映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

シマフィルム「京都連続」シリーズ第二弾『天使突抜六丁目』 <br>瀬戸夏実(主演)、山田雅史(監督)インタビュー

 柴田剛監督の『堀川中立売』に続いてシマフィルムが仕掛ける「京都連続」シリーズ第二弾『天使突抜六丁目』が11月19日から新宿・K's cinemaで公開される。映画は京都に実在する「天使突抜」という町をタイトルに冠しながらも、その町には実在しない「六丁目」に迷い込んだひとりの青年の惑いと煩悶を、虚実ないまぜの世界の中に描き出す。監督はPFFぴあフィルムフェスティバル)の入選経験を持ち、第一回CO2(シネアスト・オーガニゼーション・大阪エキシビション)の助成作品も監督している山田雅史。現在は、オリジナルビデオ「ほんとうにあった怖い話」シリーズや『ひとりかくれんぼ 劇場版』などのホラー作品を量産してる山田監督が、地元の京都に帰って「35年生きてきた全てを詰め込もう」という思いで撮り上げたのが本作である。近年、『シャーリーの転落人生』や『冷たい熱帯魚』などで独特の存在感を放ち、本作では主演をつとめた女優の瀬戸夏実さんと山田監督のふたりにお話を伺った。 (取材・構成:平澤竹識 構成協力:小久保卓馬 春日洋一郎 中山洋孝) 瀬戸夏実(主演)インタビュー 映画ほど自分を感動させてくれるものは他になかった seto.JPG ──以前、「nobody」のインタビューで話されてたと思うんですけど、カメラマンの柳島克己さんとの出会いがきっかけで映画の世界に入られたんですよね。 瀬戸 アルバイト先のお店に来てたお客さんが柳島さんだったですね。仕事が終わると一杯飲んで帰るみたいな場所で、私が偶然働いてたんです。 ──バーみたいなところで? 瀬戸 オーディオ・バーですね、すごく大きいタンノイとかを使ってレコードとかを流すような。 ──元々、音楽をやられていたんですか。 瀬戸 いや、違うんです。ずっと家に引きこもってて(笑)、久しぶりに友達と会ったときに、そのお店で飲んでたんですけど、友達から「ちゃんと社会と関わったほうがいいよ」「こういうところで無理やり人と話すと人に慣れるから」って言われたんですね。その話をしてるときにアルバイト募集の貼り紙があって、「ここで働けばいいじゃん」みたいな感じになって、お店の人に訊いてみたら、「ちょうど人探してたからいいよ」って(笑)。 ──引きこもってたと言っても、いわゆる「引きこもり」じゃないですよね。 瀬戸 その頃は家で取り憑かれたように映画を見てたんです。映画を見ては、こんなに自分を感動させてくれるものは他にないなって思ってて。そしたら普通の会話がつまんなくなってきちゃって、周りの普通に生きてる人たちにも興味がなくなってきちゃって、興味がなくなってくると喋りたいという気も起きなくなるじゃないですか。それでどんどん・・・。 ──浮世離れしていっちゃうわけですね。 瀬戸 そうなんです(笑)。 ──その頃はどういう映画をご覧になってたんですか。 瀬戸 ベルトルッチの映画はすごく好きでした。そのうちに映画ってどうやって作ってるんだろうみたいな興味を持つようになって、バイトを始めてから三ヵ月後ぐらいに柳島さんと出会うことができたんです。そこはカウンターのあるお店なんで、お客さんの相手もしなきゃいけないんですけど、映画しか見てないからどんなお客さんにも「最近、映画見ましたか?」って無理やり切り込んでいって(笑)、映画が好きな人じゃなかったら盛り上がらずに終わるみたいな(笑)。そういう下手な接客ばかりしてたんですけど、柳島さんはたまたま映画の仕事をしてたんですごく仲良くなれて、いろいろ教えてもらいました。 main_entsuki_04.jpg ──柳島さんを通して、映画の裏側をなんとなく知るようになったと。 瀬戸 その頃、人と上手く話せなかったり、人との距離感が上手く掴めなくて、そういうことも柳島さんが教えてくれたんですよね。例えば、初対面の人に奢られるようなシーンになったら、私はもうどうしていいか分からなくて、「そういうときはどうしたらいいんですか?」って訊いたら、「奢ると言われても千円は置いていけ」とか(笑)。