映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

試写室だより 『片腕マシンガール』&<Neo Actionシリーズ><br>もうすぐ夏休み!ガールズ・アクション レビューまつり‘08<br>若木康輔 (ライター)

 雑誌「映画芸術」には、日本映画のエログロやバイオレンスの存在意義を積極的に擁護してきた歴史がある。僕よりよくご存じの方も多いだろう。オルタネイティヴな表現や作家を色メガネ抜きで評価する姿勢は今も自然と受け継がれているから、大量の血しぶきが出る、首や腕が飛ぶなどの残酷描写が出てくるといった理由だけで片腕マシンガールを黙殺したり、あるいは無暗にはしゃいで持ち上げたりすることはない。僕自身、そういう伝統に敬意を持っている。  そのうえで言う。『片腕マシンガール』を試写で見て、僕は残酷描写が大いに気になった。青少年の教育によくないのでは、とすら思った。 kmg_main.jpg片腕マシンガール』(C)2008 FEVER DREAMS,LLC  正式なアナウンスは編集部から近々出ると思うが、本サイト「映画芸術DIARY」はこれからちょっとだけ変わる予定である。どうやら本誌をネット上に紹介する媒体でありつつ、独自の個性をより鮮明にしたいみたい。タトゥーについての考察が映画で描かれているより面白いもんだから、そういう慇懃な形でクローネンバーグの内実はもう弱いと斬ってるんかいな、だったらエグい、と僕には読めた金子遊の『イースタン・プロミス』評あたりから、徐々に変化の予兆はある。いろいろ仕掛けて「映画芸術」を援護射撃する映芸DIARY、今後の展開をひとつよろしく!  PRを済ませたところで本題に入ります。  アメリカのメーカーが100%出資した逆輸入ハードコア・アクションなのが話題必至の『片腕マシンガール』は、基本的には大した映画である。  もろに書き割り然としているから余計にフランケンな空気の漂う日常風景から、また実にヘンなタイミングでアクションが始まり、一度始まったらテンションが途切れない。井口昇はもはや知る人ぞ知る辺境の人ではない。堂々と異能監督の系譜に名を連ねる人だ。『おいら女蛮』での男前振りが新鮮だった亜紗美は、本作ではますます男前。穂花のアップになると、あんまりムンムンと色っぽいのでつい照れてモジモジしてしまった。  画面を真っ赤に染める徹底した殺し合い。出し惜しみせず過剰に見せるからギャグにまで突き抜ける残酷描写。こういうものが必要とされるのはよく分かる。本当に人を刺したくなる代わりに、溜め込んだ鬱屈をスクリーンにぶつけ、共振する。そんな時期は(多分)誰にだってあるし、もともと映画にはそういう役割があるんだよと、疎外感に悩む若い人にもっと知らせたいほどだ。 kmg_sub01.jpg片腕マシンガール』(C)2008 FEVER DREAMS,LLC  僕の場合は、『仁義の墓場』や『0課の女・赤い手錠』『実録・私設銀座警察』みたいな東映の極端な旧作か、しまだゆきやすという人が主催する〈イメージリングス〉で上映される自主映画以外まるで見る気がしなかった時期がそれにあたる。表通りのロードショーの看板がみんな眩しくて目を背けていた頃だ。  〈イメージリングス〉が会場にしていた貸スペース・新宿Fu-のパイプ椅子に座って『クルシメさん』を見たときのヒリヒリとした怖さと驚きの記憶が、本作への不満をもたらすのかもしれない。平野勝之のAVのなかでスタッフのウンコやオシッコを溜めたバケツを頭から被る井口昇を見たときの感嘆が、本作の血しぶきを薄く見せてしまうのかもしれない。  でも、これまでのキャリアはやっぱり関係ないな。端的に言うと、『片腕マシンガール』は復讐劇としての力が弱い。快活でチャーミングな姉が弟を殺されて復讐鬼になる、そこにバネがない。ドス黒い情念が少女を女にしないから、あのマシンガンがいつまでもギミックのままで意味が出ない。