映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

■試写室だより『幻影師アイゼンハイム』<br>時代色豊かな奇術映画とミステリが同居した異色作

 スティーヴン・ミルハウザーの短編小説を映画化し、全米でインディペンデント系としては予想外のロングランヒットを遂げた作品。

 19世紀末のウィーンで、奇術師アイゼンハイム(エドワード・ノートン)は超絶的なテクニックによるイリュージョンで観衆の注目を集めていた。

 だが幼い頃の恋人で身分の違うソフィ(ジェシカ・ビール)と不意に再会し、お互い惹かれあっていくも、それに嫉妬したソフィの婚約者・皇太子レオポルド(ルーファス・シーウェル)がアイゼンハイムの奇術を王宮に招いて暴こうとする……。

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(c)2006 Yari Film Group Releasing, LLC. All Rights Reserved.

 映画自体は古い時代の幻影師・アイゼンハイムの奇術を楽しませ、恋愛映画かと思ったらドンデン返しのミステリのように終わる少々凝った作りである。

 しかしラストは、まるで『ユージュアル・サスペクツ』みたいなオチである。

 きっとこの映画は、このオチを鮮やかな奇術の手際として笑って受け入れられるか、違和感を持ってしまうかで評価が分かれることになるだろう。

 さしずめ私は別に大して関心もしなかったし、くだらないとも思わなかった。

 見終わって最初に思ったのは、このオチはレイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」におけるテリー.レノックスを笑って受け入れろ、ということではないのか……というものだった(ネタバレしそうなのでこれ以上は言及しないが)。

だからか、恋愛映画の彼氏役でもあるアイゼンハイムが妙に詐欺師めいた人物にも感じたのだが、そんな小悪党さに味があるのはエドワード・ノートンの好演ゆえかもしれない。

 また皇帝側に付きながらも、アイゼンハイムの奇術に魅せられ、両者の間で揺れながら右往左往するウール警部(ポール・ジアマッティ)の存在感も顕著に目立っている。

 彼は半ば観客に近い視点から事態の推移に同行しているが、その親近感ある存在ぶりが、ラストのどんでん返しの見届け人のような役割としても描かれている。

 鹿の剥製が大量に展示してある皇帝の屋敷や、19世紀のウイーンの街並や風情、ノートンが見せるイリュージョンのレトロで奇妙な味わいなどがこの映画の最も魅力的なところであった。

 全体的に緩やかなタッチなのに、奇術を暴こうとする皇太子、行方不明になるソフィ、死者の魂を蘇らせるというイリュージョンを行って弾圧されるアイゼンハイム……と、事態の推移によってある時緊迫したり、はたまた緩んでしまったりと緩急を繰り返す展開である。

 しかし緩んだ場面の不明瞭な描写は結局伏線として機能し、ラストのオチに一気に繋がるよう組織されている。

 その機能ぶりが軽い気の利いた出し物程度にしか思えないところもあるし、芸があるとも言える……となんとも微妙なところだ。

いずれにしても趣向を凝らした異色作である。

text by 大口和久(批評家・映画作家

『幻影師アイゼンハイム』

出演:エドワード・ノートンポール・ジアマッティ ジェシカ・ビール

脚本/監督:ニール・バーガー

原題:THE ILLUSIONIST

2006年/アメリカ=チェコ/109分

公式サイト http://www.geneishi.jp/

5月24日~日比谷シャンテ シネほか全国ロードショー