あと、これは今の仕事を始めてからですけど、現場の打ち上げに行っても仲のいい人ってあんまりいないじゃないですか。何を話していいか分からないし、ずっとひとりで座ってるだけだから、「そういうときにどうしたらいいか分からない」みたいな話をしたら、「ちょっとしたら知らない間に消えろ」とか(笑)。 ──ムチャクチャ具体的なアドバイスですね(笑)。 瀬戸 そういう話を疑問を持たずに納得できるような関係だったんですよね。すごく信頼してて、ずっと柳島さんみたいな人間になりたいと思ってたんです。  例えば、お店でふたりで話してたとしますよね。あの映画の撮影がどうだったみたいな話をしてるときに、サラリーマンの人が「何の話してんの?」って入ってきても、柳島さんはその話の冒頭からちゃんとはしょらずに話せる人なんですね。そういうことって、なかなかできないじゃないですか。私は少しだけ映画を知ってるけど、サラリーマンの人は全然映画を知らなかったりするのに、その人にも楽しめるように同じ目線で話ができる、そういう人間になりたいなってすごく思ってました。 ──そこから「現場を紹介してあげるよ」っていう話になったのは? 瀬戸 柳島さんがいつものように飲んでいたら「夏実ちゃんは佇まいが怖いから、それは映画の演技につながるかもね」みたいなことを急に言ったんです。酔っていたのかもしれませんが、私は柳島さんみたいになりたいのに、「“怖い”ですか?」って(笑)、その後プロの映画の現場に行ってみたいという思いが強くなってきて、そのときその言葉を思い出して「(北野)武さんの現場に行きたい」って言いました。それが柳島さんと知り合って3年後のことですね。 ──それで『アキレスと亀』(08)の現場へ? 瀬戸 そうですね。でも、撮影は『シャーリーの転落人生』(09 冨永昌敬監督)が先なんです。公開は『アキレス~』のほうが先ですけど。 sub2_tentsuki_30.jpg ──その頃から立て続けにいろんな人の作品に出るようになってきたと。 瀬戸 出てたと言っても、公開されない映画ですよね。 ──仲間内で見せたり? 瀬戸 柳島さんに見せたり(笑)。でも、柳島さんは優しい“大人”だから、絶対に「ダメだった」とは言わなくて。演技はひどかったと思うんですけど、「夏実ちゃん、あのときは痩せてたね」とか、映画の内容と関係ないことを言うんです(笑)。初めの頃はそれを真に受けてたんですけど、映画を見てもらってるうちに「これは柳島さんの優しさだったんだな」って気が付いて(笑)。 ──映画をやってみたいと思っていても、プロの現場では怒号が響くこともあるわけじゃないですか。そういう厳しさを目の当たりにしても「好きだな」って思えたってことなんですか。 瀬戸 それを見ても動じなかったのは、柳島さんからいろんな現場の話を聞いてたからだと思います。柳島さんの話は具体的で、聞いているとその現場の空気まで分かるようで、その現場にいたような気分になれた(笑)。そういうのが良かったんだと思います。 ──今回の『天使突抜~』は主演ですけど、どういう経緯で出演が決まったんですか。 瀬戸 その頃、こういう大きい映画に出たくなくなっていて、マネージャーから「オーディションに行って」とか言われても、嫌だけど三回に一回は行こうと思っていました。その一回がこの映画なんです(笑)。 ──でも脚本と関係なく、「えい!」って決めてるわけじゃないですよね(笑)。 瀬戸 製作してるシマフィルムの名前は知ってたんですね。「あ、良かったな」と思った映画がシマフィルムだったなって。だから、シマフィルムの映画というのと、その「三回に一回」っていうのが半々ぐらい……(笑)。 tentsuki_22.jpg ──かなりザックリですね(笑)。今回の映画もシマフィルムらしいというか、『堀川中立売』(10 柴田剛監督)と同じで決して分かりやすい話ではないですよね。虚実入り交じった世界観で、瀬戸さんが演じたみゆきも人間なのかどうか分からない、難しい役だと思うんですけど。 瀬戸 今回はオファーをいただいてから、京都の現場に行くまでに一回も監督に会えなかったんですね。私が現場に入る頃にはもう撮影が始まっていて、着いた日の夜に衣裳合わせ、その後「瀬戸さんの歓迎会」、次の日の朝から撮影みたいなスケジュールで(笑)。