必要以上の残酷描写は、作り手にそれだけの殺意と怨念を塗り込める情動がない限りやってはいけないだろう、と僕は思う。  ひとを憎むならごまかさず、八つ当たりをせず、とことん歯噛みして人生を捨てる覚悟で憎め。その重さに耐えられなければ憎むのはあきらめろ。それぐらいの信念で描いてもらって初めて過剰な殺戮描写は見る者の血肉になる。心にナイフを持った青少年の支えとなり、歯止めとなる。優れたバイオレンス映画は、同時に優れた教訓劇であるべきなのだ。  ところが本作は、そこんところの深度が浅いまま血まみれアクションがテンポ良く展開して、しかも面白い。だから、教育上いかがなものか、と思うわけである。これがスプラッター・コメディだったら、また違う約束事の世界なんだからきっと文句は無かった。ストーリーを転がす便利な“手”に復讐を使っていることが気になるのだ。 kmg_sub02.JPG片腕マシンガール』(C)2008 FEVER DREAMS,LLC  仇をわざわざハリウッド式にカリカチュアしたやくざにしているのが、僕には分からない。どんなに憎々しく造形しようと、マンガを相手にした復讐劇では軽いでしょう。例えば、裕福層の子息と中産階級の子分たちのイジメで弟を殺された、あるいは自分もとことん虐げられたヒロインという風でないと、見ていて熱くならない。マンガやくざはボディガードみたいな役目でどんどん出てきていいのだが、良識的な社会に属し、集団を頼みに陰で残酷になる奴らこそが本当に憎い。面倒が起きるとあっさりスクエアなサークルに戻る無自覚の卑劣さがさらに憎い、とならなければ、日本製バイオレンスの情念は華として咲かないのではないか。怒りは潔癖な純情と表裏一体なのだと、よく知っているはずの人ではないか。  井口さんは、先方のリクエストに応じてサービス精神を存分に発揮した分、やや計算違いをしてしまったんじゃないかな? と僕には思われる。一番殺したい奴は許して和解する振りをして、その後たっぷりと死ぬよりも恐ろしい目に合わせる……そういう、グリグリと神経を抉るようなものこそ見たかった気持ちもある。  同じ夏休みシーズンに、<Neo Actionシリーズ>と銘打った中編二本立てが公開される。  そのうちの一本『ハード・リベンジ、ミリー』も、ティーンアイドル紗綾のどてっ腹に風穴が開いちゃうなどバイオレンスに凝っていることでは『片腕マシンガール』に負けず劣らずなのだが、それが良いとも悪いとも、全く感想が出てこなかった。きっとアクションの編集は相当に上手いんだろうし、元気とやる気は十分に感じられるんだけど。意匠から何から、まるっきり向こうの借り物のせいだろう。自分の意見を持たない人の受け売り話には相槌すら打ちにくいものだが、あれに近い。 MILLY-main.jpg 『ハード・リベンジ、ミリー』  しかし水野美紀があくまでアクションにこだわり、激しく殴り合う姿にはジンとなった。「踊る大捜査線」の可憐な雪乃さんがなぜインタビューのたびにアクションをやりたいと言うのか、十年前は今一つピンとこなかった人は僕も含めて多いはずだ。彼女の地道なアピールがあって、女性アクションが当たり前になり、『片腕マシンガール』に抜擢された八代みなせが注目される今がある。闘うヒロインも若ければ若いほど喜ばれるようになっても、一緒に組んだ監督が幼くても、野茂やカズのように水野美紀はやり続けている。それだけで充分、僕はこの中編にほだされた。  もう一本の『THE MASKED GIRL 女子高生は改造人間』は、実は個人的には好み。ヒロインの女子高生がどうも親のしつけが良い設定らしくて、悪の組織の秘密アジトから脱出するとき「あの~すみません、誰もいませんかあ」とついつい声をかけるところなど、けっこうツボにはまって何度かクスクス笑った。ほんわかしたゆるさを狙って、狙い通りにほんわかとおかしいセンスはちょっと大したものだ。金子功という監督の名前、覚えておこうと僕は思った。