映画芸術

脚本家荒井晴彦が編集発行人を務める季刊の映画雑誌。1月、4月、7月、10月に発行。2016年に創刊70周年を迎えました!書店、映画館、Amazon、Fujisanほかにて発売中。

僕の『へばの』宣伝記 <br>加瀬修一(ライター/映画『へばの』宣伝協力)

 そもそも僕は映画の宣伝などしたことがない。『へばの』に関わったのは、不思議な縁と好奇心から。そんな話が役に立つのかどうかはなんとも心許ないが、今後自分達で映画を公開していきたい人達に、「それくらいなら、俺達にもできるじゃねえか!」と思って貰えたら嬉しい。  木村文洋監督とは2007年に『ラザロ―LAZARUS―』という作品のお手伝いで面識はあったが、特に話し込んだことはない。ただ彼の独特の雰囲気(文学的な匂いがすると言った気がするけど、良く言いすぎた!)と、声(裏声のような、ちょっと形容しがたい)が気になったので、「映画撮ったら教えてよ。何か手伝うから。」と声を掛けて別れた。その後、連絡を取り合うわけでもなかった。一年以上経った2008年の秋、携帯からあの独特の声が聞こえてきた、「映画を撮ったんですけど、試写を観て頂けませんか?」と。 IMG_0856.JPG  翌週のTCC試写室は、身内にお披露目といった感じだったが、ポレポレ東中野の大槻支配人、『六ヶ所ラプソディー』の鎌仲ひとみ監督、『ラザロ―LAZARUS―』の井土紀州監督もご来場されていて、何ともいえない空気が張り詰めていた。木村監督が挨拶に立つ。緊張からか声が一段と上ずっていた。上映時間82分。  良かった。確かに物語としては舌っ足らずだし、描写が足りなかったり、観念が先行し過ぎてたり、あれ?なんか違ってきたなぁ。とにかくそんなところも含めて、画面から作り手のどう生きるのか、その選択と覚悟を不器用ながら必死に描こうとする姿勢が、ゴツゴツとした感触を持って伝わってきたのだ。  ふっと思う。今回の試写会は協力者募集の仕掛けだったのではないか。しかしそれはちっとも嫌な意味じゃない。今だったら観て下さいってDVDを送ってくるのが普通になってるのを、「公開の目処も立ってない、だけど何とか見せたい」という気持ちだけで、ここまで時間とお金を掛けてやることに好感を持った。後ろ盾が何もない自主映画には、「心意気」が絶対に必要だと思う。事実、この仕掛けは成功するのだから。 IMG_0854.JPG  数日後、また監督から電話が入った。「宣伝のお手伝いをしてもらえませんか。詳しくは会ってお話させて下さい」。中野の居酒屋で木村監督、桑原プロデューサー、撮影の高橋さんと会った。この3人が『へばの』の中心メンバーだ。  微妙な空気の中、「『へばの』は制作から配給・宣伝まで全部自主でやりたいんです」と桑原プロデューサーが口を開く。「ポレポレ東中野さんが乗ってくれそうなんです。それで大槻支配人が、宣伝のことで加瀬さんに声を掛けてみたらと……」。なるほど、上手く巻き込まれたなぁ。いや、いや、巻き込まれに行ったんだから。僕は『へばの』が男女の話として面白かったこと、力強く美しい撮影のこと、音楽の使い方など良かったところと、クライマックスの意味、テロリズムへの飛躍、家族や子供に対しての考え方などわかりづらかったところについて、とにかく正直に話した。そして最後に「宣伝の仕事なんてしたことがないし、何ができるかわからないけど、それで良ければ一緒にやりましょう」と言った。場の緊張がほぐれた。「僕らも初めてのことばかりなんで」と桑原くんが微笑む。「映画は作るのも現場、観せるのも現場だと思う。加瀬さんには観せる現場に参加してほしい」と高橋さん。これで決まった。隣を見ると、木村くんはニヤニヤともう酔っ払っていた。 通り過ぎて行く.JPG  まず僕が担当したのは、イントロダクションと宣伝プランの修正だった。  「自主制作映画の連帯を促したい」「今までの自主制作映画とは違う展開をしたい」「とにかく公開して、多くの人に見て欲しい」、イメージが限定されすぎていると思った。どうにも狭く感じた。一抹の不安がよぎる。その精神には共感する。志を高く持つのもいい。ただそれらのことは、観客には全く関係ない。僕らの胸の内に在ればいい。大体『へばの』の魅力からは、かけ離れているように感じた。話も酒も進んでお開きが近づいた頃、「みんなと一歩距離を取れるかどうかだね、僕の勝負どころは」と付け加えた。この時は十分真意を伝えられなかったし、伝わっていなかったと思う。ここで言う「一歩距離を取る」というのは、冷めて見るということではない。そのことが本当に「映画」にとって1番良いのかだけを考えるというか……。一緒に熱くなった後でも良いと思えば、決まりかけた事をひっくり返せるかということだ。深夜。家に帰った僕は、イントロダクションの頭でっかちなところを全部切った。これができなければ参加した意味がないと思った。 木村監督.JPG  その週末。ポレポレ東中野での打ち合わせに同席した。大槻支配人と劇場担当の石川さんを前に、話はぎこちなくかみ合わなかった。気持ちは十分に伝わっているのだが、「他にも自主制作・自主配給・自主宣伝をしている作品はあるよね、『へばの』はどこが違うのかな」「それを誰に伝えたいのかな」大槻支配人の指摘は的を射ている。具体的に何がしたいのか、それを実現するにはどうするのかが決定的に足りなかった。その時の感じを石川さんはのちに『へばの』HPのコラムで「その自信と熱意はどこから来るのか、当初私には懐疑心すらあった」と書いている。