台本を読んでも、みゆきには分からないことが多かったんで、いろいろ考えて京都に行きました。でも、最初の衣裳合わせのときに、私が想像してたみゆきの服と全然違うものが用意されていて、「はあ・・・違うんだ」と。監督の山田さんは少し世間話をするくらいで、役についてはあまり話してくれなかったんですね。任せてくれるんだなと思ったので自分でもう一回考え直さないとダメだと思って、その後の「瀬戸さんの歓迎会」も途中で抜けて(笑)、部屋でいろいろ考え直して次の日の撮影に臨みました。 ──最初はどういうイメージだったんですか。 瀬戸 結婚してる相手が初老の男性だというのは台本にも書いてあったし、生まれたときからちゃんと愛情を受けたことがない子で、精神的にすごく不安定な子なんだろうと。普段からお酒を飲んでダラダラしてるというのも台本にあったので、見た目とかに頓着しないイメージだったんですね。でも、用意されてた衣裳は新品の可愛らしい感じの服で、精神的に安定してる女の子が買いそうなものだったんで、じゃあ、みゆきは洋服が好きな子にしようと。お金があったらお酒も飲むけど、洋服もたくさん買う子なんだと、そういう風に考え直しました。  だから、昇(真鍋拓)から洋服をプレゼントされるシーンがあるんですけど、そのシーンはすごく喜ばないといけないなと思ったり。あと、私は人と目を合わせて話すのが得意じゃないんですけど、みゆきもお酒を飲んでないときはそういう感じがしたんですよね。だから、お酒を飲まずに普通のことを喋ってるときは、相手を遠ざけるような話し方にして、お酒を飲んでるときだけは楽しそうな感じにしようとか考えました。 ──今の衣裳の話と繋がるか分からないんですけど、山田さんはまずヴィジュアルのイメージがあって、そこから作っていく方なのかなっていう気がしたんですけど。 瀬戸 まさにそうだと思いますね。 ──そうすると監督の欲しい画があったときに、瀬戸さんが作ってきた人物の背景と監督のイメージがかち合っちゃったりとかは? 瀬戸 しないですね。違う場合は監督のイメージに合わせます。今回は演じていくうちに監督が欲しいものが分かってきて、後半の撮影は自信を持って演じていたと思います。 sub_3tentsuki_28.jpg ──そういう意味で、気に入ってるシーンはありますか。 瀬戸 自分が出てるシーンではないですね(笑)。 ──どの映画に出たときもそうなんですか。 瀬戸 そうですね。『天使~』は昨日見たんですけど、自分のシーンになると目を瞑ってました(笑)。だから、後半はあんまり見てません(笑)。自分を見るのが嫌なんです。 ──カメラの前では自分をさらけ出してるわけですよね。その心構えがあるのに、自分を見るのが嫌だというのはどういう感覚なんでしょう。 瀬戸 その感覚を説明するのは難しいです・・・。 ──これからこういう役者になりたいというイメージはありますか。 瀬戸 役者としてこうなりたいっていうのはまだないんですよ。こういう人間になりたいと思うことはあるんですけど。 ──こう見せたいとか、こう見られたいとか、そういう欲は出てこないものなんですか。 瀬戸 自分が出たシーンを見れるほどまだ自信がないんです。だから「こう映ってなかったからダメだった」とか、そういうことも思わないですね。ただ、『シャーリー~』に出た頃は、そのバーで働くことが生活のメインだったので、お店で面白いことを言えないことにすごく悩んでたんです(笑)。そういうときに冨永さんと初めて会ったんですけど、『シャーリー~』の衣裳合わせの後にスタッフの飲み会があって、私がトイレから帰ってくるのが遅かったみたいで。べつに混んでただけなんですけど、トイレから戻ってきたら、冨永さんに「おかわり自由だった?」って言われて、「これだ!」って思って(笑)。この人の笑いのセンスに付いていこうと。そういう監督に対する尊敬の念が『シャーリー~』はすごく良かったんだと思うんですね。『シャーリー~』で頑張れたのは、冨永さんの笑いのセンスを信頼してたからなんです(笑)。 ──自分の中にヴィジョンがないと仕事を選ぶのも難しいと思うんですけど、何を基準に次の作品を決めていくんでしょうか。 瀬戸 「えい!」って決めると思います(笑)。 