://www.aco-crow.com/

「マジックアワー」ホームページ http://www.magichour.co.jp/

*なお、「映画芸術」最新号(419号)にて岸本司監督のインタビューが掲載されています。そちらも合わせてご一読ください。