面白いことに、名字が同じ金子修介の映画と雰囲気がよく似ている。ああ、思えば金子修介こそ、<アイドル+アクション>の方法論を80年代から模索していたパイオニアだった。 MASKED-main.jpg 『THE MASKED GIRL~』  しかし、変身ヒーローもののパロディはあくまで変化球の面白さ。例えばピンク映画やテレビの単発ドラマ枠などのようにベルトのラインがはっきりした中でひょいと登場、という形にならないと折角の遊び心が光りにくいし、見ているお客さんにとっても少し居心地が悪いものだ。金子功はコメディが向いていると僕は思うが、本作をビデオセルでもネット動画でも、どんな形でもシリーズとして続けるプランがあるとしたら、それはそれで応援したい。というか、要は<Neo Actionシリーズ>そのものが、新人監督のショーケースを兼ねたひとつのラインになればいいんでしょうね!  中編二本の紹介がソフトになったのは、まだユースのレベルだから。一方の井口昇はもう次代の日本代表候補だ。目先だけで持ち上げて良しとせず、注文すべきところはすべきなのだ。  アメリカでも『片腕マシンガール』を見て、クール! エクセレント、イグチ! と喜ぶ若い子はそりゃあ多いだろう。でも、末梢神経を刺激されたらそれで満足な連中の人気は、国内外問わず当てにならない。  彼の国にだって、オタク仲間の輪にも馴染めず、ナイフやライフルを買う代わりに一人で映画を見る、暴発寸前の気持ちを抱えた子は男女問わずいるだろう。そんな子たちに、なあんだ、今どきのニッポン人の復讐の怨念はこんな程度か。ルサンチマンをスポーツ感覚で元気に処理しちゃうのか。タランティーノ一派と変わんないじゃん……と落胆されたら、そっちのほうが国辱ものの事態だ。いやいやキミたち、イグチが自分の資質と題材との照準をピタリと合わせたらもっと凄いんだぜ。青春ダークコミックのクラシック『魔太郎がくる!!』をイグチがディープ&センシティヴに映画化する日がいつかきっと来るから、それまで待ってほしい! 誰か英訳してくれ。 kmg_sub03.jpg片腕マシンガール』(C)2008 FEVER DREAMS,LLC  映画にリメイクやオマージュがあるなら、批評にも似た事があっていいのではないか、とうっすら考えていた。なので言う。この文章は新作レビューであると同時に、佐藤忠男石井輝男のエログロ路線を批判した68年の評論「日本映画の最低線への警告」への、僕からのトリビュートである。(抄文を『石井輝男映画魂』(ワイズ出版)で読むことができます)  もしこの文章が記録として残り、未来世界の映画ファンたちに「あの『片腕マシンガール』が公開された時、日本のシャレの分からないバカがさ、残酷描写が良くないとか大真面目に批判してんだよね。ワカキとかそういう名前のやつ」なんて笑い者にされたら、それはそれで時の審判に負けたということだ、と僕は腹を括っている。 片腕マシンガール 監督・脚本:井口昇 主演:八代みなせ 亜紗美 穂花 島津健太郎 製作:FEVER DREAMS 配給:SPOTTED PRODUCTIONS 8月2日より池袋シネマ・ロサ、シアターN渋谷にてロードショー公開、ほか全国順次公開 公式サイト http://www.spopro.net/machinegirl/ ★7月末発売予定の次号「映画芸術」に井口昇監督のインタビュー掲載予定! <Neo Actionシリーズ>(二本連続公開) 『ハード・リベンジ、ミリー』 監督・脚本:辻本貴則 主演:水野美紀 虎牙光輝 大口広司 紗綾 『THE MASKED GIRL 女子高生は改造人間』 監督・脚本:金子功 主演:清水由紀 中村静香 きだつよし 佐藤藍子 製作:「Neo Action」シリーズ製作委員会(ウェッジホールディングス 日本出版販売 ワコー) 配給:日本出版販売 8月9日より渋谷Q-AXシネマにてレイトショー公開 公式サイト http://www.neo-action.com/