映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

試写室だより『ハリウッド監督学入門』<br>これは大いなる序?なのか。<br>加瀬修一(ライター)

 ハリウッドでは映画制作が巨大な産業であり、映画が商品である事はもはや特別興味がない人でも知っている事実だろう。そこにはおよそ創作活動というよりは、新商品をいかに売るかというマーケティング至上主義のシステムが伝統的に存在している。では具体的にハリウッドで映画を監督するとはどういう事なのか。実際のところはなかなか伝わって来ない。 ハリウッド~メイン.jpg  『ハリウッド監督学入門』はその現場を経験した中田秀夫監督の貴重な証言が聞けるのではないかと期待した。『THE EYE』の頓挫、『ザ・リング2』での葛藤。中田監督版「黒澤VSハリウッド」や「バトル・オブ・ブラジル」「ハート・オブ・ダークネス」となっているのか。その闘いの日々をどこまで赤裸々に語ってくれるのか。興味は増した。本作はグリーンライト(撮影開始)、カヴァレッジ(色々な角度・サイズでの撮影)、テスト・スクリーニング(編集段階での一般試写)の3章からなる。各章でプロデューサーのロイ・リー、ミシェル・ウェイスラー、元ドリームワークス製作最高責任者ウォルター・パークス、音楽のハンス・ジマーをはじめ撮影、編集などの『ザ・リング2』関係者へインタビュー。さらにプロデューサーの一瀬隆重、監督の清水崇ら先達へのインタビューが続く。もちろんそれぞれの話は大変興味深い。しかし制作上か権利的な問題なのかハリウッドでの部分は全てインタビューなど事後の構成でまとめられている。そのためか、それに対する中田監督の本音がどうにも聞こえてこない。というか熱が感じられない。そうそうそうなんだよと笑顔で頷く監督のほんわかムードには出鼻をくじかれる。んんっ? 本当は怒鳴りあってトイレで吐いたりしなかったのか? シナリオやコーヒーカップを叩きつけたり、胸倉掴みあって転げまわったりしなかったのか? あいつは最悪だったとか、こいつはいい奴だとか、ここではウマい目みたとか、もっと何かエグイ事があったんじゃないのと思わず突っ込みたくなってしまう。あのキツイ縛りの中で正直どうだったのか、もっと「生」な言葉が聞きたい。監督の真に迫った肉声はフ~ッというため息だけだった気がする。 ハリウッド~サブ.jpg  中田監督のキャラクターやストレスで悪化した腰痛に苦しむ姿は、同情と共にどこかユーモアを誘う。ああこれはガチガチじゃなくてこの状況をシニカルに捉えようとしたんだなとわかっても、ハリウッドで映画を撮った結論が、えっそれなの!? と思ってしまう。そして日本に帰ってから撮った作品に関しても、やっぱりそこかいっ! とさらにええっ!? となってしまった。結局何処ででもポジティブでタフでなければ生きられない。  「ハリウッド監督学」と掲げたからは、もっと他の監督(アン・リーアルフォンソ・キュアロンなどたとえ断られたとしても)にガンガン突っ込んで行って、認識の差異を検証したり、ハリウッドの制作体制を日本の状況と比較して、双方の良いとこ悪いとこを思いっきりぶちまけてほしかった。旅日記の風情やブログのような気やすさは、どこの誰に向けて撮った作品なのかよくわからなくしてしまってはいないだろうか。  そうか、仮にタイトルが『中田秀夫のHOW・TO・ハリウッド』や『中田秀夫の監督学入門 ハリウッド編〈序〉』ならもっとしっくり来たのかも知れない。次はイギリスで映画を撮る予定があるそうなので、『イギリス編』も撮って欲しい。さらにそういう機会があれば、行く先々で『フランス編』『韓国編』『インド編』とか『日本編 シリーズモノ地獄篇』『日本編 TV局代理戦争』などなど、是非これからもライフワークとして「監督学入門」を制作し続けて欲しいと思う。そうなった時にシステムやビジネスモデルの紹介ではなく、より「監督学」というものに近づくのではないかと、生意気にも思ってしまった。 『ハリウッド監督学入門』 監督:中田秀夫 撮影・録音・ライン・プロデューサー:ジェニファー・フカサワ 編集:青野直子 整音:柿澤 潔 サウンド・エフェクト:柴崎憲治 音楽:川井憲次 2008年/日本/デジタルビデオ/73分/カラー 製作:秀作工房  配給:ビターズ・エンド 公式サイト:http://www.bitters.co.jp/hollywood/index.html 3/21(土)よりシアター・イメージフォーラムにてロードショー