リチャード・リンクレーター監督の『ファーストフード・ネイション』は、エリック・シュローサーのベストセラーにもなったノンフィクション「ファストフードが世界を食いつくす」を映画化したもの。
アメリカを覆う大手ハンバーガーチェーン(ファーストフード業界)の隠れた内幕を描いている。
これはアメリカばかりでなく、日本でも中国製ギョーザ中毒事件が起きたり、食品業界で偽装や粉飾事件が相次いで発覚している状況もあり、旬な問題に触れている映画と言える。
大手ハンバーガーチェーン、ミッキーズのマーケティング部長(グレッグ・キニア)は、ハンバーガーに使用しているパテから糞便性大腸菌が検出されたという報告を受け、その調査のためコロラドにある工場へと向かう。
そこで彼は工場を視察して回るのだが、彼の目にはほぼ完璧な衛生管理が成されているように見えてしまう。
その頃、アメリカに職を求めて密入国してきたメキシコ人(ウィルマー・バルデラマ)はミッキーズと契約している精肉工場で働き始めるが、そこには危険と隣り合わせの仕事が待っていた。
一方ミッキーズのある店では、店員たちがダラダラ働きながらも、会社への不満や疑問を抱えており……。
と、リンクレーターはファーストフード業界に関わる様々な人々の姿を交互に多角的な視点から描いていくことで、業界の構造自体を描き出し、隠れた影に迫り、出口無しの世界というものを浮き彫りにしていこうとしている。
ここでは工場の調査に出向くマーケテイング部長にせよ、業界の状況を比較的正確に語る「ダイハード」な「ある男」にせよ、誰もが安易に不正に目を瞑ったり誤魔化したりせず、職務に忠実に調査をしている。
しかし先述の「ある男」が俯瞰的に解説するように、業界はもはや煮詰まった形で出口無しのシステムで回転し続けており、何かを変えれば何かがしわ寄せを食う、だからどこかで妥協案をみつけて転回させるしかなく、その結果、こうした現状になっているのだ、という一筋縄ではいかない問題の困難さにぶち当たっている。
貧困なメキシコからの不法移民たちも、金持ち国のアメリカで働けるようになったとはいえ、そこで待っていたのは非人間的で過酷なワーキングプアの毎日。
労働中に大怪我をしても会社からはろくな保障もされず、ただ使い捨てにされてしまうだけ。それでもメキシコの家族を養うためにはここを離れられず、大怪我をした男の妻が体を売ってまで仕事を代行しなければならない……。
ファーストフード店の店員たちはここでの衛生管理や労働にかなり疑問を持っており、ある女性店員は、店を辞め改革を推進するグループに所属し、食肉の元になる牛たちを解放する行動に出るが、家畜として飼われている牛たちは開け放たれた柵から自由に自然回帰などしようとしない。
それはここで微温的な形で人間に飼い慣らされていた方が、終いには食肉にされるとはいえ生きやすいと思っているかのようである。ここでもこの改革行動は、肝心の牛が自然回帰など望んでいないことでシステムが勝利し出口無しの結果を迎えてしまうのだ。
さらに問題はもうひとつある。
この映画ではあまり触れられていないが、エリック・シュローサーの原作ではディズニー商法とマクドナルド商法の類似が語られている。
マクドナルドはただ単に効率優先の大量生産による低価格実現によって世界制覇に近い成功を収めたのではなく、ディズニーのような夢と幸福のイメージで世界中の子供たちを覚醒させることが出来たことが大きな成功につながったと分析されている。
これはアメリカだけの話とはとても思えない。
日本の、郊外にローンで家を買った共働きの若い夫婦が、子供の面倒をまともに見られない罪悪感から、郊外に大きな店舗を構えるハンバーガーチェーン店が子供たちをディズニー的な夢に覚醒させ、それを強く求めることに易々と従っている傾向などよく見られることだろう。
寧ろその場の空気や大きな流れにアメリカ人以上に従属しがちな日本人の方がこうした郊外文化に馴染みやすいような気もする。
しかし裏を返せば、核家族の郊外文化の小さな幸福をファーストフードチェーン店が担っている側面もあるとも言える。
また、ファーストフード店は「ネットカフェ難民」と呼ばれる人たちの、夜間の雨露をしのぐことをその非人間的なシステムの効能として実現しており、結果的に彼らを援助している側面があることも否めない。
確かにメキシコからの不法移民の悲惨な労働状況はかなりセンチに描かれているが、その移民たちにしても自国の貧困な状況では生きていけないからアメリカに法まで犯して渡ってくるのだろうし、そこで仕事を与えているのはファーストフード業界である。
つまり労働者の末端と消費者の末端に、ファーストフード業界は貧困層を大きく抱えているとも言えるのだ。
だから、ファーストフード店の悪の部分だけを原作やこの映画を通して批判的に語るのは、社会的発言として別に間違ったことではないが、ではそう語る人間がファーストフード店を日常において気軽に利用していないのか、子供にせがまれて易々とハンバーガーチェーン店の夢の覚醒に従っている現実はないのか、またファーストフード店と縁のない勝ち組な生活を送りながら批判だけしているならば、その影響下で小さな生活の恩恵を受けている庶民や貧困層のことなどわかるわけがないではないか、とも思える。
その意味でも、簡単な結論を出していない、否、「出せない」問題を抱えていることを敢えて意図的に露呈させ、もはや出口無しのシステムに日常が覆われている現実の「実態」を描いているところが秀逸な作品だと言えるだろう。
text by 大口和久(批評家・映画作家)
脚本/監督:リチャード・リンクレイター
原作/脚本:エリック・シュローサー
出演:グレッグ・キニア ポール・ダノ イーサン・ホーク パトリシア・アークエット 他
原題:FAST FOOD NATION
2006年/米英合作
配給:トランスフォーマー
ユーロスペースにて公開中、全国順次ロードショー