コーヒーはとっくに冷たくなっていた。話の動向をうかがっていた僕は「チラシのメインビジュアルを、オリジナルのイラストや絵にするのはどうでしょうか」と切り出した。木村くんも桑原くんも、いきなり何をという戸惑いや驚きが顔に出ていた。さらに続けた。「『へばの』は六ヶ所村を舞台にしていますけど、映画は男女の別れと再会がメインで、一人の女性がどう生きるのか、その選択と覚悟の物語なので、そこを出したいんですよね」「映画の勉強をしていたり、自主映画を製作している人達以外にも通じるテーマを持っているので、普段自主映画を観ない層や女性に観てもらいたいなと思うんですけど」、高橋さんはうつむいていた。俺がやりたいのはそんなことじゃないと思ったかも知れない。だがこの場では意見を言わなければならない。意見は良し悪しではない。選択肢であって、あとは選ぶ覚悟だ。「今のメインビジュアルは好きなんだけど、ちょっと違う気がするんだよね。絵画みたいなタッチの方が映画に合ってるね」「自主映画でその客層にアプローチしてキャパを広げられたら意義があると思います」大槻支配人、石川さんの話が動いた。桑原くんも、「そこにチャレンジした自主映画は確かにないですよね」と続く。  確かに劇場には上映してもらうのだが、それは上下の関係ではないと思う。劇場もかけるという判断をしたからには、一緒にリスクを負うのだ。だからこそイーブンの関係で意見を言い合いたい。この時から、『へばの』公開に向けて「作り手」と「伝え手」と「売り手」が本当に一緒に動き出したんだと思う。  以降、時間ができれば大槻支配人に会いに行き、色々と話した。関係ない話もずい分したけど。石川さんも積極的にアドバイスをしてくれた。ポレポレ東中野のスタッフがみんなで応援してくれた。メインビジュアルは絵で、トークイベントのゲストは女性。アンケートも取った。ガチガチだった木村くんの顔には、自然に笑みが浮かぶようになった。 IMG_1114.JPG  僕は相変わらず、予告編の制作、初日のイベントなどの案をひっくり返していった。みんな本当に腹が立ったと思う。申し訳ない。でも、自分たちがやっていることが想像の範囲内だったり、気持ち良過ぎたら、かえって気味が悪くない? そうも思っていた。立ち止まったり、迷ったりしながら、意見を言い合った。やがてその熱気が、『へばの』の代名詞ともなった、街頭でのチラシ撒きにつながる。第1回目は、年の瀬の新宿。人のうねる中でチラシを撒いた。当然の如く無視。おまけに電圧器が調子悪くて、街頭でのゲリラ映写もできず、散々。でも結果的にこれが良かった。自分達がやろうとしていることがどういうことかを身をもって知ったからだ。どこの誰だか知らない人間が作った映画を、時間とお金をかけて観に来て下さいというのだから乱暴な話。だけどその映画の中に、何か伝わる力があると信じているのだ。だから観て下さいと声を上げる。その後は一丸となって、劇場のある東中野を中心に、沿線の駅前でチラシを撒き続けた。行動することでしか姿勢を示すことはできない。その姿勢に共感や賛同してくれる人が出て来て、それがまた別の人につながって行く。『へばの』はそうして育って行った。  2009年1月31日。『へばの』公開初日。立ち見も出た満員御礼の客席をスクリーン側から見上げた。出来過ぎだ。この光景を一生忘れない。  宣伝が成功したのか、正直わからない。ただ1本の映画を通じて出会った人との関係を大切にし、1つ1つをつないで行ったことで、手応えは感じた。『へばの』は本当に多くの人をつないでくれた。成功したとしたらそこだと思う。  もちろん逆の指摘もされた。街で不特定多数にチラシを配るなら、劇場やホールの補充をマメにした方が効率的、手書きの看板はクオリティーが低くて見づらい、「普段自主映画を観ない層や女性をターゲットにすること」自体がキャパを狭めている、どの意見もごもっともだ。だが結局はどれかを選択しなければならない。僕らは違う選択をしただけだ。あとは結果が判断してくれる。『へばの』はレイトショー3週間の上映予定が5週間に伸びた。その後も東京から大阪、松山までノンストップで上映が続き、今も国内外で上映が続いている。 IMG_1178.JPG  宣伝に参加したばかりの頃、木村監督にこう言ったことがあった。  「映画は子供だから、産みっぱなしというわけにはいかないよ。思ったように行かない、できないと言って諦められないし、人に好かれて大事にされるように、とことん悩み抜いて、あらゆる手間ひまを掛けて、いい形で手渡したいよね。それが親の務めだよ」監督はしっかりと頷いた。じゃあ僕はと言えば、きっと親戚のおじさんだったんだと思う。子供が可愛くて仕方ないが親ではない。時に愛情余って親の意にそぐわないことを言ったり、やったりしたことだろう。でも子供はそんなことは関係なしに、あっという間に立ち上がり走り出した。今はその背に向って声を掛ける「もっと走れ!」、そしていつか「お前のオムツを換えてやったんだぞ」と言ってやろう。 『へばの』 監督:脚本:編集 木村文洋 プロデューサー:編集 桑原広考  撮影:高橋和博 録音:近藤崇生 音楽:北村早樹子 出演:西山真来 吉岡睦雄 長谷川等ほか 制作・配給・宣伝 team JUDAS 2009年5月31日 よなご映像フェスティバルにて上映(※『国道20号線』と併映) 2009年6月27日~7月3日 名古屋・シネマスコーレにてレイトショー上映 『へばの』公式HP http://teamjudas.lomo.jp/