山田雅史(監督)インタビュー 商業的な制約を全て投げ捨てて、撮りたい映画を撮ろうと思った yamada.JPG ──今回は『堀川中立売』(10 柴田剛)に続く、シマフィルムの「京都連続」シリーズ第二弾ということですが、どういう経緯でこの映画を撮ることになったのかというところから伺えますか。 山田 以前、『ひとりかくれんぼ 劇場版』(09)というホラー映画を作ったんですね。その作品を東京で上映したときに、ちょうど志摩(敏樹)さんが京都から来られてまして、その後、二人で中華を食いながら話をしたんです。そのときは「京都」シリーズって言ってたんですけど、一年に3本、京都の通り名をタイトルにして、あとは自由にやるみたいな企画だったんですね。第一弾はもう柴田剛が撮る準備を進めてるという話で、「次に山田やってみるか?」と。僕は普段ホラー映画を作ってるんですけども、京都出身なので、地元に帰って撮りたいなとはずっと思っていて、「是非やらせてください」っていう。 ──山田さんは大阪のビジュアルアーツを出た後、一回目のCO2(シネアスト・オーガニゼーション・大阪エキシビション)の助成作品として『堤防は洪水を待っている』(04)という作品を撮られてるんですよね。志摩さんとの出会いというのは? 山田 僕は大阪で10年くらい自主映画を作っていて、そのとき作った短編を志摩さんもどっかで見たらしいんですよ。最初に会ったのは、志摩さんがプロデュースした若松(孝二)さんの『17歳の風景』(05)が大阪で公開されたときなんですけど。その前に、ぴあフィルムフェスティバルで『つぶろの殻』(04)という作品が入選しまして、そのときの審査員が若松さんだったんですね。それで、若松さんに会うために劇場に行って、CO2の作品なんかを「見てください」とお渡ししたら、「次の週にもう一回イベントがあるからまた来いや」みたいなことを言われまして。次の週に感想を聞きに行ったら、「意味が分からん」とかぼろかすに言われて落ち込んでるときに、横に志摩さんがいて「まあ気にすんな」って励ましてくれたんですね。それで「じゃあ、志摩さん撮らせてください」って言ったら、「いや、それはまた別の話や」とか言われて(笑)。それから、いろんな企画を出してはいたんですけど、志摩さんは「脚本が気に食わんかったらやらん」って人なんで、何年も実現はしなかったんです。 ──今回の話が来たときに、志摩さんから要望はなかったんですか。 山田 最初は全然なかったんですね、「京都の通り名をタイトルにして、とりあえず書いてみろ」というだけで。ただ、シナリオは脚本家の宮本(武史)と共同で書いたんですけど、初稿からの直しが長かったですね。結局13稿くらいまで書きまして、初稿とはだいぶ変わったものになりました。 ──天使突抜の通り名を使うことは最初から決まってたんですか。 山田 京都には面白い通り名がいっぱいあるから、それをタイトルに映画を作ったら面白いんじゃないか、というのが最初にあって、僕のほうでいろいろ調べたんですね。その中で、天使突抜という通りが見つかって、「これをタイトルにしたい」ということをお伝えしたんです。 sub1_tentsuki_34.jpg ──天使突抜は京都市内の五条の辺りですよね。映画の風景を見ると、京都市内で撮ってるように見えなかったんですが。 山田 実は、京都の舞鶴というところがほぼメインなんです。シマフィルムの京都市内の事務所が天使突抜の近くにあるんですけど、最初はそこを宿にして、その周辺で撮る予定だったんですね。『堀川~』がそういうやり方で、『天使~』も同じやり方で撮影する予定だったんですけど、『天使~』がインするまで『堀川~』のチームがそこを使ってたんで、これはちょっと難しいと。  実際の天使突抜にもロケハンに行ったんですけど、京都っぽい家はポツポツとあるものの、だいたいが駐車場になっていたり、撮影するには大変な場所だなというのが第一印象にありまして。今回は主人公が警備員をやる話で、工事現場を作るとか、わりとスペースが要るので、志摩さんに相談したら、舞鶴ならやりやすいんじゃないかと。  舞鶴は港に軍艦があったり、京都の中でも独特の空気が流れてる町なんですね。僕も昔よく行ってたことがあって、以前から舞鶴で映画を作りたいとは思ってたんです。