映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

『亡命』 <br>翰光(監督)インタビュー

 「亡命」という言葉を聞いて、みなさんは何を連想するでしょうか。 本作は、中国国内からアメリカ、フランス、スウェーデン、オランダへ逃れた作家、詩人、美術家など計14名の大物の亡命者へインタビューを試みています。  私たちは本当の中国の姿をどれだけ知っているでしょう。亡命者たちは、中国の国民よりも中国を知っています。彼らの主張に、少しだけ耳を傾けてみませんか。  映画『亡命』(11)は、5月21日からシアター・イメージフォーラムで公開されます。 (取材・構成:岩崎孝正) ハン監督顔写真2.jpg ――本作は中国の言論封鎖を、亡命者たちの証言を通して映しだしていますね。まず、撮影のきっかけを教えてください。  この映画は、中国が共産党政権となった60年間の歴史に焦点を当てています。  中国は中国共産党中央委員の文化統制により、海外の情報がそのまま入ってきません。自由な言論や表現を行使して政権批判をする者は、法により処罰されて懲役刑か、場合によっては国内外へと亡命を余儀なくされてしまいます。  シグロのプロデューサーである山上徹次郎さんから「亡命者の映画をつくってみませんか」と提案され、国外へ逃れていった亡命者を撮影しようと、日本語、中国語のふたつの言語の文学誌を扱っている 劉燕子(リュウ・エンツ)さんを訪ねました。彼女は「亡命文学」の特集を組んだ経験があり、作家、詩人、芸術家たちをよく知っていたのですね。 ――監督ご自身は中国東北部出身ですね。新しい社会主義文化創生のために闘った紅衛兵運動に参加された方が身近にいたと思います。今回の映画『亡命』でも、元紅衛兵の方にインタビューしていきますね。  私は紅衛兵たちが活躍した文化大革命のとき、まだ小学生でした。造反派の労働者たちが市長や書記長を政権から引きずり降ろし「政権が変わる、これからは労働者が本当の社会の主人公になるんだ」と訴えるのを見ていました。私の親が労働者だったこともあり、「時代が変わる」ことを子ども心にも感じました。  文化大革命後の改革解放政策により、それまで批判されていた自由市場が再びはじまり、海外の文化が中国国内へと流れこんできました。サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」の不条理劇や、テレサ・テンの歌が中国国内へやってきたんですね。私はそれまで「インターナショナル」に代表されるような、民衆の力強さを鼓舞する歌ばかり聞いて育っていました。学生時代にテレサ・テンの歌を聞いたとき、胸の奥でこの上のない幸せが芽生えていました。私のなかで、人間本来の感情や、自然の美しさが一つのフィクションとして浮かび上がっていたんですね。 boumei-main.jpg 鄭義(ジェン・イー) ――後の1989年に起きた「6・4天安門事件」は大学生が中心になった民主化運動でしたね。学生のデモ隊が軍隊の武力行使により射殺された事件です。  天安門事件以後は「モノを考えずに、モノを取りなさい」という、精神的なことよりも、物質主義のお金を考えなさいという社会に変化していくんですね。政権により誰でも豊かになれるチャンスを与えられていたはずでした。しかし、世襲制共産党幹部がお金を懐に入れていたんですね。実はこの歴史が中国では5000年間続いています。  亡命者は、この封建的な制度を断ち切る抵抗をしています。真の近代社会である「新中国」をつくる。中国は物質的に豊かになりましたが、人間のモラル、夢、自然など、すべてを破壊してしまったのですね。 ――中国の経済発展は、農村の犠牲の上に成り立ったのでしょうか。監督は下放政策で農村へ行って働いていたんですよね。  中国の経済発展の要因の一つに、安い労働力があります。二つ目は広大な土地の不動産バブルがあります。三つ目は炭鉱や鉄などの豊富な資源ですね。  私も4年間農村へ行きました。辺鄙な農村で、若い人はいないんです。若い人たちは農村より安定しているということで大都会へ流れこみました。しかし与えられるのは日雇いの仕事で貯金などとても出来ない。彼らを守る制度もありませんでした。  これで民衆の目が覚めました。天安門事件以後は政権を信じない時代になっています。いま、民衆が人権を維持するための意見運動が一つの大衆運動になっています。 ――亡命者は、何に抵抗をしているのでしょうか。  亡命者が抵抗している封建的な社会形態は、三つあります。一つが「恐怖支配」ですね。むかし皇帝に反対意見を述べた場合、家族や親類など三世代にわたって殺されてしまいますね。