映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

試写室だより『犬と猫と人間と』 <br>駄目だから、希望がある <br>加瀬修一(ライター)

 前作の『あしがらさん』(注1)を観た時に、飯田基晴監督って本当にいい人だと思った。もういい加減怒ってもいいだろう!って状況になっても、決してあしがらさんとの関係を切らない。時に何がそこまでと思わされるほど。上からでも下からでもない、あくまで相手と同じ地平に立って、同じ様に見たいという強い欲求。そして監督の中のある指針に従って、それを全うしようとする律儀さ、生真面目さ。あっ、これはもう理屈じゃなくて、監督の人間としての資質なんだと思った。新作のドキュメンタリー『犬と猫と人間と』は、そんな監督に自分の想いを託したおばあちゃんから始まる。  「動物たちの命の大切さを伝える映画を作ってほしい。お金は出しますから。」そのおばあちゃんは、『あしがらさん』が上映された映画館のロビーでいきなり監督にそう切り出したそうだ。おばあちゃん、この話を人にしたの初めてだったのだろうか? そんな話を信じる人はなかなかいない。監督も初めは断る気だったらしいが、話を聞くうちに引き受けることにする。きれい事じゃない台所事情を素直に語る監督の姿勢はかえって誠実だ。「僕でいいんですか?」「あたし、人を見る目は、結構確かなのよ。」おばあちゃんの女の勘。いや、最後の賭けだったと思う。「映画は素人ですから、内容は一切お任せします。何も注文は無いんですよ。ただ、あたしが生きているうちに見せてくれれば。」 siroemon-1s.jpg  動物に興味のない監督は、まず日本のペット事情を調べる。そこには数値やデータでは決して見えない現実があった。一大産業と化した裏で、一日に1,000頭近くの犬や猫が殺処分されている。監督は数字の向こう側にあるものを伝えようと、行政施設、愛護協会、ボランティア、子供たちの姿を「同じ地平に立ち」「律儀さと生真面目さ」を持って見つめていく。やがて撮影は、動物愛護の先進国・イギリスにまで及ぶ。ひょんなことから始まった映画作りは、足掛け4年になっていた。確かに避妊手術や殺処分される様子、エゴ剥き出しの人の姿を見るのはしんどい。でも時に泣き、遠慮しながらも疑問をぶつける監督の姿、そしてこれも監督独特の柔らかな口調のナレーションの力で、陰惨になりがちなテーマをどこか温か味を持って観ることができるし、一つひとつのエピソードが、丁寧にわかりやすく構成もされているので、子供でも内容を理解できるようになっている。おばあちゃんの「動物たちの命の大切さを伝える映画を作ってほしい。」という想いに、監督は十分応えたと思う。ただ、「あたしが生きているうちに見せてくれれば。」という言葉の重みを、監督はどう考えていたのだろう?  犬や猫たちも、施設に収監されたら無条件に命に期限が付けられる。おばあちゃんの年齢や健康状態から、おのずと期限は見えてこなかったのか。いつ何があっても不思議ではないおばあちゃんと、収監された犬や猫たち。それぞれの命と向き合った時の監督の焦燥感は、どう違ったのだろう。「映画」とは別の話なのだろうか……。 犬と少女達01.jpg  もう1つ。人は親兄弟、血の繋がった子供、時に自分の命すら捨てるほど業が深い。だからある意味動物を捨てる側の気持ちは分かる。むしろそんな世界で、そこまでして動物を助けようとする人達のモチベーションが何なのか、そこが知りたいと思った。奇しくも監督はこの問いを冒頭でおばあちゃんにぶつけている。「何でそんなに猫なんでしょうね。想いの行き着く先が?」「やっぱり何かを可愛がりたいんじゃないかしらねぇ。人も好きですけど、人間よりマシみたい。動物の方が。」おばあちゃんはこう答えている。何がそう思わせたのか? 愛護協会の方々、ボランティア活動をされているご夫婦、子供たち。それぞれの行動は本当に素晴らしい。とても僕にはできない。でも動物を助けようという気持ちが、全て崇高な考えやポジティブな感情から来ているのだろうか。  ペットショップや街中にいる犬猫を見て、「かわいい」と思うのと「かわいそう」と思う気持ちの根源は、実はそう違わないのではないだろうか。そこに核心があるように思えてならない。もちろんそれは何かを暴露しろという訳ではない。この映画の趣旨がそこではないということも理解している。でも、あえて言いたくなってしまう。振子をもう一方にも振って欲しいと。 徳島のこどもたち02.jpg  「あなたにとって、ペットはどんな存在ですか。」と問われて、ニコやかに「家族です。」と答えた人がいつ、生活保護を受けられなくなるから、泣く泣く施設に犬猫を捨てに行くようなことになるか、それは誰にもわからないし、そうなってしまった人が「動物を愛していない、自分勝手な人間」とは言い切れないと思う。この映画を観て、現状を知って、人間ってホント勝手だよねでは終わって欲しくない。簡単に答えが出ないことだからこそ考えて欲しいと強く願う。そして問題が犬や猫だけではないことも。  映画の中で、獣医師の前川博司さんはこう言っている。「動物を可愛がる精神を持つのは、人間が平和で裕福でないと難しい。」言い換えれば、余裕ということかも知れない。これは経済的なことだけではない。イギリスのように、伝統や文化といった精神的土壌だったり、厳密に整備された法制度でもあると思う。  日本は今、その余裕がない。これから映画館はもちろん、全国の小学校、中学校、公民館で『犬と猫と人間と』を観る人たち、特に子供たちが、自分で考えて行動してくれるようになってくれたら素晴らしいことだと思う。そういう教育的な意義の大きい映画だから。大人には子供がそうできるようにする義務がある。駄目だからどうしようもないんじゃなくて、駄目だから良くなる可能性だってあるのだ。まだまだ人間だって捨てたもんじゃない。 (注1) 20年以上も新宿の路上で生きてきた「あしがらさん」を3年にわたって撮影した、飯田基晴監督の長編ドキュメンタリー第1作。2007年9月の映芸マンスリー(現シネマテーク)でも上映された。 公式HP http://www5f.biglobe.ne.jp/~ashigara/ 『犬と猫と人間と』 企画:稲葉恵子 監督:飯田基晴 撮影:常田高志・土屋トカチ・飯田基晴 音楽:末森樹 制作:映像グループ ローポジション 配給:東風 宣伝協力:スリーピン 助成:芸術文化振興基金 2009年/HD/16:9/日本/118min (c)2009.group Low Position 10月よりユーロスペースにてロードショー、他全国順次公開 公式HP  http://www.inunekoningen.com/