シマフィルム自体も舞鶴にありますので、ロケ地はプロデューサー自ら「いいところがあるから連れて行くぞ」って感じで、志摩さんと二人でロケハンを廻ったりしましたね。 ──天使突抜をタイトルに使おうというところから、どういう流れで今みたいな話になっていったんですか。 山田 まあ、“天使”が付く通り名なので、そこには天使がいるだろうと(笑)。あとは、自主映画でも男女の物語をわりと作っていたので、自分が今までやってきたそういうものを放り込んで、変わった作品が出来ないかな、というのがスタートですね。  その中に自分がこれまで生きてきた経験も詰め込みたいという思いがあって、最初、主人公は画家という設定だったんですよ。僕は高校もデザイン科で、自分で絵を描いたりするので、売れない画家の男がしみったれた人生を送ってるみたいな物語が最初にあったんです。でも志摩さんから、「そういう話はもう結構やられているから」と言われまして、僕が「つげ(義春)が好きなんで・・・」としつこく言っても、「それはもういい」と(笑)。  で、職業をどうするか、という話になったときに、僕が大阪にいた頃にアルバイトで警備員をやってたんですね。その頃に経験したことを全部詰め込んでしまえと。それで最終的に、主人公があの町にやって来て、とりあえず警備員をやるという話になりました。だから劇中の出来事は、僕が実際に経験したようなことを詰め込んでるんです。実際に杉本(柄本明)のような上司もいましたし、大堀(若松武史)のような全く違うタイプの上司もいて、全員言うことが違うから、新人はどうしていいのか分からない。そういう経験をそのまま使って、主人公の昇(真鍋拓)も警備員としてどうやったらいいのか分からなくなると。で、どんどん虚無感に襲われて、最終的には人形になっちゃうという話になっていきました。 b_S6-5高梨.jpg ──この映画は時間の流れが螺旋構造になってるじゃないですか。そういう全体のコンセプトやビジュアルのイメージから作っていったのかなと思ったんですけど、わりと自分の実感から物語を紡いでいったんですね。 山田 わりとそこが大きいですね。ただ最初に書いたシナリオは、志摩さんからリアリティがないと言われて、「この企画、リアリティ必要なのかな?」と思いながら(笑)、何回も書き直したんですね。そのうちに「志摩さん、これ変な映画じゃなくなってますよね?」って(笑)、また元に戻ったりして、シナリオにはかなり時間がかかりました。  この映画に関しては、僕が35年生きてきた全てを詰め込もうという意識がまずあったんですね。僕が30過ぎて東京へ出てきて商業的な作品を作るようになって、それが3~4年続いてるわけですけど、制約が多い作品ばかりで、だいぶストレスが溜まってたんです。それはそれで楽しんでやってるんですけど、そうじゃない映画をやりたいと。ちょうどその頃に志摩さんから声がかかったんで、そういう商業的な制約を全て投げ捨てて、撮りたい映画を撮ろうという思いがありました。  だから脚本もギリギリまで書いて、「あとは現場でやります」というやり方だったんです。舞鶴という変な空気の町に役者さんがポンと来て、そこで何が出てくるかっていう、サイコロを振るような感覚で(笑)。今回はそれを撮っていってもいいんじゃないかと思えたんですね。 ──時間もそれなりに使えた感じですか。 山田 二週間ほど舞鶴で撮影して、ホテルもすぐ近くだったので、朝早くから夜遅くまで集中してできました。主演の真鍋さんとか瀬戸(夏実)さんとか服部(竜三郎)さんは年齢も近いし、そういう現場を楽しんでやってもらえたので、「じっくりやりましょう」ということで。 ──主演の二人を取り囲む、中高年の登場人物を癖のある俳優さんたちが演じてますよね。麿赤兒さん、柄本明さん、若松武史さん、桂雀々さん、蘭妖子さん、みなさん相当キャリアのある方ですが、『天使突抜~』の独特な世界観を体現してるなという感じがしました。 山田 麿さんや柄本さんはそれほど日数がなかったんですけど、撮影前日ぐらいに来ていただいて、衣裳合わせをして、その場で「今回こういう映画で、こういう役なんで、なんか変な感じでやってください」みたいな(笑)。わりと短い時間の中でこちらの撮りたいものをお話して、あとは現場でとりあえずやってみていただくという形でした。  