それでも反対の意見を言えるのか。言論弾圧により農地へ送られ、事故死、餓死、処刑で悶死した人間はたくさんいるんですね。  二つ目が「虚言支配」です。毛沢東は労働者出身の神童であるという大々的な宣伝をしていました。1958年の「大躍進政策」で、3000万人が死んでも彼の指導は問題とされませんでした。毛沢東の欠点やスキャンダルは闇に葬られてしまうんですね。  三つ目が現在行われている「腐敗支配」です。「あなたは、政府の言うことを聞けば、お金を与えますよ」と利益誘導され、メディアで学者が何も言わない状況が続いています。 boumei-sub2.jpg 1989年6月3日 天安門広場にて軍隊がデモ隊へ銃撃を加えた ――インターネットで自由な言論を行使できるのでしょうか。例えば、中東ではFacebookを使い、デモを広く呼びかけることによって政権を打倒する「ジャスミン革命」が起こりましたね。  中国も、「ジャスミン革命」に影響を受けています。外出先で自分の意思を表現するだけでも公安警察はピリピリしていますね。自由な発言をしようとしている人は自宅監禁されます。たとえば亡命者の友人はみな自宅監禁され、パソコンを押収されます。「いくらでも儲けていいが、正直な発言をしてはいけない」という弾圧があります。インターネットで雑誌をつくる試みもありましたが、みな懲役刑で牢獄の中ですね。インターネットの言論もソフトを使って検閲されているんですよ。公安やネット警察が躍起になって検索エンジン上で亡命者の名前を削除しています。 ――中国の未曽有の経済成長は「日中逆転」と言われています。しかし情報統制に関してはあまり報道されていない事実ですね。  以前は政権が、金銭、女性関係、政治問題などすべてに機関銃で狙いをつけているような時代でした。現在の中国では政権さえとれれば、お金、車や住宅、また禁止されているはずのナイトクラブの営業、売買春の自由が手に入ります。しかし、政治に対する批判にはまだ機関銃が狙いをつけています。政権批判さえしなければ自由なんです。だから、なぜ亡命者が自滅するような発言をするのか、疑問でしょう。やはりこの機関銃は外さないと、いい文化が生まれて来ないんですね。 ――映画の冒頭では古い写真をクローズアップしたあと、ジャーナリストの北明(ベイミン)さんがキャスターを務める「ラジオ・フリーアジア」の放送が映されます。亡命者の「声」を、中国国内へ届けようとしている象徴的なカットですね。  亡命者は歴史を忘れません。中国国内ではもう亡命者を忘れています。彼らは何のために犠牲になったのでしょうか。亡命者は命をかけて政権と闘いました。彼らは国境を越えて逃避行を続けています。知恵を総動員し、国内へ自分たちの「声」を届けようと根気強く運動を続けているんですね。  ジャーナリストの北明さんは、アメリカのワシントンD.C.のラジオ局から、中国国内へ向けて電波を飛ばしています。しかし中国国内では1分間程度受信できればいいという代物です。放送は国内で遮蔽されてしまいますから。 boumei-sub1.jpg 高行健(ガオ・シンジャン) ――亡命者は自分が生まれた土地である中国に対して、複雑な感情を抱いているのではないでしょうか。  実は、映画では表現しきれない部分がありました。亡命者は人間として、何を求めているのかという点です。亡命者は海外で様々な文化に触れていきますね。しかしイエス・キリストが生まれる前から中国の文化は存在し、自らのアイデンティティーを支えている。祖国から遠く離れた亡命者は、「道」を求めていると私は考えています。 ――本作に登場する劇作家の高行健(ガオ・シンジャン)さんが「霊山」で、仏教の伝来が中国文化へ大きく寄与したと書いていますね。  話がすこし飛びますが、私は3月11日の東日本大震災を受け、宮城県気仙沼市南三陸町へ行ってきました。みな団結して、黙々と復旧作業にあたっていました。海外では日本のように一致団結できないでしょう。私は日本人がみな、「禅」に影響を受けているように見えました。日本の「禅」は歴史を貫いている精神ではないでしょうか。  「禅」は中国禅宗から日本の茶道、武士道、華道、能に結びついていきました。剣豪の宮本武蔵も「禅」に影響を受けていますね。東海寺の沢庵和尚へ「これから闘いはどうなるのか」と聞くと、沢庵和尚は単なる丸を一つ、筆で描いた。「剣を忘れて、剣にとらわれないように闘いなさい」と言うと、武蔵は闘いの道がおのずとわかった。「禅」の教えでは最終的に「不立文字」と呼ばれる権力を認めない自覚にいたるんですね。 ――中国の現代美術家にも「禅」の考えを吸収した方がいますね。  近年捕まってしまった艾未未アイ・ウェイウェイ)は「禅」の影響を受けていますね。  2008年にオランダのグローニンゲン美術館で展示された庄輝(ション・フィー)の「毛」(2007)は、毛沢東の死体の模型です。髪の一本一本まで再現しているんですね。良くあれほど似せたものをつくったなと思いました。 ――亡命者を理解するには、歴史を参照しなければなりませんね。  海外の亡命者たちは、中国国内へ知識を入れようとしています。例えると、みな中国国内へ向けて国歌を歌っているんですね、まるで「四面楚歌」のように。 boumei-sub3.jpg 1989年5月13日 民主化運動が全国区になったハンストデモ ――「08憲章」はインターネット上で公開され、言論封鎖の壁を乗り越えて世界へ広まりました。例えば憲章の条文にある「人権」は、西洋的な概念ではないでしょうか。孔子の時代は「人権」の概念がありませんでした。  共に活動こそしていませんでしたが、「08憲章」と長年の民主化運動により獄中でノーベル平和賞を受賞した劉暁波リュウ・シャオポー)さんは、一緒に酒を飲んだ仲間でした。  自由民権運動期の憲法草案は、西欧の法思想を取り入れましたね。その後、戦争へ突入していきますが、中国は日本の侵略の原因である民族主義に反感を持ちました。西洋文化を拒み、西洋から生まれた東アジアの文化に迎合するようになったんですね。これがロシアの1917年の10月革命となり、中国共産党は蛇道に入ったんですね。  歴史の話は割愛しますが、やはり人間には、基本的な人権があると思います。中国では「人権」は尊重するけれど、まずご飯を食べることが先だと批判されてしまう。いま、1911年の辛亥革命の考えに戻ろうという運動がなされています。来年は中華民国成立からちょうど100周年ですね。「08憲章」の宣言は、新しいことのように見えて、実は100年前に戻ろうとする運動なんですね。 ――楊建利(ヤン・ジェンリ)さんがデモで、「公民力量」という、アメリカの公民権運動に影響を受けた演説と、デモをしていましたね。他国の運動も咀嚼して自分たちの運動に活かしていくんですね。  民主主義は単なる制度ではなく、国民の一人ひとりの素質を高めなければいけない運動ですね。民主化しても、腐敗してしまえば昔ながらの不正のある選挙に戻ります。楊建利さんがしているのは国民の素質を高める運動ですね。 ――中国は広大で、目が行き届かないところもあります。みな、団結できるのでしょうか。  よく「中国13億の人口がまとまれればいい」と指摘されます。ですが、日本人の発想はやはり島国的ではないでしょうか。  たとえば今回の福島第一原子力発電所の問題は、廃棄される放射性物質や高濃度の汚染水など含めて、地球上の被害になるでしょう。中国の原発は現在13施設が稼動していますが、今回の事故を受けて27施設の計画は安全基準の見直しを図られています。軍事的な機密も多く、国家主導の利益誘導のみで着工されてしまいます。もし、稼働している施設が似たような事故を起こせば、隣国の日本も被害者になる可能性が大きいですね。他国の問題を、自国の問題として取り込む必要があると思います。中国で事故があれば被害は日本のほうへ必ず来るんですね。中国は13億の人口を抱えていますので、地球全体のことを考えなければいけません。自らの国を客観視する第三の目が必要ですね。 boumei-sub5.jpg 王丹(ワン・ダン) ――冒頭の「亡命」タイトルのバックに壁画と五つの顔が映し出されます。これは何をイメージしたのでしょうか。  カール・マルクスウラジーミル・レーニンフリードリヒ・エンゲルス毛沢東ヨシフ・スターリンが描かれた城壁[great wall]ですね。彼ら5人の神が国内の自由な言論を封鎖している。亡命者たちは、その城壁の外の世界で「道」を求めて彷徨っているんですね。 ――次回作の構想があれば、聞かせてもらえますか。  今回の震災を受けて、魯迅が通ったという仙台医学専門学校(現・東北大学)へ行ってきました。中国では魯迅は教科書から削除されてしまっています。彼の見ている夢は、まだ中国で続いています。次回は魯迅の映画をつくってみたいですね。 (場面写真:シグロ提供) 映画『亡命』予告編 『亡命』 監督:翰光 企画・製作:山上徹二郎 出演:鄭義 高行健 王丹 楊建利 張伯笠 胡平 黄翔  徐文立 馬徳昇 王克平 陳邁平  配給:シグロ 2010年/118分 2011年5月21日より、東京・シアター・イメージフォーラムにて、モーニング&レイトショー 6月4日より大阪・第七芸術劇場、6月11日より、愛知・シネマスコーレほか、全国順次公開予定 ホームページ http://www.exile2010.asia/jp/