麿さんはその前に志摩さんと飲みに行ってたらしくて、志摩さんからいろんな話を聞いたらしいんですね。それで、「赤鬼のイメージなら、顔を赤くしたらどうだ?」とか「頭をぶつけて血が出るっていうのはどうだ?」とか(笑)、そういういろんなアイデアを出していただけるので、こちらとしては非常にやりやすくて、その中で面白いことはどんどん取り込んでいきました。 ──柄本さんはペーソスもユーモアもある絶妙の佇まいだなと思ったんですが。 山田 そうですね。実は何年か前、志摩さんに警備員の話の企画を渡したことがあったんですよ。結局、それは流れてしまったんですけど、その段階で今回と同じ杉本という役があって、イメージキャストに柄本さんの名前も書いてあったんです。その時点で既に、化石を集めてる石頭の男という杉本のキャラクターは出来ていて、柄本さんが警備員で立ってたら面白いだろうというイメージもあったんですね。  で、柄本さんが舞鶴に来られた日に、飯を食いながら「こういう映画にしたいんです」とお話したんですけれども、だいぶお疲れだったので、「明日現場でやりましょう」と。それでも想像していた通り、警備員の姿でヘルメットを被って立っていたら面白くて。その中で「ここはこういう風にしたほうがいいんじゃないか?」というのを柄本さんも提案してくれる方だったので、非常に楽しくできましたね。 sub4_tentsuki_06.jpg ──瀬戸さんには先日お話を伺ったんですが、瀬戸さんのキャスティングはどういう風に? 山田 この企画が動き始めた頃に、冨永(昌敬)さんの『シャーリーの転落人生』(08)を見たんです。大阪のプラネット・プラス・ワンで掛かってまして、その劇場の富岡(邦彦)さんと大阪に住んでるときに仲良くしていただいたんですけど、「瀬戸夏実いいよ」ってすごく推してくるんですね(笑)。それで見たんですけど、映画の中で瀬戸さんが方言みたいな言葉を話してらして、今回のみゆきは関西弁でやりたいというのが最初からあったので、その場でこの人にお願いしようって決めました(笑)。実はその映画を見て本当に訛ってる人だと思ってたので、あの訛りを活かして関西弁をやってもらおうと思ったら、「いや、訛ってません」って怒られちゃったんですけど(笑)。 ──瀬戸さんが、事前に考えてたみゆきのキャラクターと用意されてた衣裳が違って結構悩んだと話されてましたけども、その辺のやり取りはどうだったんですか。 山田 そこは役者さんが考えてくれればいいなあと思ってやってるんですよね。だから、現場でも最初に「ちょっとやってみてください」と言うことが多いんです。明らかに方向性が違う場合は修正しますけど、役者さん自身が役について考えてきてくださるのはすごくありがたいことなので、その中で「次、こういうカットを撮りたいんです」「あそこから出てきて、ここで止まってセリフを話したいんです。ちょっと一回やってみてください」っていう、わりとそういうやり方が多いですね。 ──感情の流れは作らずに、役者さんに投げてしまうと。 山田 ええ。テストをやって、もう少しここでこうやったほうがいいと思いますよ、という話だけをして、あとはわりと自由に役者さんにやってもらいます。自分が撮りたい画もあるんですけど、それ以上のものが出てくるのを楽しみにしてるところがありますね、「なるほど、そういう感じで来たか」という。 ──お芝居とは関係ないことなんですが、直立不動のまま後ろに倒れるアクションがかなりありましたよね。何か参照したイメージがあるんですか。 山田 元々、自分は画家になりたくて、中学高校時代はアニメの影響が強いんですね。宮崎アニメも「ルパン三世」も大好きですし。今回、刑事役をお願いした栗塚(旭)さんには「銭形刑事をやってください」と(笑)。あのルパンに出てくるどうしようもない警官たちっていうのをやってもらいたかったんです。そういう意味では、変な倒れ方とか、二階の窓から飛び下りるとか、ああいうアクションはアニメの影響が強いのかなと思います。 ──『つぶろの殻』を見ると、塚本晋也さんとか石井聰亙さんとか黒沢清さんとか、ああいった監督さんたちの影響を強く感じます。アニメの影響が大きかったと言われましたけど、そこから実写に移っていく過程で影響を受けられた監督さんは? 山田 今、お名前が挙がった方の作品は専門学校時代に腐るほど見て(笑)、かなり影響を受けました。元々、映画をやろうと思ったきっかけが、中学時代にデヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス』(92)を見て、「映画ってこんなこともやってもいいんだ」って思ったからなんですね。だから、元々ホラーを撮りたいという気持ちはなくて、どこかシュールでブラックな作風っていうのが自分の作りたい映画なのかなとは思います。 tentsuki_07.jpg ──低予算ホラーは、カメラが動くと白塗りで黒髪の女が映ってるみたいなセオリーがあるじゃないですか。そこを今言われたような山田さんの資質の部分で崩していくことは難しいんでしょうか。 山田 わりとやるんですよ。やるんですけど、やりすぎると大体カットされますね(笑)。その辺はプロデューサーの要望が違いますので、そこは要望通りに作りつつも、常に他の人はやらないようなことをやってやろうと企んでいるところはあります。当然、幽霊が出てきてびっくりさせることを求められて作ってはいるんですけど、ただ喋ってるだけのシーンでも、なんか不気味にしてやろうっていうのは常に考えてますね。  来年、新作が公開になるんですけど、それを先週まで撮影してまして、これは自分にとっては初めて幽霊が出てこない商業映画なんです。誰が見ても楽しめるような娯楽作品を作るという目標を掲げて作ったので、これまでとは全く違った作品になると思います。まあ、ますます何が作りたいのか分からない監督って感じになるとは思うんですけど・・・(笑)。ただ、僕は瀬々(敬久)さんが大好きで、いきなり『感染列島』(08)みたいな商業大作を作っちゃうとか、ああいうスタイルがかっこいいなって思うんですよね。だから、商業作品も作りつつ『天使~』みたいな作品も作っていけたらなとは思うんですけど、なかなか難しいですね。オリジナルがもう全然作れませんので。それが今できるのは本当にシマフィルムぐらいですよね。 ──志摩さんは若い監督やスタッフを上手に使ってる感じがするんですけど。 山田 本当に映画が好きな人で、映画の中で大量に落ちてくるセミの抜け殻も志摩さんと一緒に拾ったんですよ(笑)。「山田、セミの抜け殻いっぱいあるところ知ってるぞ」「はい、行きましょう」「お、いっぱいあるぞ」とか言いながら(笑)、こんな楽しいプロデューサーいないなって思いましたね。僕なんか若いし経験もないんですけど、それでも「監督のやりたいことは全部やらしてやりたいんだ」っていつも言っていて、その辺はすごく話を聞いてくれるというか、非常に楽しいプロデューサーですね。 『天使突抜六丁目』予告編 『天使突抜六丁目』 監督:山田雅史 脚本:宮本武史 山田雅史  製作総指揮:志摩敏樹 ラインプロデューサー:菊池正和 撮影:笠真吾 照明:三谷拓也 録音:弥栄裕樹 美術:西立志 編集:松野泉 山田雅史 音楽:渡邊崇 出演:真鍋拓 瀬戸夏実 服部竜三郎 麿赤兒 柄本明 若松武史  桂雀々 蘭妖子 横山あきお 栗塚旭 長江英和 デカルコ・マリィ 製作・配給:シマフィルム 日本/96分 (C)2010Shima Films 公式サイト http://tentsuki6.jp/ 《上映情報》 新宿K's cienema 2011年11月19日よりロードショー 梅田ガーデンシネマ 2011年12月17日よりロードショー 京都シネマ 2012年1月2日よりロードショー 神戸アートビレッジセンター 2012年陽春ロードショー予定 名古屋シネマテーク 2012年陽春ロードショー予定 《K's cienemaでのイベント情報》 【初日舞台挨拶】 ◎11/19(土)12:30の回上映終了後、舞台挨拶 登壇:瀬戸夏実(出演)×服部竜三郎(出演)×山田雅史(監督) 【監督対談】 ◎11/26(土)16:40の回上映終了後、トーク 登壇:黒沢清(映画監督)×山田雅史(監督) 【麿づくしDAY】 ◎12/3(土)13:30の回上映終了後、トーク 登壇:麿赤兒(出演)×山田雅史(監督) ★トーク終了後、麿赤兒さんの新刊著書「快男児麿赤兒がゆく」(朝日新聞出版)即販サイン会も開催